第4話 帰ってきた現実世界

 いつも通りの朝が来た。平凡で慣れ親しんだいつもの目覚めだった。

 気が付くと俺は自分の部屋にいた。

 布団から身を起こす。


「俺は異世界で魔王をしていたはず……」


 夢だったのだろうか。頬を抓ってみる。痛かった。


「今が現実なのは確かなようだな」


 時計を見る。いつも起きている時間だった。


「学校に行かないとな」


 そんな常識的なことを考えながら、俺はリビングへ向かった。




 今は現実のはずだ。俺はその確信を持っていた。

 ならば、この状況はどういうことだろう。俺は目の前の景色を見ながら考えた。

 リビングに行くと、部長のヒナミが料理をしていた。

 俺が入ってきたのに気が付くと、笑顔で振り返って挨拶してきた。


「おはようございます、もうすぐ朝ご飯が出来ますね」

「おう、おはようヒナミ」

「コーヒーをどうぞ」


 俺が席につくとフェリアがコーヒーを出してきた。俺はびっくりして彼女を見た。


「お前、コーヒーも入れられるのか」

「コーヒーぐらい入れられますよ!」


 どうやら異世界にもコーヒーがあるようだ。彼女はコーヒーについての知識も持っている。

 俺は少し飲んで眉を動かした。彼女のスキルはまだ足りないようだった。

 セレトが挨拶してくる。


「おはようございます、魔王様」

「おう、新聞取ってきてくれ。って、ちょっと待て」


 呼んだ俺の声に三人が俺を見た。俺は朝から少し戸惑いの気分を感じながら言った。


「お前ら、何でここにいるんだ?」

「あ、それは」

「いや、それよりもここの道具の使い方は知っているのか?」


 彼女達は異世界人だ。普通に現代機器を使えていることに俺は驚いてしまうのだが。

 ヒナミは自信を持って言い切った。


「あたし達は研究をしている部活なんですよ。少し調べてコツは掴めました」

「ヒナミさん、Sugee!」


 俺は素直に感心してしまうが、いつまでもこうしているわけにはいかない。

 登校前の朝の時間は短いのだ。


「あとの話は朝食を取りながら聞くことにしよう」

「はい」


 ここは異世界ではない現実だが、知っている相手に態度を変えるのは恥ずかしい。

 俺が向こうの世界のように偉そうにそう言ったので、話は朝食の席ですることになった。

 ヒナミの作ってくれた朝食とフェリアの入れてくれたコーヒーが人数分。用意が出来てから話をする。

 ヒナミの話はこうだった。


「あれから魔王様が急に帰られて驚きました」

「そうか。俺は帰ったのか」


 帰ったからここにいるのだろう。俺は理解した。


「おそらくあたし達の召喚の術が未熟だったせいだと思います」

「そのせいで魔王様の強大な力を世界に留めておくことが出来なかったのだと思います」


 ヒナミの言葉をフェリアが補足して、セレトが肯定に頷いていた。三人とも申し訳無さそうにしている。

 俺は明るくするように気楽さを装って言った。


「いや、気にすることはないぞ。学生は朝になったら起きて登校するものだ。おそらく長年しみついたその習慣の力が俺をこの世界に呼び戻したのだろうな」


 行って楽しい場所ではないが、俺は学校には行かなければならないと強く思っている。遅刻もしてはいけないと強く思っている。

 やれやれ、俺もまだまだ未練がましいものだ。現世には一片の興味も示さない物語の主人公のようにはいかない。

 異世界は俺に都合が良いように出来ている。きっとそんな俺の意思を受け取ってこの世界に戻してくれたのだろう。


 俺の推測には根拠は無いが、正しいことのように思えた。

 気にするなと言った俺の言葉を受けて、ヒナミは明るくはきはきとした言葉で話を続けた。


「あたしはすぐに魔王様の力を魔術で辿り、この世界への道を見つけ出したのです」

「へえ、やるなお前」

「こう見えても今まで召喚術についてはいろいろ研究してきましたから」


 ヒナミは自信たっぷり。自分の研究してきた成果を褒められて嬉しいのだろう。フェリアが訊いてくる。


「魔王様はこれからどうされるのですか?」

「もちろん学校に行く。さぼるわけにはいかないからな」

「わたし達に何かお手伝いさせてください!」

「うわっ」


 セレトが叫ぶように言って、三人は身を乗り出してきた。その瞳はぜひお手伝いさせてくださいと言っていた。

 瞳だけでなく言葉でも言ってくる。


「魔王様はあたしの部活を救ってくださいました! 今度はあたし達が力になる番です!」

「今度はこの世界の敵に魔王様の威光を見せてさしあげましょう!」

「頑張ります」


 気持ちは嬉しいが困る。俺は正直な気持ちを打ち明けた。

 三人はしゅんとしてしまった。

 可哀想だが留守番を任せることにして。

 俺は学校に向かった。

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