第6話 休み時間が騒がしい
確かに心配することは無かった。俺は落ち着いていつもの教室で学問をすることが出来ていた。
だが、問題は生徒達が解放される休み時間だった。
外に行く生徒達とすれ違うように、三人が教室に入ってきた。そして、俺の机の周りに集まってきた。
「お、吉田の子供達がやってきたぞ」
「可愛いな。紹介してくれよ」
クラスメイト達がからかってくる。俺は机に顔を埋めたかったが状況は許してくれない。
ヒナミが聞いてくる。
「魔王様はこの世界では吉田って呼ばれているんですか?」
「ああ、身分を隠すためにな。お前達もそう呼んでくれると助かる」
「では、吉田様」
「やば、恥ずかしい。吉田君でいいよ」
「吉田君」
「やっぱ、普通に吉田さんでいいよ」
「吉田さん」
「うう……」
何だろう。めっちゃ注目されているように感じる。
聞こえないように細心の注意を心掛けて小さい声で話しているのだが、女の子達に変な呼ばせ方しやがってとか思われていそうな気がする。
俺は心を無にして当たり障りのないことを提案することにした。
「しりとりしようか?」
「しりとり?」
必殺の時間つぶしだ。これで休み時間を乗り切ろう。余計なことを言われないためにも。
俺はそう決意してルールを説明した。
「言葉の練習のようなものだ。呪文の練習にもなるぞ」
「分かりました。やってみます」
「よし、じゃあ俺からな。りんご」
「ゴブリンキング」
「グール」
「ル……ル……ルナフレイム」
「虫取り網」
素直な性格の子供達だ。単純な遊びだが、俺もヒナミ達もすぐに熱中していった。
どう過ごそうかと迷った休み時間だったがあっという間に終わってしまった。俺は名残惜しく思いながら三人を追い払うことにした。
「じゃあ、俺は勉強するからお前達はそうだな……情報収集してきてくれると助かる」
「分かりました。必ず吉田さんのお役に立てる情報を掴んできてみせます」
「いや、そう気張らなくていいから。気楽にな」
「はい!」
三人は教室の外へ向かっていく。見送って、俺はクラスの視線を集めていることに気が付いた。気まずさを感じながら、いつものように机からノートと筆記用具を出すことにした。
次の授業も退屈だなと思いながら過ごす。
そうして昼休みになった。遠くまで偵察に行ったのか三人は戻ってこなかった。
まあ、その方が落ち着く。まさかこの世界で誰かに倒されたりもしないだろう。
俺はいつものように便所で一人になって飯を食おうかと向かっていたが、ちょうど便所の前まで来たところでヒナミ達と鉢合わせた。
「吉田さん、遅れてもうしわけありません!」
「おう、情報収集の成果はどうだった?」
「この辺りに敵の姿はありませんでした」
「まあ、そうだろうな。魔王の傍に寄ってくる敵がいたらただの命知らずだからな」
当然の報告に頷くと、ヒナミ達は手に持った袋を見せてきた。
中にはパンや牛乳が入っていた。
「食料を調達しておきました。お腹がすきましたので」
「吉田さんの好みが分からなかったので、いろいろ買ってきましたわ」
「購買部の場所はつきとめておきました」
「おう、あんがとさん」
「吉田さんは何か好みの物がありますか?」
「うーん、そうだなあ」
俺は目を走らせて、その中から一つを選んで取った。
「じゃあ、この焼きそばパンをもらおうかな。後は君達で食べなさい」
「はい、吉田さん」
俺はトイレに入ろうとしたが、何故か三人がついてこようとしたので慌てて立ち止まった。
「ちょっと、何でついてくるの!?」
「食事を一緒にしようと思って」
「ご迷惑でしたでしょうか」
「いや、迷惑というか……」
俺は言葉を探して、言い訳の言葉を口にした。
「瞑想しようと思うんだ。だから邪魔しないでくれると助かる」
「分かりました」
こんな説明だが納得してくれたようだ。彼女達の素直さに感謝して、俺は一人でトイレの個室に籠ってパンを食べることにした。
やはり一人は落ち着く。賑やかなのも悪くはないが、いつもの日常とは尊いものだ。気分がこんなにも安らぐなんて。
そうしてリラックスした気分でパンを齧っていた時だった。外が少し騒がしくなった。
何だろう。聞き耳を立ててみる。
男子と女子が言い合っているようだ。
「何をするんだ、君達! 僕はトイレに入るんだ!」
「駄目です! 今は吉田さんが瞑想しているんです!」
「誰だよ、それ! いいから離せ! 漏れるだろ!」
「くうう! 三人で止めるんですよ!」
「ここは通さない!」
「断固拒否!」
「ええい! 男の力をみくびるなあ!」
「うわああ! 止められませーん!」
「耐えるんですのよ、ヒナミさん!」
「ここを死守する! 命をもって!」
「はい! 瞑想終わりいい!」
俺は慌てて飛び出した。三人はぽかんとしたような目で俺を見て、男からは凄い形相で睨まれた。俺は急いで言った。
「走るぞ!」
「はい!」
俺の言葉に三人は忠実に従ってくれた。廊下を走るなと注意されなかったのは幸運だった。
人気のない校舎の影の中庭まで走り、俺は爽やかさを装って言った。
「ありがとう、おかげで良い瞑想が出来たよ」
「もういいんですか?」
「まだ三分も立ってませんわよ」
「ああ、問題なのは時間じゃない。深さだからな」
「おお」
「じゃあ、ご飯にするか。君達のおかげでじっくりと気を練ることが出来たしね」
「はい」
そうして、俺達はその場で昼食を一緒にした。
俺は飯を食べる時ぐらい一人で落ち着いて食べたいと思っていたが、こうしてみんなと一緒に食べるのも悪くはないなと思ったのだった。
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