第15話 風呂だ お前ら何で入ってくるの?
さて、夜だ。騒がしかった一日の終わりに俺はお風呂に入ることにする。
異世界から来た少女達に先を譲ってあげようかと思ったが、三人が先に入っていいよと譲り返してくれたので、俺は遠慮せずに一番風呂に入ることにした。
俺は湯船に浸かり、世俗の面倒事から解放されたかのようにゆったりとくつろいだ。
賑やかなのは悪くないが、やっぱり人がいると気疲れしてしまう。
「今日はいろいろあったなあ。明日もあるのかなあ」
そんなことを呑気に呟いていると脱衣場の方で動きがあった。
何か取りに来たのだろうか。思っていると、フェリアがやってきた。
何も身につけていない姿で。何の遠慮もなくドアを開けやがった。どこからともなく光が差し込んできた。
寝転んでいるスカートの裾から太ももの上の方が見えそうになっただけでもやばいと思ったのに、全裸で来るなんて。この女の子、何考えてるの。
幸いにも? 光が邪魔して大事な所がよく見えないが。何なんだろうなこの光。
ともあれ俺は戸惑うしかない。なのに相手は全く臆さない。
「魔王様、失礼します」
「お前、何で来るの?」
「どぼーん」
フェリアは人の話を聞きやがらない。すぐに湯船に入ってきて俺の前に陣取った。その腕が湯船から上げられて顔と一緒に近づいてくる。
「魔王様好きー」
「なんだってー」
いきなり風呂場で全裸の少女から迫られて告白されて抱き着かれて俺はどうすればいいのだろうか。
全年齢、全年齢!
俺は現実から意識を遠ざけようと必死の思いで祈った。体にひっつくフェリアの感触が柔らかい。すべすべしている。
これが女子の体かー。俺は仙人のように達観の高みへと意識を飛ばそうと試みる。
「えへへ」
フェリアはハグに満足したのか体を離して俺の膝の間に収まった。
ラブではなくライクの好き。そんなことは分かっているのだ。
だって、この子達。俺を男として見てないもの。
「セレトの真似ー」
背中を預けてこないでください。
落ち着こう。ハアハアではなく深呼吸をするのだ。俺はフェリアの頭を見つめながら息を整えた。
よし落ち着いた。多分な。
俺としてはまだ油断できない状態が続いている。だってすぐ傍に裸の女の子がいるんだもの。
フェリアの頭から肩に掛けてのラインを眺めていると、彼女は何も気にしていない無邪気な笑顔で振り返って言った。
「アニメで言ってたじゃないですか。裸で付き合おうって」
「ああ、言ってたね」
あれは任侠物のアニメで男同士だったじゃないか。誰得なんだと思ったものだが、俺得がここにあった。
いや、得なのか? 俺は今かつてないほど困っている気がする。
アニメを見せたのは失敗だったのだろうか。
助けを求めていると、聞き届いたかのようにヒナミの声が脱衣場にやってきた。
「もうフェリアちゃん。先行かないでよ」
助かった。やはり自分勝手な部員を何とか出来るのは部長しかいない。
早くフェリアを連れていってくれ。いや、連れていかないでくれ。矛盾した思いを抱える俺。何だこの苦しみ。
そんな理性はすぐに飛んだ。
「魔王様、お背中をお流しします」
「ヒナミ! お前もか!」
「え? はい」
やはり彼女達は男というものを意識していないようだった。それは異世界の女子校を歩いていた時にも感じていたことだが。
「…………」
ならばこちらも遠慮なく! とは行かないのが大人の辛さだろうか。
俺は召喚獣かもしれないが獣ではないのだ。
信頼してくれているフィリスやみんなの期待を裏切りたくも無い。
俺はあきらめて視線を合わさないように風呂から出て、背中を丸めてヒナミに差し出した。
「早く流してください……」
俺に出来ることは、哀れな子羊のように言いなりになって、この場を早く終わらせることぐらいだった。
「はい。魔王様、元気ありませんか?」
元気ビンビンだよ! とヒナミに向かって叫びたいのを慌てて呑み込み、代わりに別の事を訊いた。
「セレトはどうしてる?」
期待したわけじゃないよ? ただ気になっただけだ。
ヒナミはすぐに真面目に答えた。
「見張りをしてもらっています。無防備なお風呂に敵が攻めてきたら大変ですから」
ヒナミもやはりアニメを気にしているようだった。風呂に入っているヤクザの親分のところに敵が攻めてきてドンパチの騒ぎになった。
そんな回があった。
ここにそんな敵はいないよと言っても事態の改善は計れないだろう。
魔王を狙う勇者のことも三人は信じているようだし。
さっさと洗って出ていってもらうか、俺が出て行くとしよう。
そう考えていると、ヒナミがタオルに石鹸を付けて背中を擦ってくれた。
背中が気持ちいいと思っていると、横で上がるお湯の音があった。
フェリアが立ち上がったのだ。俺は慌てて見ようとした目線を逸らすが、フェリアは何と正面に回り込んできやがった。
こいつ、悪魔か! 俺はとっさに立ち上がろうとする自分の大事なところを両手で抑えて蹲った。
相手からは目を逸らす。気分も逸らす。何か別な事を考えよう。
「じゃあ、わたしはお腹の方を流しますね」
「あ、こら、フェリア」
彼女は人の都合を考えやがらない。柔らかいスポンジを手に洗いに掛かってくる。
首元から胸に、腹に。
やばい。近づいてくるのがやばい。チンがすぐ傍に。チンがすぐ傍にあらせられるぞ!
俺は両面から洗われながら段々と自分だけが我慢するのは理不尽だと思うようになってきた。
もう切れてきた。プッツンだ。
何で子供達の勝手な行いに大人が我慢しなければいけないのだろう。
俺は魔王だ。臆病に震える一般人ではないのだ。
冷めた気分で、フェリアの手からスポンジを取り上げた。
「魔王様?」
「フェリア、お前の言う通り俺は魔王だ。今までよくこの魔王のために頑張ってくれたな。ここからは魔王のターンだ!」
「わあ!」
俺は倍返しだとばかりにフェリアの体を柔らかいスポンジでゴシゴシと洗ってやった。
逃れようと身を反らして笑い転げるフェリア。
大事なところに泡が乗っているのを俺は邪魔だと吹き飛ばすべきなのだろうか。どうでも良かった。
「わはは、魔王様! くすぐったい! そこくすぐったいです!」
「ここか! ここがええのんか! 何とか言えよ、フェリアさんよ! おらおらあ!」
「わははは! ひゃああああ!」
これじゃ女の子というより猫を洗っている気分だ。
俺はすっかり行為に熱中してしまって、シャワーで見ないように彼女の体についた泡を流してやる頃には何をやっているんだろう自分はという気分になってしまった。
俺はやはりこの世界では一般人だった。
下の方に目を下ろさないように気を使って訊ねる。
「頭も洗っていくか?」
「はい」
フェリアはまだ元気だ。笑い転げた涙を目尻から拭っている。
疲れたのはこっちだけだった。何て理不尽だろう。相手は何も気にしてないのに自分だけが気を使わないといけないなんて。
そう思う俺の背後から声を掛けられる。
「魔王様」
「ひゃい!」
ヒナミの声に背筋を伸ばしてしまう。
俺は何も悪いことはしていないはずだが、何だか自分がとても危険な現場にいるような気分になって、
「頭はお前が洗ってやれな」
慌ててヒナミにシャワーを押し付けて風呂を出ることにした。
「むう、フェリアちゃんだけずるい」
「うひひー、早い者勝ち」
後には不満そうなヒナミと上機嫌なフェリアの声があった。
このままここにいたら俺の身がもたない!
俺は一刻も早くこの危険な現場を離れようと、丁寧に体を拭くのももどかしく、着替えを手に取ってタオルを一枚巻いただけの姿で脱衣場を飛び出した。
部屋に入って落ち着くまでやり過ごそう。そう思う俺だったが……
失念していた。もう一人いたことを。
「魔王さ……」
「うわ、セレト!」
「キャア!」
後ろに気を取られて急いでいてまともにぶつかってしまった。
俺はセレトを押し倒してしまった。
「悪い! すぐにどくから!」
俺は慌てて立ち上がろうとして、ふに
「ふに?」
自分の手が掴んでいる物に気が付いた。
ちょっと前のアニメでは何度も見たことがある。ラッキースケベというものだ。
何回やるんだよこの展開。俺は生き物の性に飽き飽きしていたものだが……
良かろう! 目に焼き付けておけ! とばかりに俺はセレトの胸を掴んでしまった自分の手を凝視してしまった。
俺の渡したTシャツ越しにちょっとは育っている感触がする。
なるほどヒナミの言った通り、ちょっと大きくなってるじゃないか。なんて思っている場合では無い!
ハアハア、やっちまったぜ。これからどうする? 帰ろう僕達の世界へ!
俺はとりあえず手を離して、ゆっくり立ち上がろうとして、セレトの目が凝視している物に気が付いた。
視線を辿る。タオルが取れていた。パオーン!
「もうやだ! この展開!」
俺はセレトを助け起こすこともせず、急いでその場を走り去った。
何がラッキーなのだろうか。何がサービスなのだろうか。
現実に直面した俺が感じるのは、ただやばいという感覚だけだった。
それから数分後。
幸いにもお風呂から上がった三人は誰も怒ってはいなかった。
みんなほくほく顔で気持ちよさそうにお風呂上りを堪能していた。
扇風機の前で「あー」と声を出すのは万国共通なのだろうか。
フェリアが声を出して遊んでいて、セレトが風に髪を靡かせて、ヒナミが髪を拭いていた。
俺はちょっと気まずさを感じていたのだが、みんなが気にしていないのに自分だけが気にするのも間違いな気がしてきた。
またヒナミに元気が無いと心配されたくもない。
俺はいつも通りに接することにする。それが彼女達のためにもなるだろうと信じて。
「お風呂は気持ち良かったか?」
「はい!」
元気な良い返事だ。ならば俺も元気を出さねばなるまい。
フェリアはすぐに携帯ゲームを続行し、ヒナミも興味を持っているようだったので俺がテレビでゲームを始めると、みんなすぐに寄ってきて賑やかな夜になった。
何もやばいことなんて無い。そう信じられる優しい夜だった。
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