第10話:ヒゲ売りのジジイ
誰が敵か味方かも分からない現状、誰かに出合えば警戒するのは当然だ。
だがしかし、ジェーンやゲイは俺と同じく被害者サイドだと判断できる材料があった。ジェーンは外見とミスマッチな言動、ゲイは俺とジェーンの体から推測ができたが、目の前の男は到底我々の味方とは思えない。
電子ロックのかかったドアの向こうから現れたのもそうだし、何より白衣姿というのが胡散臭い。我々の体を入れ替えたマッドサイエンティストとでも思ってしまうのは当然の帰結だろう。すましたツラは「生き物の命を弄ぶのに慣れすぎて最早とくに何も感じない」といった印象を持たせるには十分だ。
第一印象としてはいけすかねぇジジイといった感じだが、まだこのジジイも被害者サイドだという可能性がないわけではない。出方を見ていた俺とゲイだが……。
「君が……ジョンかな?」
俺の方へ視線をよこしつつ、ジジイが口を開く。
「だったらどうする?」
なるべく平静を保ちつつ、威圧的に俺は返答する。
ジェーンの体である俺に向かってジョンと訊いてきたあたり、この状況を理解している者なのだろう。だとすれば余計に怪しさが増す。今のところ、こいつの正体が何なのかという判断の天秤は黒幕サイドにひどく傾いている。ゲイも同じ気持ちだろう、何せ俺の後ろに退いて怯えるように俺の肩を掴んできているからな。
いつ襲いかかってきてもと、身構えながらジジイの返答を待っていた俺だが、
「そうだな、彼女に説明してもらおう」
感情があるのかないのか分からねぇツラで淡々とジジイが答える。
誰のことを言っているのかと疑問が生まれたが、それもすぐに解決することになる。ジジイが横に逸れ、ジジイの後ろの通路から『彼女』が現れた。
「ジェーン!?」
「えっ……!?」
これには俺もゲイも驚愕を隠せない。
「どういうことだ?」
当然の疑問をジェーンに対してぶつける俺に対し、「うーん……話せば長くなるんだけど……」といった前振りから状況の説明をするジェーン。一連の説明を聞き終えてみると、確かに長かったのでかいつまむと、「ダクトの中を進んでいたらどこかに出られたもののこのジジイに見つかった。ジジイは我々の体が入れ替わっていることを知っており、俺達の元へ案内しろと要求してきた」ということらしい。
ジェーンに何があったかは分かったが、相変わらずこのジジイの目的は読めないな……。
「で、言われるままつれて来たわけか」
「しょうがないじゃない、この体で何ができるのよ」
両手を広げ、お手上げといった様子でジェーンは返答する。確かにジジイが我々の体が入れ替わっているのを知っている以上、俺達がどこにいるかを伏せたところですぐにばれるだろうが……。
「で、何が目的だ? 逃げ出そうとした俺達を殺処分でもしにきたのか?」
横に移動したジジイに向かって俺は問う。
すると、
「いいや、助けに来た」
……なんとも信用できそうな言葉が返ってきた。
「どうやってだ?」
「体を本来の形に戻し、適当な街にでも送る」
すましたツラで、淡々な内容を淡々な口調で話すジジイ。ひどく不気味だ、実はアンドロイドとかじゃねぇよなこいつ……。
「……どうやって戻す?」
「そのあたりは機密情報だ。もっとも、説明しても理解できるとは思えない」
さっきパソコンの資料で見た機械だかに関連する内容だろうか? 確かにメカニズムを説明されても分かるとは思わないが、
「具体的に何をする? 体を機械に繋げて電気でも流すのか? それとも頭を切り開いて脳を移植するとかか?」
「さっきも言った通り機密情報だ、答えられない」
頑なにだんまりを続ける気らしい。「特許出願中につきお答えできません」的なあれか? 実際にされるとイラつくなこれ。
まあ説明をされても理解できそうにない内容であるのは予想がつく。これについて問いただすのは諦めがつくとしても、いまだに積もり積もる疑問は解決したわけではない。
「……じゃあどんな手を使って俺達の体を戻すのかは知らんが、あんたが言うとおりにそうしてくれる保証は? 俺達を助ける理由がないだろ」
ぽっと出の怪しいジジイがいきなり助けてやるとのたまっても信用できないのは当然だ。元に戻す機械だと称した電気椅子に座らされてもおかしくはない。こいつのツラからはそんなことを平然としそうな雰囲気がプンプン漂ってくる。
「……まぁ、我々にも色々派閥があってね。人体実験の強行をよしとしない勢力もいるんだ、私はそのうちの一人、それだけだよ」
『派閥』? 『我々』? 俺達が組織的な何かに巻き込まれているのは今の発言から察せるが……。
「つまり俺達は人体実験の被害者ってわけか」
望んでこうなった記憶はないし分かりきったことだが、被害者サイドではないこいつの反応を見て、確認をとってみるとしよう。
「その通り。過激派が君たちを拉致し、今に至る」
「あんたもその過激派の一人じゃないのか? 俺達を逃がせば自分たちの立場が危うくなる、だからこの場で俺達を始末するという筋書きに見えるがな」
「そうだね、信じられないのも無理はない。だが……」
腕時計に目をやりつつ、ジジイは言葉を曇らせる。高級な時計も付ける人物によって印象は変わるな……普段なら格好良いと感じるオメガでも今は憎たらしいとさえ思える。どうせ汚ぇ金で買ったものだろうと、俺の中でどんどんジジイの印象が悪くなる中、
「元の体に戻りたいのなら急いだ方がいい。詳しい説明はできないが、今の体に慣れてしまうと戻し辛くなるんだ、ウイルスや薬に耐性がついてしまうようにね」
……中々に無視できない発言がジジイの口から出てきた。
もちろん虚言であるという可能性もあるが、これに対していち早く反応したのはゲイだった。
「ええっ……!? それは困る、なぁ……」
おっさんの体から戻れなくなる可能性を示唆され、とっさに口に出てしまったのだろう。理解はできるが、それはそれとして俺としては中々複雑だ。
「えっ、あっ……。わ、わたしは元の体に戻り……たいです……」
視線も集まり、今まで静観していた中、無意識にとはいえ大人達の会話に割って入ってしまったので言い辛い、といった気分なのだろうが、ゲイが思いのたけを口にする。
「うん。ジョン、君が頑なに元の体に戻るのを拒否するのであればそれもいいが、そうした場合は……」
「あっ、私は結局元の体に戻れないってことになるのね……」
…………。
一蓮托生という訳か、全員が元の体に戻るには全員がジジイの提案を承諾しないといけないわけだ。
ジェーンもおっさんの体になるのは嫌なのだろう。「お前の判断に全てがかかっているぞ」というプレッシャーを感じてならない。なんとも居心地の悪い空気だ……。
「どうするの?」
ジェーンが改めて俺に確認をとってくる。暗に「受諾しないと一生恨み続けてやる」と言っているようにしか思えない……。気持ちは分からないでもない、だが……。
選択を強要されるプレッシャー。俺達をスムーズに始末する方便なのではないかという疑惑。集中する視線。にじみ出る冷や汗……。
あらゆる物事に頭を悩ませ、ついぞ出した俺の結論は……。
「……分かった。だが殺したら呪い殺してやる。三年を出でずしてどころか三日で首を括らせてやる」
……お人よしか、流されやすいからかは分からないが俺はそのように返答した。もっといい脅し文句をとっさに思いつかなかったのは少々後悔したが、俺の返答に対してジジイは、
「元に戻すと約束しよう。では三人ともついてきてくれ」
そう答え、開いた自動ドアの向こうへと踵を返した。
そして言われるまま、我々三人は救いか死か分からぬ道を進むこととなる。
……この時は思いもしなかった、これが後にあのような悲劇の幕開けになるとは。
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