第36話 勇者強襲

 清見小羽は運動が得意な元気溌剌とした小学生の女の子だ。

 彼女は男子が相手でも物怖じせずに一緒に遊び、さらにその中でも男子達をも圧倒するほどの活躍を見せ、ご近所の覇者と目される程の実力を持っていた。

 近所の学校の男子で清見小羽を知らない者はいない。それほどの凄い人物だった。

 高坂文乃はあまり運動が得意ではなかったが、物心付いた時からの親友としてそんな小羽の武勇伝をずっと見てきた。

 誰が相手でも負け知らず。戦いが終わればみんな友達。小羽はそんな人を寄せ付ける不思議な魅力を持っていた。

 小学校の休み時間には男子に混じっていつも元気に運動場を駆けていた彼女だったが、最近は変わってきたことがあった。

 まるで興味を無くしたかのようにみんなと遊ぶ事が減ってきていた。男子からの遊びや助っ人の誘いも断る事が出てきた。

 その理由を親友の高坂文乃は知っていた。

 これが女の子らしい自覚が出てきておとなしくなったのなら良かったのかもしれない。だが、逆だった。小羽はさらなる興味に挑んでいた。

 原因はこの前の小羽が行方不明になった事件にあるようだった。不意に現れた光に包まれて姿を消し、しばらくしてから戻ってきた。

 あれから小羽はたまに近所のお兄さんの家に遊びに行くようになった。恋などではない。遊び相手にされていることは見れば分かった。お兄さんには同情する。

 町でたまたま彼の姿を見つけて後をついていったこともある。学校を突き止めて小羽は喜んでいた。

 小羽はあのお兄さんに興味津々のようだった。彼の何が気に入ったのか分からないが、文乃も彼には行方不明事件の時に相談に乗ってもらったので悪い印象は持っていなかった。

 ただ彼が小羽に迷惑を掛けられているのを見ていると、申し訳ない気分で一杯になるのだった。

 でも、喜んで遊びに行く小羽を見ると、やはり彼女を止める事も出来ないのだった。




「文乃ちゃん、今日こそ行くよ。挑戦の時だ」

「ええ? ……うん」


 止められないなら早く行くべき。文乃はそう判断する。

 小学校の授業が終わった放課後、少し休憩してから文乃がそう小羽に誘われてやってきたのは近所の高校だった。ここはまさしくあのお兄さんの通っている学校だ。

 彼の住んでいる家が近所にある事は知っていたので、もしかしたら学校も近所かなと思っていたがその通りだった。

 これは喜ばしい事なのだろうか。小羽にとっては嬉しいようだ。文乃はちょっと不安だ。

 彼がこの学校に通っているのを突き止めた後、小羽は彼の家に行く事はしばらく止め、魔王に挑むためだと(魔王って何? なぜ彼がそう呼ばれているのか文乃はよく知らなかった)チャンバラごっこで訓練を積んでいた。同い年の近所の男の子はもう小羽の脅威にはならなかった。

 男の子達は楽しい遊びが出来た次は負けないと満足して帰っていたが、小羽は遊び終わって一人になった後で物足りない顔をしていた。

 それからも一人で修行だと訓練をして。そして、そろそろ準備が出来たと小羽は勇んでここへやってきた。

 文乃はこれから何が起こるのかとただハラハラとするだけだった。




 学校が終わった放課後、帰宅部の俺はもうここには用はない。別れを告げる友もいない。


「帰るぞ」

「はい」

「よく寝た」

「また来たい」

「ああ、また機会を見てな」


 俺はヒナミとフェリアとセレトを連れて帰ることにする。三人とも満足したようで嬉しそうだった。

 朝はどうなるかと思ったが、連れてきてよかったと思う。終わりよければ全て良しだ。

 俺達は昇降口で靴に履き替え、外に出る。ヒナミ達は校内ではクラスメイト達が持ってきたスリッパを履いていた。用意のいい奴らである。

 外に出て前方に見えるあの校門を抜ければこの学校からはおさらばだ。俺はもう全てが終わった気分でいた。

 だが、それを許さない奴がいた。校門に何か小学生がいるなと思ったら知っている奴だった。


「お兄ちゃん、遊ぼー!」

「小羽ーーー!」


 俺の姿を見つけるや校門から全力ダッシュしてきたのは清見小羽。小学生の女の子で向こうの世界では唯一魔王である俺を負かした(あの時はこっちに都合があってわざと負けてやったんだけどな)伝説の勇者だ。 

 今日の小羽は学校帰りらしく、可愛いよそいきの女の子らしい服を着て背中にはランドセルをしょっていた。

 そんな奴にこんな場所で抱き着かれたらやばいやばいやばい!


「こら、小羽! 離れろ! 俺が事案で通報されてしまう!」

「いや! 今日は挑戦しに来たんだよ! また向こうに行って遊ぼう、魔王!」

「俺を魔王と呼ぶなー!」


 やばい、周りの目が集まってきている。校門を見れば文乃が蔑んだような目を送ってきている。文乃は小羽の行動に呆れと申し訳なさを感じていただけなのだが、俺はそうは思わない。

 近くでも動き出した奴らがいる。


「勇者! ここまで攻めてくるなんて!」

「魔王様から離れて!」

「ここで片を付ける!」


 困った事に三人までやる気になっている。ここで勇者と魔王の戦いを始めるわけにはいかない。

 ここで戦ったら、友達のいない俺が小学生の女の子なんかと一緒に遊んでいると思われてしまう。こいつ勇者なのに。

 俺はひとまず小羽の提案を飲んでこの場を去ることを選んだ。


「いいだろう。お前の挑戦を受けようではないか。だが、ここでは人に被害が出る。ひとまず場所を移すぞ!」

「うん!」


 俺が早口にそういうと小羽は抱き着いていた力を弱めてくれた。

 俺は彼女の手を取り、さっさとこの場を走り去ることにした。

 知り合いに見られてないよな? 振り返る余裕はないし、とりあえず声は掛けられなかったので良しと思っておくことにした。 

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