春と少女

あずきに嫉妬

第1話

人気が少ない公園のベンチで、少女は静かに本を読んでいた。

昼下がりの程よい日光は、彼女を優しく包み込むように、彼女の顔の産毛の一本一本がはっきりと分かるほど柔らかに照らしていた。

まだまだ初春ながら、彼女の頭上の桜は待ちきれないとばかりに咲き乱れ、青空に映えた。もし彼女が時々、本のページをめくる手の動きがなければ、一枚の静止画といっても違和感はないだろう。

彼女の手は綺麗だった。長くほっそりとした指は華奢で、白い手の甲は光で透けて見え、青い血管が微かに浮き上がっていた。指先はほのかなピンク色に染まり、爪は丸く切りそろえられていた。その手が本のページを繰るたびに、一種の言い表し難い可憐さが感じられた。彼女の周りだけ外界と隔絶されているような、穏やかな空気が流れていた。

どれくらい経ったのだろうか、ふと彼女は顔を上げた。疲れたのか、彼女は眉間を軽く押して、何度か瞬きを繰り返した。その度長い睫毛が小さく揺れた。眩しそうに空を仰ぐ彼女に答えるようにそよ風が凪いた。

ひらりと何枚かの桜の花びらが舞う。彼女が手を差し伸べると、ちょこんと一枚の花びらが掌に乗った。薄紅のそれは脈絡がはっきりしていて、彼女は思わずそれをそっと撫でた。

命の儚い一瞬を垣間見た気分だった。

しばらくそれを見つめ、彼女はそれを本の間に大切そうにしまい込んだ。この花びらは、例え樹から落ちても、違う意味で生き続けるのだ、と思った。

ベンチからすっと腰を上げ、本を抱えて、彼女は歩み去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春と少女 あずきに嫉妬 @mika1261

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ