第12話 ヒナミとお買い物

 さて、スーパーに到着したぞ。

 俺には見慣れた建物だが、ヒナミにとっては珍しいことだろう。

 そこそこ買い物客で賑わっている場所だ。俺は改めて忠告しておくことにした。


「人のいる場所では俺を魔王様と呼ぶの禁止だからな」

「分かっています、吉田さん」

「うむ、よし」


 学校でのことをちゃんと覚えていたヒナミ。偉いぞ。

 俺は彼女と手を繋いだままスーパーへ入店。自動ドアが開く。


「不思議な術式ですね。どういう仕組みになっているんでしょうか」

「それは俺にも分からない」

「吉田さんでも分からないことがあるんですね」

「ああ、俺に勉学を教えさせてやっている先生が教えてくれなかったからな。だが、買い物の仕方は分かっているぞ。要は必要なことだけ知ればいいのだ」

「分かりました」


 俺の適当な言葉をどこまで信じているかは知らないが、ヒナミは何でも素直に受け取ってしまう。

 嘘や冗談でも信じてしまいそうで俺は言葉には気をつけないといけないなと思いつつ、歩みを進めることにした。

 スーパーの品揃えは豊富だ。ヒナミは珍しそうにきょろきょろしている。俺は改めてはぐれないように片手で買い物籠のカートを押しつつ、もう片方の手でしっかりと彼女の手を握っておいた。

 もう女の子と手を繋いでいると言うより、子供を心配する保護者になったような気分だった。

 ヒナミは真面目でしっかりしているが、やっぱり目を離すのは心配だった。


「色んな物が売ってますね。何を買えばいいんでしょうか」

「そうだなあ……」


 俺は考える。とは言っても買う物は昼飯だともう決まっている。

 要は昼に何を食べるかだが。

 前に家で朝食を作っていたヒナミの腕なら料理も出来るだろうが、何を作れるのか知らないし、慣れない現代の食べ物や器具を使わせるのも何か心配だ。

 俺は弁当のコーナーに直行することにした。


「ここから選ぼう。何か食べたい物はあるか?」

「えっと……吉田さんと同じ物でいいです」

「そっか」


 まあ、それが無難な選択か。何を食べたいかで後で喧嘩になっても困る。フェリアとセレトにも同じ物を買っていこう。

 俺は同じ弁当を4つ籠に入れ、


「ついでだから晩飯も買っておくか」


 さらに違う4つの弁当を籠に入れた。

 これから長い付き合いをするならヒナミの料理の腕も知っておいた方がいいなと思いつつ、新婚さんじゃねえよと妄想を振り払い、籠を押す。

 荷物が増えたのでヒナミと手を繋げなくなってしまった。残念に思う。


「はぐれないようにしっかりついてくるんだぞ」

「はい」


 ヒナミが気持ちよく答えて、迷いながら俺の服の裾をちょんと摘まんだ。

 何、この可愛い生き物。

 俺はドキッとしてしまうが、心の内を悟られたらめっちゃ困るので、気を逸らすように前を見た。

 ヒナミの手を振りきらないように気を使って歩みを進め、ジュースやおやつもいくつか買っておいた。


「これぐらいでいいか。ヒナミは何か欲しい物は無いか?」

「いえ、あたしは特には無いです」

「そうか」


 ここで何か彼女にプレゼントしてやれればかっこいいのかもしれないが、あいにくともう結構な荷物になっていた。

 それにただのスーパーで彼女に何を買うんだと自己突っ込みをしておく。

 持って帰れるんだろうかこの量をと思いつつ、ついでに何か買うのはフェリアやセレトも連れてきた時でいいかと思っておいた。

 レジに並んで清算を済ませる。店員がバーコードをピッと通していくのをヒナミは珍しそうに見ていた。


「あの者は何をしているんでしょう」

「値段を数えるスキルを使っているんだよ」

「へえ」


 適当な答えにヒナミは素直に頷いていた。別に嘘は言っていないはずだ。ただスキルの発動に使っているのが機械なだけで。

 俺は周りの視線が気になった。

 珍しそうにしているヒナミのことを子供のことだと笑って見逃してくれればいいんだけどと思いつつ、財布を取り出す。

 店員は事務的に仕事を済ませた。

 会計には今までのここでの買い物では見たことの無い数字が並んでいたが、俺にとってはそれほど痛い出費ではない。

 高校になったら付き合いも増えるからと親からは多めの仕送りをもらっていたのだ。あいにくと俺には友達と遊びに行く用事は無かったし、お洒落に気を配る必要も無かったので今までは使い道の無いお金だった。

 ゲームや漫画を買うぐらいしか取り柄の無かったお金を、今ようやく付き合いのために使ったのだった。

 両親に感謝する俺にヒナミが話しかけてくる。


「吉田さんでもお金を払うんですね」

「どういう意味だ?」

「いえ、魔王様でも払うんだと思って」

「…………」


 いけない。ヒナミに魔王と言わせてしまった。今のはこちらの落ち度だ。

 俺はなるべくヒナミを責めないように軽く聞こえるように言った。


「魔王たる者でもお金を払わないと経済が回らないからな。俺にとってもここが潰れるのは困るのだ。この店が存続できるのも俺のお陰と言っても過言ではないな」

「なるほど」


 ヒナミはとても真面目に聞いている。勉強熱心な子だ。経済について考えているのかもしれない。

 俺はと言えばさっきの話を周囲に聞かれていないか素早く視線を巡らせ、誰もこっちを気にしていないことを確認して安心して荷物を持つことにする。

 結構重たくて腕にずしりと来る。

 ちょっと運ぶだけならともかく、これを家まで持って帰るってマジですか。

 内心で焦りを感じていると、ヒナミが申し出てくれた。


「あ、あたしも持ちます」

「助かる」


 荷物を半分ヒナミに持ってもらって、俺達は店を後にした。




 行く時は不安で緊張しきりだったヒナミだったが、帰りは随分とご機嫌だった。

 足取りは軽く、鼻歌でも歌いそうな感じだった。

 家までの道はもう知っているとばかりに彼女が先を歩いていく。

 女の子と二人だけで買い物に行くなんて、これはドリームなんだろうか。俺はそんなことを考えていたのだが。


「危ない、ヒナミ! 前から自転車!」

「うわっ」


 ヒナミが慌てて前から来た自転車を避ける。通り過ぎる自転車。文句を言ってもしょうがない。俺は急いでヒナミに駆け寄った。


「大丈夫か? ヒナミ」

「は……はい」

「もう、前には気を付けないと駄目だぞ。俺が車道側を歩くからお前はこっち」

「はい」


 これが恋人とする会話なんだろうか。

 俺は現実に疑問を感じつつ、ヒナミが笑って元気でいてくれるならそれでいいかと思うのだった。

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