第4話 ビートルズの世界にはまり込んだ高校生活
風子は家の倒産騒ぎで子供ながらに大変だったが、あわただしく、やっと二次募集をした私立日東高校に行くようになった。
日東高校は新しく出来たばかりのマンモス高校で成績如何によっては東京にある本部の大学まで行けるようになっている。地方では新しいシステムに人気があった。
八田先生の温情も学校には伝わっていたのだろう。駆け込み受験をした高校では、
特別枠で入れてくれたようである。明るい性格と人懐っこい風子はすぐに男女を問わず友達が沢山出来た。
風子が一番皆に好意を持たれたのは、自分を飾らない、ありのままの自分を出したことで、それは、高校入学一番のホームルーム時の自己紹介だった。
風子は意を決して
「私の家は一か月前に倒産して今はとても貧乏です。学費を払えなくなって卒業まで続けることが出来なくなるかも知れません。みなさん宜しく!」
風子の挨拶にクラスメイト達はびっくりする。しかし、クラスメイトは次に風子へ拍手を送った。
「鳥丸風子……偉い!頑張れ」
「頑張れよ!みんなで協力すつから」
「すごいよ、鳥丸、今から風子って云うからな!」
励ましの声が飛び交った。みんな男の子の声だった。クラスはほとんど男子で、女子は40人中たったの4人だけだったからである。
後から知る事になるが、そのクラスの者はほとんど家が裕福でそれも会社や商店の経営者の息子が大学にストレートに行くために入学して来ていたようだった。みなが、金持ちの子弟だったようで、二次募集で成績の良かった風子が、そこに紛れ込まされたようである。
(本音でものを言うのは何も恥ずかしいことではない)
風子はこの時、このことを肌身で感じた。
(成るがままに……ということね)
兎にも角にも風子の高校生活は順調に幕を開けたのだ。
「はい、風子の分だよ」
ある日クラス長の佐藤が机の上に弁当を置き、風子にいった。
「有難う……これってお弁当じゃないの、貰っていいの?」
「うん、今から風子の弁当係を皆で決めたんだ、遠慮するな、好きでやっているのだから……、風子が落ち着くまでだけど」
「あら、うれしい、けど、悪いな!良いのかな?」
「何、心配いらないよ、交代ですればたいしたことないさ、一人一か月に1回だ」
佐藤はそういって笑った。風子は恥ずかしいという気持ちよりもクラスメイト達の優しさが素直に嬉しかった。
それから、しばらく、男のクラスメートの弁当運びは続いた。遠足でどこかへ行く時の旅費も誰彼が出してくれた。
慣れてくると、学校は楽しかった。その頃の高校生は青春の真っただ中、新しい事に憧れ、行動した時代である。
音楽を聴くのが流行った。何かにつけ特権意識を持ちたいものである。グループをつくりその中で気の合った同志で好きな事を追及するのに没頭した。
その時、ビートルズやポールアンカの外国の曲を聴いたり歌ったりするのが流行したのだ。
「風子、今日三時、西楽器店行くよね?」
「もちろん、新しいレコード入ったんだって!行かないわけにはいかんよ!」
風子たちは学校帰りに、街のレコード店に行っては、無償でビートルズのレコードを聴くのが楽しみの一つになっていた。
そのうちに、色々な学校の高校生や若いどこそこの店員など、同じようにビートルズ好きが集まるようになった。店は若者であふれている。
西楽器店は街の真ん中に一つだけあり目立っていた。近くには当時珍しい喫茶店やレストラン洋服店や百貨店があり、一番の賑やかさがあった。
その頃高校生が街に集まるというだけで「たむろする」と云う表現で不良呼ばわりされ学校の補導の教師たちから目を付けられるようになった。
しかし、呼ばれて注意されたりすると、友達の結束はさらに強くなるもので、完全風子と仲間達はビートルズにはまり込んで行った。
楽器店は好意的に倉庫の荷物室に使っていた一室を提供してくれて集まり易いサロンのようになった。
「ねえ、皆せっかくこうして同じ趣味で集まるのだから、ビートルズファンクラブを作らない?」
「はーい!賛成、私も思っていたの」
「賛成、賛成、良く云ってくれたわ」
風子の提案に友人のスミ子、花江は即座に賛成した。
「じゃあ、風子さん会長になってくれる!」
「そうね、私で良かったら引き受けるわよ、通信費やこの楽器店でのレコード購入なども考えないといけないから会費制にして、記録や会計はスミ子と花江がしてネ」
「はい、分かった!風子が指示して!」
スミ子も花江もすぐ同調した。ビートルズファンクラブ宮崎事務所は、この楽器店2階の一室で始まった。
ビートルズファンということだけで、人から人へ伝わりだんだんと組織だって来た。当時の地方の現状を考えればファンクラブという言葉になじみがあるわけではないのでものめずらしさがあったのかもしれない。
『会員になりたい』という問い合わせが楽器点を通して殺到してくるようになった。
ビートルズファンを誇示する高校生や若い就労者からの入会と同時に会長である風子の銀行口座に会費300円が振り込まれるようになった。
こうしてファンクラブに入会することによって、ましてお金を出すことが何か特別なことに加わっている感覚になるのだろう。何することも無いのに、どんどん人数も増えそれと同時に入会金も振り込まれてくる。
風子の名前で初めて作った銀行口座には面白いようにこれでもかこれでもかと、振り込まれてくるようになった。
しかし、あまり多くなると、たいした使い道も見当たらず、お金などにあまり縁のなかった風子はパニックになる寸前であった。
誰かに相談しないと、自分ひとりの責任になってしまう。誰か信用できる友達はいないか考えた。
そうだ、佐藤君だ! クラスで弁当運び組織を作ってくれた佐藤君に話すことだ!
その佐藤は、頭も良い、顔も良い、陸上部で足も速く、皆に信用されている、誰にでも優しいし、風子にも優しかった。風子が一番良い男友達と思っている。
「ねえ、佐藤君ちょっと相談があるのだけど」
「何だ?めずらしいな!風子が相談なんて……お金の事か?」
「うん、お金の事……しかし、私のではないのだけど、人のお金だからこまっているのよ」
「風子は自分で貧乏で学校を続けられなくなるかも知れない!と云ったのだからやはりいつも心配しているよ」と、佐藤君は心配そうに相談に乗ってくれた。
「ありがとう」
風子が詳しく話すと、
「何だ、そんなことか!お前の好きなように使えば良いのだよ!風子は会長だし
みんなは、好きで払い込んでいるのだから、払えなくなったら止めればよいのだから」
と、いとも簡単に云って退けた。
それを聞いて風子は安心した。ギターも何本か買った。レコードや本も買ってビートルズのことを研究した。楽器店で誰でも使用できるようにした。
ビートルズフアンクラブ本部との交信では、色々な事を学ぶようになったし、ポピュラー音楽評論家で、特にビートルズ専門の星加ルミコさんなど知るようになった。
ビートルズが日本に来るのを知るのも、まず、ファンクラブの風子たちに本部からの連絡であった。
1966年ビートルズが日本上陸、日本中が大騒ぎになった。
それを横目にみんなは充分満足な気持になっていた。
そして、東京にあるビートルズファンクラブから宮崎ビートルズファンクラブに、公演の入場きっぷが一枚だけ送られてきた。
たった一枚だけである!
その、入場切符を皆で手に取って回しながら何回も何回も眺めた。ビートルズが日本に来るということは世紀の快挙である。この切符をどうすると皆で考えだした。
結局、会長の鳥丸風子が行けるという結論になった。
飛行機に乗ったことが無い風子は不安にかられながらもみんなの期待に応えて皆に見送られて空港に行った。
しかし、旨くいかないものである! どこにでも障害はある。
高校の補導係の湯地先生が先に来ていたのである。両手を広げて、人目もはばからずに大きな声で制止された。
「風子、ビートルズ公演に行ったらダメだ!」
「何故ですか!皆の代表で行くんです!行かせてください」
「風子、良く聞け、行けば学校は退学になるぞ、卒業できないぞ!それでよいか?」
卒業まで後六か月足らず、退学なんてむごい!結局泣きながら連れ戻された。
こうしてビートルズ公演見学は幻となった。
このことも、ずっといつまでも心の隅に残っている。
今、(そんな事なんて、黙って行けばいいのに)他愛ない事と考えられるが、その時は高校生の分際で大変な事だった。
いまだに、あの時何故、学校から先生が来ていたのか分からないし、学校では大きな問題にもなったようだ。担任や補導の先生からは何回も呼ばれ、風子たち役員にとって大変だった。そして、ビートルズフアンクラブは皆が意気消沈して自然消滅状態になっていった。
しかし、風子にとって不思議なことが起きるのである。
しばらくして忘れた頃に、風子の口座がそのままになっているのが分かって驚いた。会費を払う人たちはそのまま長いこと振り込んでいるのだ。
入会にあたっては、最初だけ簡単に楽器店を通してファンクラブが成り立っていたので、会計報告など無いし、求められることも無かった。これは大きな誤算であったが、今のように通信手段もお粗末でそのままにしていた。
風子はその沢山集まり過ぎたお金を、大胆にも学費に充てたり、助けてもらった友達などの為にも活用したりした。
だから、風子は何時でも言っている。
「私はね、ビートルズが学校に出してくれたようなもの、ビートルズのお蔭よ!」
と、吹聴しているが、これも本音かもしれない!
「一枚だけのきっぷ、長い事記念に持っていたわ……」
なぜ、長く持っていたかと云うと、あの時のビートルズ来日の時の興奮する気持ちをいつの日かファンクラブのみんなと分かち合いたい気持ちがあったからだ。
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