第7話:格好悪い手違いと闇に挿す光



 痛みも引き、歩ける様子となったゲイを連れて階段を下る我々だが、真っ直ぐ一階の自動ドアの元へと向かっているわけではない。


 どうせ試すならまずはリスクの少ない方をとで、二階の窓から出られるかを試そうとしたわけだ。ゲイに対しての説明は移動中、カードキーの装置の警報だを警戒しての行動だの、服を繋げればロープに出来るかもと、簡単に要点を絞って済ませた。「男手が必要なんだよお嬢ちゃん」なんて訳の分からない台詞を吐くのにももう慣れてきたな……。


 ロープを結ぶ場所がなくても、俺の体の筋力があれば楔にはなれる。ジェーンの体は少々厳しいかもだが、少女であるゲイの体くらいなら余裕だろう。


 少女に命綱を任せるのは不安が残るが、他に適任がいないんじゃ仕方ない。ゲイ本人も納得はしてくれているようで、最悪二階から飛び降りる覚悟もできているらしい。他人の体だからぞんざいに扱ってもと思っての判断でないといいが……。


 何かと不安は残るものの、いざ二階の窓の元へと到着した我々だが、早速トラブルに見舞われる。


「この窓……」


 ビルの窓は普通の住宅のそれとは多少勝手が違う。


 パッと見どこをいじれば開くのか分からないような窓など珍しくもないが、改めて調べてみるとこの窓は……。


「開きそうにないわねこれ」


 ジェーンも俺と同じ見解らしい。はめ込み式なのか何なのか、開閉に使えそうな機構は一切見当たらなかった。


「…………」


 窓を調べた後に思いついた計画ではないにしろ……すげぇ格好悪いなこれ……。


 ゲイの視線が痛い。「せっかく腹くくったのにこれかよ」みたいな意を感じてならない。


「……どうしましょう?」


 自分の顔を確認したわけではないが、おそらくひどい苦笑いになっていることだろう。


 フォローを期待したわけではないにしろ、これに対しジェーンが、


「どうってもうカードキーしかないでしょう」


「そうですね」


 俺個人としては、気味悪いくらい都合よく入手できたカードキーを挿しても良い事が起きるとは考えられないが、醜態を晒した手前真っ向から反発することはできなかった。


 それに御したところで、ジェーンであれば初めての会話と同じく「じゃあ何もしないのか」と返答が来るのは想像できる。従っておくとしよう。反論できる立場でもねぇし。



 さしあたり、ジェーンを筆頭に、俺、ゲイの順で一階へと下る。


 客観的に見れば、灯りの無い場所へと行くにはどう考えても順番が逆だろと中々シュールな光景だろう。今に始まったことではないが。


「じゃ私届かないからどっちかどうぞ」


 階段の途中、暗くなりきらないあたりの場所でジェーンがカードを掲げてそう口にする。


 少女の体ではカードキーの差込口に手が届かないから別の誰かに。ごく自然に危険なポジションから脱却するなぁこいつは……。何が起きるか分からない以上俺もできれば御免こうむりたいが……俺かゲイかなら俺がやるべきだろう。お粗末な計画でヘマをやらかし、挙句少女に危険な役目を押し付けるともなればいよいよ俺のポジションも危うくなる。


「手違いで折ったりしないでよ? ドジっ子さん」


「うっさいわ」


「……ふふ」


 カードを受け取らせつつ、ジェーンは俺をからかってくる。


 初めてやったわけでもない一連の応対に対してゲイが笑い、


「二人は元々恋人か何かなんですか?」


「あら、そう見える?」


 ジェーンがそれに乗ってくる。いやいや……。


「違うよ。馴れ馴れしいだけだよ」


 遠慮なく他人の女性器に触れてくる奴だもんな、間違いではあるまい。まぁ他人のというか自分のというか……いや、やめよう。ややこしくなる。


「緊張を解こうとしてのジョークってなら分かるが、実際これ挿すのは俺なんだぞ。カード伝いに電撃でも流されるかもしれないし、吊り天井だ落とし穴だ、ドアが空いたら向こうから撃たれてハチの巣に~なんてことになってもおかしくないんだ。あんまりからかわないでくれ」


 あのドア方面にはビル全体で見ても窓すらなく、何があるのかは全く想像できない。


 そしてこの都合よく見つかりすぎたカードキー。見つかるどころか俺の体で目覚めた者にとっては最初から持っているに等しい。怪しさは懸念となり、懸念は不安となる。


 流れでカードを挿す係になってしまい、心を痛める俺だが、


「じゃあ私達はここで待ってるから」


 …………。


 まぁそうなるだろうけど、気分はよくないな。高みの見物か。


 一階まで下り、階段付近で歩みを止めた二人を残して俺は一人寂しく真っ暗な一階へと足を踏み入れる。ああ、怖え。カードにチップが埋め込まれてて、近づくだけで反応してレーザーで焼かれるとかそんなのないよなぁ……。


 考えれば考えるだけ不安は募る。状況も状況だしでまさに疑心暗鬼だ。ドアまであと半分といったところまで来たあたりで俺は考えるのをやめた。


「はあ……」


 カードキーの差込口を目の前に、俺は溜息をつく。


 他に選択肢がないからこれを挿すことになったにしろ、どうなるのが最高の結末だろう? ドアの先には出口と金塊がセットであり、カード―キーさながらに帰り用の車までも用意してあるとかが理想だがそうはなるまい。


 逆に最悪なのは、カードを挿したら敗者をおちょくるボイスでも流れて無惨に殺されるとかかな? まぁ挿して何も起きないってのもそれはそれで辛いが……。


「男見せなさーい」


「頑張ってー!」


 俺の気も知らず遥か後方でよく言ってくれる。


 胡散臭いドッキリグッズのボタンも、シチュエーションがシチュエーションならこうも不安を掻き立てるのかと何かを悟った俺は……、


「……分かった。やるぞ」


 諦め半分に、後方へ向けてそう答える。


 ドアの正面には立たず、スパイ映画のように壁に背を付けながらカードを構え……。


「はぁ……ッ、はぁ……ッ」


 荒ぶる呼吸を律し、



 スッ――。



 カードを差し込む。


 挿入部の底をつく感覚が手のひらに伝わって一瞬間を置き、



 ピッ。



 アタリかハズレか、どっちともとれるような機械音がカードキーを挿す装置から鳴る。


 恐怖からか、反射的に俺はカードから手を放す。


 そして……。


 真っ暗だった一階に鬱陶しいくらいの光が射しこんだ。光の射してきた方向は俺の背中、つまり先程までドアがあった部分からだ。


「あっ、開いたの?」


 遠方からジェーンが俺に問う。光が射しているあたりおそらくそうなのだろう。


「見てくれ、どうなってる?」


 迂闊にドアの前には立てないので、遠方にいるジェーンへと見解を求める。


 ドアの向こうにはガトリングの銃口が、なんてのは笑えない。「見てくれ」と言いつつ、注意喚起をしなかったのに後悔をし始めた瞬間、返答は帰ってきた。


「通路があるわ。真っ白な照明、真っ白な壁や床の」


 ……喜ぶべきか。どうやら道は開いたらしい。

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