第6話:股間に花を咲かせるおっさんの体をしたゲイの少女
単にネタとして見ていたシステムだが、いざ自分で成果を出してしまうと中々に侮れないものだと感じてならない。もっとも、披露する機会は二度とないだろうが。
さて、目の前で股間を押さえてうずくまる男性が誰なのかははっきりした。確証は未だに感触として俺の掌に残っている。
そんな馬鹿なと思う者はパソコンのマウスにでも置き換えて考えてみてほしい。長年使っていたマウスとは違う物に変え、やはり馴染まないなと思い、以前使っていたマウスと同じ物を買い直していざ握った際の「ああ、これこれこの感覚」という感覚に現状は似ているのだ。まぁ、あれとの付き合いは俺の生きてきた年月とトントンだからそれの比ではなかったのだが。
まぁそんな話はともあれだ。もだえ苦しんでいる自分自身を見るのはとても心が痛む。とりわけ、どんな苦しみなのか解ってしまう場合は。
「――ふっ、ふふっ。確保完了ってことでいいのかしらねこれ?」
「もぎ取ったみたいな言い方やめろ。恐ろしいわ」
この場に居る三人で、唯一目の前で起きている苦しみを理解できていない者はそう口を開く。状況の深刻さをまるで分かってないなこいつ。口元を隠してはいるが、滅茶苦茶ほくそ笑んでやがる。笑い事じゃねぇんだぞ、やったのは俺だけど……。
まぁたしかに逃げる俺ボディーの少女を捕まえるということは叶ったが、少女からしたら今は最悪の気分だろう。こいつに気を使えと言うのも無理な話だろうが……。
「あー……ごめんねお嬢ちゃん。その苦しみはとてもよく解るよ。痛みもそうだけど、力が入らない、力が抜けるって感覚がするよね? それが解るってことでおじさん達も君と同じ立場の人間だって信じてもらえるかな?」
「…………」
俺ボディーの少女からの返答はない。
相変わらず床に崩れ落ち、言葉にならない苦しみに打ちひしがれている様子だ。経験上これくらい時間が経てば痛みも引いてくるかといった程度には時間を置いて尋ねたつもりだが、おそらく初めて経験する痛みだろうし、まだ返答が出来ないとなっても疑問はない。
「返事ないわね。よっぽど嫌われたのね」
「……こういうもんなんだよ。痛みが引いたとしても、じんわりしつこく嫌な感覚が残るんだ。おそらく今がその段階……だと思う」
痛みや違和感で答えられていないのだと信じたい。確かにジェーンの言うとおり、俺が口を利きたくなるような行動をしたかとなれば首を縦には振れないが、この状況で仲違いは好ましくない。俺個人としても、俺の体の行方が知れなくなるのは困る。超困る。
「んっ……信じ、ます……」
長らくうずくまっていた俺ボディーの少女だが、体勢はそのまま、ついに口を開く。
「おー。赦してくれたみたいよ? 痛みを知って強くなるって奴かしら?」
「……うまいこと言ったつもりか?」
ジェーンの何とも言えない発言はともあれ、痛みが相互理解に一役買ったのは事実だろう。何せ男性器の痛みの勝手をこうも知っている女などいまい、SM嬢とかでも実感としては知る由もないのだから、むこうとしても判断材料としては十分だったのだろう。
なんだか出産の痛みだ月経の苦しみだを語る女性を想起させるような内容だが、痛みや苦しみの程度など実際に体験してみないと解りはしないものだ。それが解ってしまう現状は良いと言えるのかそうでないのか……。いや、よくないな。
目の前の少女は、今後男性に多少優しくなれそうな経験をしただろうが、まあそれはさておいてだ。股間の話に花を咲かせるのもうんざりなので、いい加減本題に移るとしよう。
「俺達二人は今までこの建物を調べていたんだ。ここは六階で、二階まではここと同じ間取り。一階にはカードキーで開くような自動ドアが一つだけあったんだ。それにあたり、君の腰にあるそのカードを見せてもらえないかな」
言葉にはしないが頷いている様子なので腰に手を伸ばしてカードを受け取る。
知らないおっさんが少女の腰に手を伸ばす。普通は悲鳴を上げられてしかるべき行動だが、そうならないあたり状況は理解してくれているとみてよいのだろうか。今の俺の体が女なのも要因の一つと考えられそうだが、それについての分析はいい。目を向けるべきは見えていたカードの裏にあった暗号文の方だ。
「読めるかこれ?」
「……いいえ、まったく」
ジェーンにも見せてみたが見解は俺と同じらしい。
暗号文は、おそらく複数の言語が組み合わせてある文章であることくらいしかわからない。英語らしきアルファベットならまだなんとかとも思ったが、小文字のQとPや、BとDがどっちなのかもおぼつかない俺にはそれすら叶わないらしい。
全く分からん。ロシア語かなんかなのか、アルファベットかどうかなのかもよく分からない言語もあるし、ヒエログリフみたいなものもあり、見ていて頭が痛くなってくる。
「……お嬢ちゃんはこれ読めるかい?」
ダメ元だが、一応俺ボディーの少女にも意見を求めると、
「英語じゃない、ので、間違っている、かも、ですが……『数が多い』『不安』『よくない』みたいな、文字なら……」
まだ痛みか違和感かが取れないのか苦しそうにだがそう答えた。
驚きだ。最近の子はこうも語学に堪能なのか。
「ああっ、でも、間違っている、かもです……。英語ならわかるんですが、微妙に違うので……」
察するにフランス語だかイタリア語だかの英語と似たような言葉が書かれているのだろう。俺にはまったく違いが分からんが。
しかしだ、『数が多い』『不安』『よくない』が本当だとしても、文章としての意味は解からない。分かったのは文章のごく一部だけだしこれだけでは答えは出せそうにない。何かの数が多くて、それが不安でよくない、と無理やり組み立てることはできるが、結論としては”分からない”とした方がいいだろう。
「英語読めるのね、この人」
ジェーンが口を開く。
なぜか妙に口調が冷ややかで引っかかる点はあるが、俺は返事を返し、
「そういえば自己紹介がまだだったね。一応俺はジョン、こっちがジェーン。君は?」
「私ゲイ」
…………。
漫画かなんかであったら今俺の頭上には疑問符が出ていることだろう。俺の体、俺の声で確かに目の前の少女はそう言った。
ここで頭の中にあった情報が繋がり、ある疑問が生まれる。暗号文の『数が多い』『不安』『よくない』と、先程のジェーンの『この人』という発言。
……目の前の俺の体に入っている人格は少女ではないのかもしれない。
俺の体に入っている人格が少女であると考えていたのも、ある意味では現実逃避だったのかもしれない。これ以上ややこしい状況は嫌だと考えていた結果がこれか……。無意識の希望的観測を憂いつつ俺は、
「俺は違う」
これにジェーンがクスリと鼻で笑う。
若干声が震えていた感は否めないが、いきなりあんな事を言われてはノンケの男としては危機感を感じるのは当然だ。今体は女だけど。
そして俺の返答に対して俺ボディーの誰かは「やれやれ」といった雰囲気で顔を傾かせ、
「名前なの……」
「えっ?」
頭上の疑問符がまた増える。状況の理解に苦しんでいるとジェーンが、
「あるわよそういう名字」
そ、そうなのか……。
というか外国人だったのか。なら英語が読めるのも納得だ。
「じゃあ、名前は?」
「ごめんなさい、名前は思い出せなくて……」
詳しく話を訊いてみるとどうやら俺達と同じらしく、記憶も曖昧らしい。だがしかし、おそらくあの苗字では周りから散々言われることもあったのだろう、良いか悪いかはともあれ、記憶に焼き付いているからか苗字だけは思い出せたようだ。
改めて確認を取ってみたが、ゲイは女性で、少女であるのは間違いないらしい。
こうして、おっさんの体をしたゲイの少女がパーティに加わった。
ああ、ややこしい。ややこしい。
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