第38話 向こうの世界へ

 小羽とは向こうの世界に行く事で話はまとまった。

 派手な光と魔法陣の出る召喚の現場を誰かに見られて通報されてはまずいので、俺達は家まで移動する事にする。

 道中はヒナミとフェリアとセレト、小羽と文乃ちゃんまで一緒だ。俺はハーレム王になった!

 ……逃避するのはよそう。子供達がいるからといって何になる。俺に必要なのは友達なのだ。友達が出来なければ意味が無い。

 寂しい気分のまま家に到着する。


「ただいまー」

「お兄ちゃんの家だー」

「お世話になります」


 玄関を開けるなり子供らしく小羽が飛び込んでいって、文乃が礼儀正しく頭を下げた。


「勇者、待ちなさい!」

「好きにはさせない!」

「今度こそここで!」


 三人組が小羽を追いかけようとするのを俺は慌ててヒナミの襟首を掴んで呼び止めた。


「おい、お前ら! すぐ向こうに行くんだからここで暴れるなよ!」


 部長を捕まえてしまえば二人も戻ってくる。

 申し訳なさそうにうつむくヒナミ。フェリアとセレトも渋々と言う事を聞いてくれた。

 そして、俺はここで戦いが本格化するのを未然に食い止められたのだった。



 小羽は階段の上で遊び相手が来るのを待っていた。みんなで俺の部屋に集結する。

 ヒナミ達は勇者を向こうの世界に連れていくことに不服そうだったが、俺に考えがある事と正々堂々としたい事を伝えると素直に受け入れてくれた。

 今は彼女達なりに召喚術の凄さを見せつけたいようだ。いつもより気合いとパフォーマンス力が上がったような態度で儀式に臨んだ。


「勇者よ、あたし達の召喚術を見せてあげる」

「これこそお姉すら驚いて認めた召喚部の活動の成果!」

「今こそ括目して見ろ!」


 期待に胸を膨らませる小羽に見せつけるように高らかに呪文を詠唱している。いつもより光や風が激しい気がした。

 俺と小羽は魔法陣の中で転送を待つ。文乃は魔法陣の外に出て見ていた。

 彼女はついてこないそうだ。まあ、無理して知らない世界に連れていくこともない。小羽の事をお願いされて彼女には留守を任せた。

 そして、儀式が完了し、俺達は向こうの世界へと転移した。




 気が付くとそこは薄暗い部屋。召喚部の部室だ。この景色にももう見慣れたものだ。

 時計で時間を確認すると朝の授業が始まる少し前だった。やはりこれは俺の都合の良い力が時差を起こしているのだろうか。

 俺には分からないし、解決しなければならない問題は他にあるので気にしない事にする。小羽が動き出したしな。


「ここがお姉ちゃん達の部室なんだね」

「勝手に触らないで!」


 ヒナミに怒られて出しかけた手を引っ込める小羽。勇者が驚くなんて珍しい顔が見られたものだ。

 ヒナミが慌てて近くにあった道具を遠ざけると、小羽はもうそれ以上触ろうとはしなかった。

 やれやれ、こいつらの友情の問題もいつか解決しなければならんな。今は俺の問題を解決するのが先だが。


「お前ら、教室に行くぞ」


 俺には考えなければならない問題があるのであまり他者にかまう余裕は無かった。

 そして、俺はみんなを連れて部室を出ることにした。




 もう道順は知っている。廊下を歩いて間もなく俺達は教室に到着した。

 もうあらかたみんな来ているようで、朝から教室は賑やかだった。

 先生が来る前に済ませよう。俺は扉を開けて教室に入った。驚いてこっちを見る委員長が視界に入った。

 だが、今日の彼女の相手は俺ではない。小羽がどう新魔王軍を結成させてくれるのかお手並み拝見としよう。


「ここが新魔王軍のアジトなんだね」

「まあ、そういうことだ。そして、奴がここの長、委員長だ」


 委員長を落とさない事にはこの戦いは終わらない。俺は奴がここのボスだと小羽に教えてやる。

 さて、小羽はどうするのかと思って見ていたら、いきなり委員長に向かって歩き出した。まさかあの委員長と友達になるつもりか? 無茶だと思うのだが。

 向かってくる小羽に、委員長は驚きながら訊ねた。


「あの、あなたはいったい……? ここのクラスではありませんよね……」


 なんと委員長、勇者小羽を知らないらしい。王都で戦ったのを見ていれば誰でも知っていると思ったが、遠くで見えなかったのだろうか。

 だが、力の違いには気づいたようだ。態度が百獣の王を前にした小物のようになっている。

 そんな委員長に向かって小羽はゆっくりと手を振り上げる。すると、その手に剣が現れた。

 こっちの世界に来た小羽は勇者のスキルが扱える。一度俺の方を振り返ってから小羽はその剣をいきなり委員長に向かって振り降ろした。


「新魔王軍の結成はさせないよ!」

「ちょ、お前!」


 俺は慌てて飛び出し、小羽がやったように手に魔王の杖を現して勇者の剣を受け止めた。教室に甲高い音が鳴る。


「何のつもりだ、小羽!」

「あたしの前に現れたね、魔王!」


 小羽が剣で杖を押さえつけたままスキルで空間に光の槍を生み出して攻撃してくる。俺はそれを闇の障壁で防御し、さらに杖を振って剣を押し返し、炎弾で追撃した。

 人のいる狭い教室の中だ。軽い一発だけにしてやる。小羽はなんなく剣で斬り裂いた。


「新魔王軍の結成なんて勇者がさせると思った?」

「俺を騙したのか。とんだじゃじゃ馬だな。いいだろう、相手になってやる。だが、ここは手狭だ。表に出るぞ」

「うん、じゃあ一時間後に表で会おう」

「え? 一時間後? 今すぐにでも構わんが」

「あたしはこの辺りの地理を全然知らないからね。前に男子との戦いで知らない場所でやって追い詰めるのに苦労したんだ。同じ失敗はしない。それじゃ一時間後ね」


 小羽はそう言い残し、教室を出ていった。沈黙に包まれる教室。

 さて、俺は一時間も何をして時間を潰せばいいのだろうか。

 授業が始まりそうな気がするが、そんな空気でもないようだ。周りの生徒達は不安そうに囁き合っている。

 こんな時こそ長の出番なのだろうが、委員長が一番ショックを受けているようだった。

 俺は放心した様子の委員長に上手い言葉を掛けてやることも出来ず、


「ヒナミ、後は任せた」


 後を同年代のここの生徒に任せ、一人でいる事を選んだのだった。

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