第8話 離婚するための準備・お金を稼ぐために職に就こう 

とにかく別れるためには、まず、しっかりした仕事に付かなければならない。


 経済力を作らなければ簡単に離婚できないのが現状なのだ。


 子どもは保育園に行かせるようになったが、それでも、送り迎えや病気になったりすると休まなければならない。

 

いろいろ考えると時間の一定した職業には就けない!とすると、まず、自分の裁量で働くことのできる仕事に付くことである。


家での内職も考えて編み物教室に行ったが、どうも調子良くいかない。


 そこで、風子はひらめいた。


 兼ねてから『子供の保険に入らんね』と、来るおばちゃんを今まで邪険に扱っていたのだが、あのおばちゃんに頼んでみようと思ったのだ。邪険に扱っていたのは嫌いと言うよりも単にお金がなかったからなのだが、風子はそう考える。


(でも……私に人に頭を下げる仕事が出来るかしら……)


 風子は心の中でそう自問自答するが、すぐに頭を振る。ここまで来たら好き嫌いの問題ではなく、やるかやらないかの問題だと結論付けたのだ。

 風子は決断すれば実行に移すのは速い。早速、保険勧誘業務をしながら回ってくる「あの、おばちゃん」こと、今度は回ってくるのを待っておられなく、自分から待ち伏せしていた。


そのおばちゃんは、安田絹代さんで60歳ぐらいで、肥っているのにやたらに顔のしわが多いのに化粧をしているので、余計にしわが見える。口紅も付けてるよ!的な、赤さが目立つ女性だ。

 歩く姿も股開いて左右に体の重心を寄せて歩いている。その安田絹代はだみ声で遠慮も無く人のうちに来るので、最初は嫌なおばさんだったのが、何回も顔を合わせるようになると時々話すようになっていた。


 「おばちゃん、私も保険の仕事出来るかな?」


待ち伏せしているのを悟られぬように下り文句を言ったような感じで、働きたい話をすると快く会社に連れて行って上層部に話を通してくれた。


 風子は支店長面接で早速3か月の研修を受けることになった。しかし、最初から全然自信が無い。1日だけ様子を見てみよう、もしできないようであれば早く断ろうと思っていた。


 研修期間は1日500円と弁当が支給された。勿論夫には事後承諾であった。


 昼休みに私の事が気になったのか、隣の席に安田のおばちゃんが座った。


「弁当美味しかったけ?」


 安田は風子にそう尋ねると返事を待たずに封筒からお金を出すとおもむろに数え始めた。


「1,2,3,4,5(ペロッ)6,7、」


安田は数を数える途中で舌で指をぬらしてまた数える。


「8,9、10、11……」


 風子も思わずつられて見ていて一緒に数えてしまった。封筒の中には17万円が入っていたのだ。今日はちょうど給料日だったらしい。


「そんなに儲かるの?」

「ああ、心がけ、働き次第だけどね」


 風子が驚いて安田に尋ねると安田はさらりと返答する。


 大手の建設会社に社員として勤める夫もボーナスが10万円そこそこで、自分が勤めていた時の給料は5万円だった。それでも一般の事務員と比べると高い方だったので一か月の給料が17万円は気の遠くなるようなお金を手にするのだ、と云うことを自分の目でしっかりと見た風子である。


 聞くところによると、風子を取り持ってくれたのは、ニッホのヤスダさんと云う名前で呼ばれている、売上ナンバーワンの安田絹代であったのだ。


(こんなにもらえるのならやる価値はあるわ!! よ~し、やってみせるぞ!! 安田のおばちゃんには悪いけど、私が売り上げナンバーワンになってみせる!!)


 風子は心の中で闘志を燃やし始めた。自分に向かなかったら1日で辞めようと思っていた風子は、次の日も、また次の日も出て行っていた。


 それ程に、『17万円』の魅力は大きかったのである。


 保育園の子どもの送り迎えも、自活の為には苦労と思わなかった。

 夫の内川も何かしら協力的だったのに風子は甘えた。


 夜遅くまで勉強もした。夜は先輩に連れられてお客さんとのお付き合い、スナックなんていうのも初めての経験で楽しかった。また、こういう所も経験よ、と先輩は云う。

 この経験は後々風子を助けることになるのだが……


 3か月の研修も終りいよいよ営業である。元々自分が保険屋さん嫌いだったせいか、相手の気持ちが分かり過ぎるので、どこにも飛び込みで行くところが無かった。


 高校のあんなに協力的だった友達もみんな大学に行っているから勧誘なんてできない。親せきは父親の倒産で、疎遠になっているから頼めない。


 行くところがない!


 風子はその事に気付いて愕然とした。


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