第40話 戦いの始まりと委員長の告白
俺がフィリスを伴って外に出て行くとすでに大勢の生徒達が運動場を囲んでいた。ここは女子校だから声援も黄色くて高らかで賑やかだ。
何か運動会みたいな雰囲気だなと思いながら目線を巡らせると、観客席にヒナミとフェリアとセレトがいて部長が代表して手を振ってきたので俺はそちらへ向かった。
近づくと兄を応援する子供達の態度で迎えられた。(お父さんじゃないよな? 年を取ったと思いたくはない)
「魔王様、頑張ってください!」
「勝利を願ってます」
「お姉と一緒だったの?」
「ああ、ちょっとそこで会ってな」
フェリアがフィリスを見上げ、フィリスは少し驚いたように妹を見返していたが、すぐに咳払いして元の落ち着いた態度を取り戻して言った。
「わたしが魔王様といてもいいでしょう。あなた達だけの魔王様では無いのですから。魔王様、観客席の前にはわたし達で選りすぐった魔法士達がバリアを張りますので、どうぞ思う存分戦ってらしてください」
「ああ、頼む」
俺は何も考えていなかったが、生徒会長がやってくれるのなら任せておくことにした。
それにしてもフィリス、魔王様言いすぎである。向こうの世界に来ることがあれば言い聞かせておかないとな。そんな機会があるかは分からないけど。
そう言えば、と俺はふと気づいて視線を巡らせる。
「委員長がいないな。どこへ行ったのだ?」
「そう言えば」
「あいつがいませんね」
「まさか逃げた?」
やれやれ、こいつらも俺と同じでうっかりさんだな。まあ、俺もこのクラスにあんな委員長がいたなんてこの前挑戦されてから初めて気づいたんだけどな。
ぼっちは人と関わらないので、他人を覚えるのが苦手なのだ。
ヒナミ達は顔を見合わせ、頷いた。
「委員長を探してきます!」
「あ、いや」
俺が何も言わんうちに三人は風のように去っていった。やれやれ、元気な子供達だ。
観客席の中に取り残される魔王の俺と生徒会長のフィリス。俺は上げかけた手を下ろして呟いた。
「別に無理して連れてこなくても良かったんだけどな」
「あの子達が戻ってくるまで始まりを延期しますか?」
「いや、小羽と約束したからな。魔王の俺は勇者の元に向かうとしよう」
この戦いにヒナミ達は関係ない。俺は運動場の中心に向かう事にした。
後ろではフィリスが生徒達に指示を出してバリアを張る準備と、観客に前に出ないように注意喚起を行っている。
俺が校庭の中心まで行くと小羽はすでに待っていた。手に勇者の剣を持ち、勇者の装備を身に付けている。軽く準備運動してすでに戦う気は十分のようだ。
俺は魔王らしくニヒルに笑いかけた。何事も心構えは肝心だ。
「勇者よ、この辺りの地理は把握できたか?」
「うん、ここが魔王の通っている学校なんだね。いろいろ見て回ったよ。面白かった」
(こいつ、本当は探検がしたかっただけなんじゃないか?)
俺は思ったが口には出さない事にした。これからやる事には関係ない。これから始めるのは勇者と魔王の真剣勝負なのだから。
俺は魔王の能力で闇の衣を身に纏い、魔法の杖を握った。
「では、始めるとしようか? 魔王と勇者の運命のリベンジマッチを」
「うん、この時を待っていた!」
「言っておくが今度は手加減せんからな」
「やっぱり前は手加減していたんだ」
「チッ、失言だったか。まあいい。本気のお前でも叩き潰すだけだ!」
小羽が剣を構えて飛び出し、俺は魔法を発動させた。
そして、勇者と魔王の戦いが再び始まった。
校舎の中に飛び込んだヒナミ達。三人で手分けして捜索を開始し、セレトから見つけたと報告があったのでその場所に急行した。
そこはヒナミ達の学年が使っているトイレだった。遠くは無かったのでこの場所を担当したセレトはすぐに見つける事が出来ていた。
三人で賑やかに押しかけると委員長に逃げられる恐れがある。だが、近づかなければ始まらない。
セレトが廊下に繋がる出口に陣取り、フェリアがこっそりと個室のドアの横に張り付いたところで、ヒナミはもう逃がさないとばかりにドアをノックして呼びかける事にした。
「委員長出てきなさい! そこにいるのは分かっているよ!」
「いやよ! あんな物騒な奴らがいるところなんて誰がいられるものですか! 勇者も同類とは思わなかった!」
「あんな奴(勇者)と一緒にしないで! 魔王様が呼んでいるのよ! 出てこないなら実力を行使する!」
「あの魔王がわたしを呼んでいるって? ふん、友達でもない癖にぬけぬけと。無駄よ。わたしは出ないから。実力でもなんでも行使すればいいわ」
委員長からの返答を受け取って、ヒナミはフェリアと目配せを交わし合った。
ドアに背中を預けたフェリアが両手の拳を組んで前に突き出し、ヒナミがその上に足を乗せてドアの上の隙間から中へと忍び込んだ。
(まったく、勇者を倒すために練習していた連携をこんな所で使わせないで欲しいわ)
思いながら飛びかかるヒナミ。トイレの個室の中から委員長の悲鳴がする。
「うわあ! ヒナミさん! あなたどこから入って」
「勇者と戦う為にあたし達も練習してるのよ! 観念しなさい!」
「ああああ!」
相手が身内で魔王の期待があったので、ヒナミも強気に出られた。
少しのすったもんだの物音がした後、委員長はヒナミにしがみつかれながらトイレの個室から出てきた。
すぐにフェリアとセレトが駆け寄って三人で委員長を抑え込んだ。さすがに多勢に無勢。委員長は降参し、しょんぼりと肩を落とした。
「あなた達がこんな乱暴者だとは知らなかったわ」
「魔王様に会ってあたし達は変わったの」
「魔王様はわたし達の知らない世界をたくさん見せてくれた」
「勇者を倒して今度こそ王都を取り戻す」
「王都……そう、あなた達は王都に行ったんだものね」
「委員長は……」
ヒナミは思いだそうとするが、その前に委員長が話し出したので意識をこちらに戻した。
委員長は語った。自分はあの時学校を休んでいて王都には行かなかった事。
学校に行ったら誰もいなくて、みんなが戻ってきたと思ったら知らない奴がいた事。それが気に食わなかった事を。
ヒナミは話を聞きながら呆れるばかりだった。
「それで魔王様に食ってかかっていたの?」
「だって気に入らないじゃない。あんな知らない奴が教室にいるなんて!」
「知れば変わるよ。あたし達はいっぱい知ったから!」
ヒナミは委員長の手を取った。見上げる委員長はその意思の強さを眩しく思った。
「さあ、行こう! もう始まってるよ!」
「魔王様の戦い、見届けなくては」
「きっと勇者を倒すはず」
「ヒナミ、あなた達はあいつを信じているのね……」
強く握る手に委員長にも感じる物があった。
少女達はトイレを出ていく。外の世界は暖かい光が満ちている心地がした。
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