第5話 学校に奴らがやってきた

 学校ではいつもの日常が俺を待っていた。誰にも挨拶することもせずに席につく俺。

 黙って本を読もうとすると、何だか廊下からざわめきが聞こえた。犬でも入ってきたのだろうか。

 犬では無かった。知っている少女達だった。


「魔王様に挨拶をしないとは何事ですか! 身の程をしれ!」


 教室の扉から入ってくるなり声を上げたのは強気なフェリアだった。ヒナミとセレトもついてきていた。

 三人とも戦う気のある眼差しをしている。生徒会に討ち入って味を占めたのだろうか。止める奴がいなさそうだ。

 クラスのみんなの視線が予期せぬ好戦的な侵入者達を見た。


「あの子達何?」

「さあ?」


 クラスの雑談が膨れ上がる。

 俺は石ころや空気のように無視を決め込みたかったが、三人がずかずかと踏み込んできたのでそうも言っていられなくなった。


「魔王さ、もがもが」


 近づいてくるなり発言しようとしたヒナミの口を俺は慌てて立ち上がって塞いだ。

 ここで魔王なんて呼ばれたら何て噂されるか分かったもんじゃない。


「ま」


 言おうとするフェリアの足を勢いよく踏んで黙らせる。悪いと思ったが、変な発言をされるわけにはいかなかった。

 涙目になって足を抑えているフェリア。セレトが責めるような眼差しで俺を見ている。


「はい待って。ストップストップ」


 俺は静止を呼びかけながら、手でヒナミの口を塞いだままフェリアに出るぞと目配せを送り、教室の出口へ向かおうとする。

 黙って見逃してくれれば良かったが、クラスメイト達は声を掛けてきた。今まで一言も口を聞いたことが無かったのに余計な奴らだ。


「その子達、吉田の知り合いなのか?」

「まあ、そんなところ。はい、こっち来てね」


 本名を呼ばれ、気まずい気分になる俺。クラスのみんなの注目を集める中、俺はなるべく目立たないようにヒナミの口を塞いだまま教室の外へ移動。それ以上の言葉は掛けられることなく脱出に成功した。

 廊下を少し移動した階段の前までやってきて、俺はヒナミの口を解放してやった。


「ぷはっ、魔王様酷いです」

「すまん、お前ら何で来たんだ? 留守番してろって言っただろ?」

「待っていられなかったんです」

「わたし達も魔王様のために何かしたかったんです」

「そしたら、あいつらが挨拶もしないのが見えたから」

「お姉より気に食わない奴らだわ」

「礼儀を教えてやりましょう!」

「うーむ……」


 困ったことにみんな好戦的だ。大人しい奴がいねえ。

 俺は少し考え、言った。騒ぎにならないようなるべく穏便に誤魔化す言葉を。


「実はこの世界では俺が魔王だってことは秘密なんだ」

「どうしてですか? 魔王様はとてもお強いのに」


 強いと言われてもそれは異世界でのことだ。現実は違う。

 だが、子供達の夢を壊すのも悪いので、俺は誤魔化して答えた。


「この世界は勇者に支配されているんだ。俺が魔王だとばれたら戦いを挑まれてしまうことになるだろう」

「倒しちゃえばいいじゃないですか!」

「勇者は魔王様より強いんですか?」

「いや、そんなことはないぞ。ただ関わると面倒な奴なんでな」


 俺は誤魔化しに誤魔化しを重ねていく。少女達の好戦的な態度は止まらなかった。


「そんな奴、わたし達で倒してしまいましょう!」

「いや、だからここは穏便にな」

「分かりました」

「お、分かってくれたか」

「わたし達で勝つ方法を見つけましょう!」

「まあほどほどにな」


 そんなことを話し合っているとチャイムが鳴った。


「吉田、早く教室に入れ」

「はい、先生」


 先生にも呼ばれてしまった。


「誰なんですか? あの生意気な人は」

「先生だ。俺に学問を教えてくれている」

「魔王様でも教わることがあるんですか?」

「ああ、真の強者は力だけに頼ることはしないんだ。まあ、俺は教えてもらっているのではなく、教えさせてやっているんだがな」

「さすが魔王様!」

「魔王様に教えることが出来るなんて、あの者はさぞ誇り高いことでしょうね」

「ああ。お前ら、俺は大事な学問があって行くからな。くれぐれも大人しくしているんだぞ」

「分かりました!」


 俺の言葉に少女達は気持ちよく答えてくれた。心配することは無いだろう。

 俺はまた先生に呼ばれないうちに急いで教室に入っていった。

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