第28話 エピローグ

 青い空に白い雲が浮かんでいる。

 風のそよぐ草原に寝転んで俺は感じる。世界は優しいということを。


「いてっ」


 痛む頬をさすって俺は悪態をついた。


「小学生って本当に遠慮しないよな。くそったれめ」


 戦いの果てに俺は思いっきり殴られて、街はずれの遠くの草原まで吹っ飛ばされていた。

 魔王と勇者の運命の一戦。

 戦いは小羽の勝ちだ。

 俺が当初から願っていたことではあるが、やっぱりちょっと悔しさはあった。


「次に会った時は……」


 どうすると言うのだろう。小羽に勝ったところで俺は困るだけだ。


「今のままじゃいけないよな……」


 勇者はある意味で魔王までも救ったと言える。

 同じ過ちを繰り返さないためにも、これからすることを考えないといけない。


「俺のしないといけないことは……」

「魔王様―――!」


 考える俺の耳に慣れ親しんだ声が届く。

 召喚獣に乗ってヒナミ達がやってきた。

 俺は立ち上がって迎える。

 これからともに戦う仲間達を。


「魔王のリベンジに付き合ってくれるか?」

「はい! もちろん!」

「今度こそぎったんぎったんにしてあげましょう!」

「復讐を……誓います!」


 俺の言葉に三人はとても乗り気で答えてくれた。

 やはりここにはおとなしい奴は誰もいなかった。 




 魔王が表舞台から消えて。

 小羽は俺の願い通りに世界を救ってくれた。

 魔王の後ろ盾を失った元国王は周囲の国々や国民達に睨まれてまずい立場に立たされたが……


「喧嘩しちゃダメ! 戦いの後はみんな笑顔だよ!」


 勇者の一喝でみんながおとなしくなった。

 魔王を倒した勇者に誰も敵う者はいなかったし、世界を救った英雄に挑む大義名分も誰も持ってはいなかった。

 慌ただしかった世界も徐々に波が引くように静かになっていった。

 元国王は再び小さな国の王となり、その息子のアレックス王子も国の立て直しに尽力しながらみんなに尊敬される立場を取り戻していった。


「アレックス王子よ」

「キャー、かっこいい!」


 だが、女性達から以前と変わらない黄色い悲鳴を向けられながらも、王子は物憂げにため息を吐くことがあったという。

 彼のリアルはまだ充実していなかった。


「勇者様、次はいつ来られるのだろう。いきなり召喚しても迷惑だよな……」


 何でもイケメンでモテモテの彼にもついに想う女性が出来たという。

 いったいどんな美しい女性が王子の心を射止めたのか。国の女達は様々に噂したが。

 誰も相手の心当たりは無かったという。




 平和を取り戻した世界。

 俺は再び異世界を訪れていた。

 場所はヒナミ達の学校だ。

 一時は王国の方にその拠点を移していたが、再び元の場所に戻っていた。

 俺がここを訪れたのは、ある頼み事をしていたからだ。

 その始まりとなる行事がこれからある。


「魔王様、本当に試験を受けられるのですか?」

「無論だ」


 校長の言葉に俺は答える。

 俺はあまりに世界を知らな過ぎた。

 だから、学校に入学させてくれと頼んだのだ。

 以前には魔王が入学するなんて恥ずかしいと思ったこともあったが、今の俺は学校で学べるレベルの知識を欲していた。


「魔王様の実力なら受けるまでもないと思いますが」

「それでもやりたいのだ」


 フィリスまで俺には必要ないと言ってくる。だが、俺はみんなと同じようにすることを望んでいた。

 俺の希望を校長とフィリスはそれ以上拒みはしなかった。

 試験の内容はヒナミ達に聞いて知っている。小学生でも出来るような簡単な実技とテストだ。

 対策はばっちり勉強してきた。

 中学生に教わるのはどうかと思ったが、勇者に勝つためとみんな張り切って教えてくれた。

 勉強会というのも楽しいものだ。自分がこんな体験をするとは思わなかった。おっと思い出に浸っている場合ではないな。

 その結果を出すためのテストがいよいよ始まる。

 ヒナミとフェリアとセレトもこれから始まることを見守っている。

 いいところを見せないとな。

 張り切る俺の前に、フィリスが魔力を計るための装置を台車に載せて運んできた。的のような物だ。


「では、魔力を計りますので。くれぐれも注意しておきますが、力を入れすぎて壊さないでくださいよ」

「うむ、分かっている」


 俺は力をなるべくセーブして、それでも良いところを見せたくて、ほどほどの力で魔力弾を放った。

 吹き飛ぶ的。ボロボロになって宙を舞い、粉々になって地面に落ちて砕け散った。

 焦げて曲がった部品が転がっていく。

 やれやれ、力をセーブしたのにまだ調整が不十分だったようだ。

 みんなが声を失っている。俺はそんなみんなに向かって言った。


「俺、何かやってしまいましたか?」


 歓声を上げて喜んだのは召喚部の面々だけだった。校長は地面に膝をついて破片を見つめ、フィリスは困ったように耳打ちして教えてくれた。

 お姉ちゃんの吐息にドキドキしますと思ってられるのも束の間だけだった。俺はびっくりしてしまう。


「これってそんなに特別な物だったの!?」

「はい、値段にすればこれぐらいになるかと」

「はうっ」


 どう見てもただの安っぽい的の機材にしか見えなかったのに。

 高校生に払える金額じゃありません。俺が真っ青になっていると、校長が立ち上がって息を吐いた。


「仕方ありません。魔王様が入学してくださるのですから。チャラにしましょう」


 ごめんよ、魔王として立派に独り立ちできるようになったらきっと返すから。

 俺はひっそりと決意するのだった。




 それからの俺は現実世界で学校に通い、異世界でも学校に通う二足の草鞋を履いている。

 面倒ではあるが、塾や部活をやるものだと思えばこんな物かもしれない。

 俺は校長と顔見知りなので時間の融通を利かせることも出来たが、出来ればみんなと一緒に授業を受けたかったので頑張った。

 女子校の中で男一人というのは何だか気まずかったし、視線も感じたが、ヒナミ達が喜んでくれるなら苦労も軽減された。

 そんなヒナミ達だが、新たな召喚術の研究に余念が無いようだ。

 打倒勇者に燃えるのは構わないが、出来れば喧嘩して欲しくないと俺は願う。

 小羽の連絡先を俺は知らなかったが、小学生が行方不明になったというニュースは流れていなかったので、ちゃんと帰ったのだと思っていた。




 そんなわけで久しぶりの日曜日だ。今日は遊ぶぞと思っていたら玄関のチャイムが鳴った。


「誰だよ、こんな朝っぱらから」


 ヒナミ達なら召喚魔法で部屋に現れるはずだ。ならば他人だろう。

 俺は面倒に思いながらドアを開ける。

 そこに立っていたのは二人の小学生の女の子達だった。俺に小学生の女の子の知り合いなんてここにいる二人しかいません。

 俺を見るなり小羽はニコッと笑顔になって、文乃は緊張したように背筋を伸ばした。


「やっぱりこの家だった。前にあたしのこと見てたよね?」

「な……なぜここに勇者が」


 勇者がこの家に来るなんて嫌な予感しかしない。リアルの俺には魔王の力なんて無いのに。

 それはお互い様なのだろうが。だとしたら怯える必要は無いのかもしれないが、俺の嫌な予感は消えなかった。

 文乃がお礼を言ってくる。


「あの……小羽ちゃんを助けてくれてありがとうございます」

「おお、見つかって良かったな」


 文乃ちゃんは良い子だなあと思ったのも一瞬、小羽がいきなり突撃をかましてきた。


「お兄ちゃん、遊ぼー」

「な、なにい!?」


 凄い突進力だ。本当に小学生は手加減というのをしない。

 ジャンプして首筋に飛びつかれ、押し倒される俺。

 こいつ強いぞ。


「ちょ、事案事案!」


 家の玄関で小学生に押し倒され、俺は小羽の手を軽く叩いて離れるように促すのだが、小羽は離れなかった。

 キラキラした子供の目ですぐ至近から俺を見下ろしてきた。


「ねえ、今度はいつ向こうに行くの? またやろうよ。魔王と勇者ごっこ」

「な……ごっこだとう!?」


 何ということだろうか。小羽はあの戦いのことをごっこ遊びとしか思っていないようだった。

 向こうの世界のこともゲームの世界だと思っているのだろうか。

 小学生のおつむは分からない。

 俺は元気に足を振る彼女にしがみつかれながら、玄関の外を誰も通りませんように、誰も見ませんようにと願った。

 文乃が同情したように涙ぐんでいる。


「小羽ちゃんの遊びに付き合ってくれる人がいるなんて。良かったね」

「いや、良くないよ!」


 俺がしがみつく小羽の体をどうにか引きはがそうと考えていると、召喚の光が現れてヒナミ達がやってきた。


「魔王様、勇者を倒す相談をしようかと思って伺ったんですけど……お!?」


 途端に凍り付く空気。

 予期せぬ驚愕に息を飲むヒナミ達を小羽は笑顔で迎え撃つ。


「あ、魔王の手下のお姉ちゃん達。お姉ちゃん達も一緒に遊ぶの?」

「望むところです!」

「勇者の相手はわたし達が!」

「倒す!」


 賑やかになる家。小羽はとても運動神経がよく、追いかける三人の手をソファを超えたりテーブルをくぐったり廊下を回ったりしてうまく避けていた。


「ここよ!」

「今です!」


 挟み撃ちにするフェリアとセレトだったが、小羽は跳躍して二人の手をすり抜け、フェリアの頭に手を置いて飛び越していった。

 凄いな。あの小学生何者だよ。勇者でした。


「どうすれば……」


 オロオロとするヒナミに俺から助言できることは何も無かった。

 文乃が困ったように呟く。


「小羽ちゃんはとても運動神経が良いんです。学校でも男子を相手に負け知らずで」

「だろうね」


 文乃の言葉に俺は同感してしまう。

 ともあれこのままでは家がめちゃくちゃになる。

 俺から言えるのは一つだけだった。


「お前ら、人の家で暴れるなーーー!」


 やれやれ、リアルも賑やかになったものである。

 俺はやはり平穏を望むのであった。

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