第三話高校受験は私立高校の二次募集

そうそう……あの時も風子の人生で鮮明に残っている出来事であったのかも知れない。そのことは心の中に黒い山が有った感じで残っているだけである。


 風子は、明日が高校受験と云う日であった。


 学校から帰ってみると、家にあるタンスや机、食器棚、置物、農機具等々、家にあるものはみんな赤い紙が張られていた。税務署の差し押さえである。


家には早々と、あまり見たことも無い、ごっつい男達や、縛牢(牛買)などが遠慮なく家に入り込んで大声でわめいていたように思う。


 風子は唖然としてその騒ぎの現場に震える足を踏ん張って立っていた。

大変な事になるな?と感じ、同時に何があったのだろうと風子は思った。


 近所の者は、興味ありげに、家の中を覗き込んでいる。気の強い風子はそれが腹立たしく悔しかった。


  母トメは「あんたが働きもせんで、騙されて、今からどうして食うて行くんか?」

と、例の口汚い言い方で義夫を攻め立てた。普通の黙って仕事しているトメとは違っていた。


父義夫は何を云う元気も無くただ黙っている。


 そのような時にばあ様はさっさと親せきの家に行ってしまった。この辺りの判断は父と違って適確である。


 ご飯を食べたか食べなかったか、きっと続き隣の意地悪な親戚の叔父さんの家の厄介になったのだろう……何年たっても考えたくないから思い出さないことにしている。


 

風子は結局、進学校である県立高校の受験日には一日行って二日目は休んでしまった。ただ、ぼんやりとして家に居たら、担任の八田先生が自転車で家に来た。


 トメは、分かってか分からないか、ただ頭を下げている。人に頭を下げることや、謝る事には慣れているようであった。


 八田先生は私立の二次募集があるから受けるようにと云って帰った。

 

(お金も無いのに私立の学校なんかに行けるかよ)


 風子は八田先生の自転車で帰る後ろ姿を見て心の中で呟いていた。風子の目からは少し涙が出たようだ。


 その夜、風子は父親の義夫に頭を下げられた。


 「風子、済まない、父さんが悪いんだよ、この通りお願いだから高校に行ってくれないか?二次募集があるというじゃないか、成績の良い風子に学校にもやれなかったでは、父さん立つ瀬がないよ」


「だって、お金が無いよ、どうすんのよ」


「お金の事なら心配することは無いよ、元の営林署の山の整備の仕事を手伝うことになったから、日雇いだけどね……なあ、母さん!」


 義夫はあまり手ごたえのないトメに同意を求めていた。側にトメしかいなかったからだろうが、これも珍しい事である。 いつもは、遠くに感じていた家族の中の父親母親だったが、なぜか普通の家族の会話はこれだと思い嬉しかった。


「金が無いのに高校なんか行けるもんか!働け!」


 しかしトメの口から発せられた言葉は反対を告げる言葉である。今度は、母親の罵声を浴びてそのことが辛かった。その時涙は出なかった。


「風子心配しないで、我慢して高校に行っておくれ」


 義夫は慰めるように云ってくれたのがうれしかった。


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