こんな五分間なら観なきゃよかった

沢田和早

エンドロールの五分間

 いやあ、いい映画だったなあ。


『世界の中心で君の爪の垢を煎じて飲みたい』


 前評判通りのお涙頂戴恋愛物モノ。ベタなストーリー、若手俳優の青臭い演技、予想通りの結末。何もかも王道だけどそれがいいんだよなあ。

 終盤、彼氏の爪の垢を、それも手じゃなくて足の親指の爪の垢を煎じて飲んだヒロインが、


 ――うまきかな能ある鷹の爪の垢。


 と言いながら息絶えるシーンでは館内のあちこちから忍び泣きの声が聞こえてきたっけ。

 さて残りは五分ほどだけど……えっ、何が始まったんだ! あの世へ行ったはずのヒロインがスクリーンに登場しているぞ。


 ――き、君。生き返ったって……嘘だろう。

 ――いいえ、本当よ。あなたの爪の垢で大儲けするために、神様が転生させてくれたの。


 おいおい、死んだはずのヒロインが生き返っているじゃないか。さっき流した涙を返してくれよ。しかもいきなり転生モノって……これまでの純愛路線はどこへ行ったんだよ。あっ、エンドロールが始まった。でもまだ映画は続いているぞ。


 ――ほーほっほっほ。八大はちだい夜叉やしゃ大将たいしょうの力を得たあたしには恐れるものなど何もないのよ。

 ――よせ、これ以上器物損壊の罪を重ねてはいけないっ! その刀をこちらに渡すんだ。


 あのう、どうしてヒロインが羽織袴で日本刀を振るっているんですか? これ、純愛映画で時代劇じゃないですよね。あっ、しかもヒロインが巨大化した。SFなの? もう訳が分からないよ。


 ――この巨大メカを使うのじゃ。あの魔女を倒すにはそれしかない。

 ――博士、ありがとうございます。


 なんだよ、あのガ〇ダムみたいなロボット。しかも羽織袴のヒロインはいつの間にか魔女っ子になっているじゃないか。この数分間でこの展開は無理過ぎるだろう。うわ~、観客の皆さんがどんどん席を立って出ていくよ。


 ――モフモフ、お姉さん、ボクと一緒に動物の森で遊ぼうよ。モフモフ。

 ――きゃー、カワイイ! もう爪の垢なんかどうでもいいわ。


 困ったからってモフモフを出せば、何でも許されるわけじゃないんだぞ。とにかくこれでヒロインは去ったわけだけど、破壊され尽くしたこの街、どうするんだよ。ガ〇ダムが逆さまになって校庭に突き刺さっているじゃないか。


 ――これにて一件落着! 保健室でひと眠りするか。


 こら、彼氏役の君、ヒロインを追わなくていいのか。最初の純愛路線はどうなったんだよ。何事もなかったかのように保健室のベッドに横たわるんじゃない。


 ――という夢を見たんだ。あ~、よく寝た。さあっ、教室に戻ろうっと。


 って、夢オチかよ!


 ――……THE END


 エンドロールが終わり館内に明るさが戻る。見回せば座っているのはボク一人だけ。満員に近かった他の観客はエンドロールが終わる前に一人残らず退席してしまったようだ。

 胸の内に湧き上がる空虚感を噛み締めながら、館内に響き渡る大声でボクは叫んだ。


「こんなことならラスト五分間なんか観なければよかったあああー!」

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