第4話 遊戯

かばんはゆっくりと目を覚ました。

ベッドの上に寝ていた。


上半身を起こすと、自分の服が変わっていたことに気付いた。

背負っていた白いカバンは台の上に置かれている。

立ち上がって見ると、以前着ていた、服はその横にたたまれていた。


(ここは・・・)


何処かの建物の中だ。

窓の外を覗いた。


地面が全く見えない。逆に空が近く感じた。


(高い所なのかな・・・?)


コンコン


ドアを叩く音が聞こえ、思わずビクッとなった。


「失礼するよ」


入って来たのは若く、何処もはねている場所が無く綺麗に整えられた、

スッキリとした髪型をした、誠実そうな人物だった。


「怯えなくていい。すまなかったね。私の部下が手荒な真似をして」


そう謝った。


「あの...、あなたは」


「NTCの代表取締役社長...、日比谷だ。君は私と話がしたいんだろう?」


「はい...、あの、えっと、服とか、これ...」


「大丈夫だよ。私の秘書がやってくれた。新木場は良い奴だよ」


最後の方にクスッと鼻で笑った。


「私と話をしたいなら、社長室まで来てくれ」


「・・・、はい」






一方ジャパリパークでは・・・


「板橋隊長・・・、こんな、雪山にフレンズなんているんすか・・・」


「調査だと温泉宿があるらしい。そこにいるだろう」


防寒具に身を包み、一歩一歩雪の中を進んでいた。


「隊長、あれじゃないですか?」


職員の一人が指を差した。

温泉宿だ。


「よし、調査するぞ」


渋い声をした板橋はそう伝えて、宿の中へ入った。



「キタキツネ!ゲームやってる場合じゃないでしょ!

トキから聞いたじゃない!何か追手が来てるって!!」


「えー・・・。こんな雪山こないよ」


聞く耳を全然持たなかった。


「あー・・・、もうっ・・・」



「誰かいるぞ!!」


職員の一人が声を上げた。


「どどど!!どうしようっ!!」


「どうしようね」


この状況下においても、ゲームを楽しんでいる。

キタキツネの精神状態がわからない。


「いました!隊長!」


職員が指を差して、声を上げた。


「ひゃあっ!!」


ギンギツネも素っ頓狂な声を上げた。


「おい、待て」


板橋が兵器の麻酔銃を構える職員を静止させた。


「どうしました?」


すると彼は、ゲームの筐体に近付いたのだ。


「懐かしいな。ローファ2じゃないか」


「な、なんですか?それ」


もう一人の職員が尋ねた。


「ロードファイター2、俺が若い時に流行ったゲームだ。ゲーセンでよくやり込んだよ」


懐かしい思い出が蘇った。

それと同時に、ジェネレーションギャップを感じた。


「このゲーム知ってるの?」


キタキツネがひょこっと顔を覗かせた。


「知ってるも何も。俺の通ってたゲーセンで

開かれた大会で3連覇してる。俺はローファの帝王と呼ばれてたからな」


自慢気に話した。


「じゃあ、とっても上手いんだ」


「もちろん・・・」


「あ、あの・・・、隊長。水を差すようで悪いんですが・・・、任務の方は・・・」


職員の声で、板橋はハッとしたように、キタキツネたちを見つめた。


「ねぇ、このゲーム得意なんでしょ。

このゲームで勝負して、あなたが勝ったら何でもいう事聞くよ」


「ちょっ、キタキツネ!?」


思いがけない提案に、再度オーバーリアクションを見せた。

板橋は思わず笑ってしまった。


「はっ、キツネのお嬢ちゃん。若いのによっぽど腕に自信があるようだな。

面白い。やってやろうじゃないか」


「た、隊長!?」


「ルールは単純に勝利した方が勝ちでどうだ」


「いいよ」



そうして、板橋とキタキツネの勝負が幕を開けた。






着替えたかばんは、後に来た日比谷の秘書に連れられ、

社長室まで来た。


「・・・ヒトのフレンズか。奇妙な事もあるもんだ」


「僕の自己紹介はともかく・・・。

僕はここの人たちに捕らえられたフレンズを解放してほしいんです」


かばんは日比谷の目を見て訴えた。


「私達の世界では、君達の事は何年も前に"語る事を禁じ"られた」


「どういうことですか?」


「当時の新聞記事、映像、本、更にはネットの情報まで・・・

政府はフレンズやパークに関する情報を消し始めた。

さらには、フレンズやパークの事を語った者なら、容赦なく逮捕された。

パークが閉園してから暫くは、憲法があっても仕事をしないような、無茶苦茶な状態だった。

これが意味することは、私達は何も君達の事を知らないという事だ」


「つまり・・・、あなた達は僕の事は何も知らない」


彼は微かに笑みを浮かべた。


「君は、生まれつき頭が良いみたいだ。

君なら、赤門ぐらい余裕で通れそうだな・・・。

そうだ。その通り。何も知らない。だから、調べる必要があるんだ」


かばんは、日比谷の表情を確認した後、


「僕をパークのフレンズさんと会わせてください」


と告げた。


「まあ、落ち着け・・・。時間はたっぷりとあるんだ・・・」


落ち着いた口調でそう、諭すのだった。




「大丈夫なの?」


指を軽く解すキタキツネに声を掛ける。


「まー、なんとかなるでしょ」



「隊長、こんなことしてて大丈夫なんですか?」


「一々うるさいぞお前・・・」



準備を終え、二人は、筐体を隔てて座り、ゲームを始めた。



「準備はいいか?」


「もちろん」






日比谷と共に、エレベーターに乗り込んだ。


「腹は減らないか」


「いえ、大丈夫です」


数が減ってゆく数字を二人とも眺めていた。

特段語る事無く、終始黙っていた。


B3階でドアが開いた。


日比谷を先頭に透明なガラスで囲まれた廊下を進む。

そして、厳重な扉の前で指紋認証を済ませ、中に入った。


入った瞬間、僕は目を疑った。


「ここがエントランスだ

この計画の為に、この中に君たちのパークを再現したエリアを作った。

6つのエリアに分かれていて、捕獲したフレンズはストレス無く過ごせてると思う」


そのうち一つの扉の中に入る。

中は僕が想像していた所と大違いだった。

みんな冷たい鉄の檻に閉じ込められているのだろうと考えていたが、

目の前にあるのは、パークと変わりない大自然だ。


「驚いたんじゃないか。鉄格子みたいなところに閉じ込められてるって思ってたんだろ」


僕の心の声を聞いたかのような返答だった。


「彼女達は人型であると同時に、動物だ。ストレスを与えてはいけない。

あくまでも我々は、彼女達の恩恵を受ける側にいる。

言うなれば、我々は協力してくれた彼女達にお礼をしなければならない」


彼の発言に違和感を感じた。


「待ってください。

じゃあなんでフレンズたちを連れて来る時に・・・、乱暴な手段を取ったんですか?

あなたみたいな、フレンズの事を考える優しい人がああいうやり方を指示するとは思えないです」


「どういう事だ?」


「え?」


「私は捕まえろとは言ったが・・・、具体的にどうやって捕まえていた?」


「えっと、麻酔銃を向けられて、撃たれて、職員の人に連れてかれて・・・」


彼は唐突に腕を組み考え始めた。


「研究所で開発したヤツか...。アレは緊急用だと言ったのに...」


「僕も話がわかりません。あれは日比谷さんが指示したやり方じゃないんですか?」


彼は首を横に振る。


「いや違う。私は話し合いをするように指示した」


「僕、ここに来るとき麻酔銃で撃たれたんですよ!?」


目を見開き驚きを露わにした。


「何だって?誰にやられたんだ」


「副社長の上野さんです」


「上野が?彼は"君が私に会いたいから飛行機に乗せてあげたら眠ってしまって"と言っていた。じゃあ・・・」


「噓をつかれた・・・」


僕がそう呟くと、携帯を取り出して電話を掛けた。




「おい、上野。どういうことだ。私の指示とまるっきり違うじゃないか

お前に現場の指揮を任せた筈だぞ」


剣幕な声で上野を問い詰めた。


「ええ。だから、ちゃんと指揮しましたよ」


「さっきかばんから聞いた。お前は緊急用の麻酔銃で彼女を撃ったそうじゃないか」


電話の向こうで、鼻を鳴らした音が聞こえた。


「気付いてしまいましたか。確かに麻酔銃でフレンズを乱獲しましたよ」


「そういう事はするなと言った筈だ」


「社長。我々はビジネスマン、常に利益を重視するものですよ」


「何が言いたい」


今度は、重い吐息の音が聞こえた。


「社長は気分を害するかもしれませんが、単刀直入に言いましょう。

金になります。フレンズと共に我が社のサンドスターを用いた商品をセットで売る。

軽く見積もって、小さな国の国家予算レベルの利益が得られるでしょう」


「我々の目的は、フレンズの力を借りて人々の不治の病とされた病を治療し、一人でも多くの

人を救う事だ。趣旨が違う」


「それに対する研究費おいくらか知ってますか?

社長なら経理から聞いているでしょう」


彼は言葉を詰まらせた。


「数十年かかる。軽く見積もっただけでも100億円は超える」


上野は淡々と、日比谷の耳にそう語り掛けた。


「非常にコスパが悪い」


「上野っ!!」


いきなり怒鳴ったので、僕は思わずビクッとなってしまった。


「いい加減にしろ。お前はクビだ・・・!」


「会長・・・、あなたのお父さんは私のプランに納得してくださいましたよ」


「何だって?」


「アンタは社長じゃない。私がクビにした」


「ふざけた事を言うんじゃない。

社長は俺だ、父さんは最初俺のプランに同意してくれた!!」


感情的になっているのが僕にも伝わった。


「落ち着いてくださいよ。もう少し具体的に話しますよ

会長は私のプランを気に入ってくれた。で、プロジェクトの指示を

私に任せてくれたんですよ。おまけにCEOの座を私にくれた。

そういうことです」


「くっ・・・」


「分かっていただけましたね。

そうだ。フレンズはここの地下施設からNTC環境研究所に移転させましたから、

ここにはいませんよ。私の言いたい事は以上ですが、

相当はらわたが煮えくり返ってそうですね。恐ろしい・・・。

それでは、失礼します。その女の子と生き延びられるといいですね。

日比谷前社長」


「おい、お前、それはどういう...」


電話はそこで切れた。


「・・・・、クソッ」


大きく足で地面を踏みつけた。

僕は、何も声を出すことが出来なかった。


「まずいかもしれない。早く出よう」


後ろに振り帰り、自動ドアの元に行き指紋認証を行うが扉が開こうとしない。


「...!?なんで開かないんだ!?」


「・・・ッ!」


異常はドアだけでなく、かばんにも現れた。


「ハアッ・・・、ハァ・・・」


息が突然苦しくなった。


『危険ダ。サンドスターノ濃度ガ、低下シテイル』


ラッキービーストの声で日比谷もその異変に気づいた。


「まさか・・・、上野のヤツ!

コントロールルームでここの送風を止めて、俺の指紋認証を消しやがったか!」


「はぁ・・・、日比谷さんっ・・・」


「無理するな。非常用出口がある」


するとしゃがんで、背中を見せた。


「急げ。酸欠同様の君を走らせるわけにはいかない・・・」


僕は肯き、その身を委ねた。






「なかなかやるね・・・」


「嬢ちゃんもやるじゃないか・・・」


今の状況は1勝1敗。

次の試合で、どちらかが先勝したら、その時点で決着が付く。


「頑張ってキタキツネ!」


「隊長、頑張ってください!」


「ど・・・、どっちもがんばれ・・・」


第三試合・・・、開始。



カチカチカチッ。

左手でレバーを巧みに板橋は操作する。


(アイツは俺が投げ技が得意な事を知っている・・・!

構えを取った瞬間に隙を見せたらいけない!)


(飛竜拳さえ決められれば、こっちのもの・・・

隙を見計らうっ!)


二人は心理戦を行いながら、キャラクターの操作を行う。


キタキツネは攻めに転じていた。

チョップや蹴りのコマンドを入力しつつ近づく。


逆に板橋は、背後を取ろうとジャンプを繰り返していた。


「ローファの帝王の底力を見せてやるっ!これがゲーセン三連覇の実力だッ!」


「なにっ!」


(Aを押したまま、レバー操作!上、下、下、上、左、左、右ッ!!)


「喰らえっ、スカイドライバーッ!!」


キタキツネのキャラを押さえ空中に投げ、思いっ切り地面に落とした。


「うっ・・・」


思わずキタキツネも声をあげる。

HPゲージを見ると、赤いゲージが一気に減った。

万事休すだった。


「ここで負けたら・・・、ゲーマーとしての面子が立たない!」


キタキツネも起死回生の必殺技をやる体制にかかった。

板橋のキャラにパンチを食らわせ、抱え込む。


(最強のコマンドを放つときっ!上、上、下、下、左、右、左、右そしてっ!!

アタックとガードボタン!)


「喰らえっ星龍拳!!」


「ナニィ!?星龍拳だとォ!!?俺が唯一覚えられなかったコマンドをっ!!」




『KO!』



筐体から音が鳴った。


「か・・・、勝ったのねキタキツネ!」


喜びのあまりギンギツネは彼女の肩を抱えた。


「はぁ・・・」



「燃え尽きた・・・」



板橋は立ち上がり、キタキツネの前に姿を見せた。



「久しぶりに熱くなれた。まさか、俺の使えなかったコマンドを使うとは、

大したもんだ。完敗だよ。君は良いプレイヤーだ」


「あなたもなかなか手強かった。まさか初っ端にやられた時はヒヤヒヤしたよ」


二人は固い握手をし、健闘を称えた。






意外と広さのあるこのフロアの非常扉を開け、外に出た。

まだ、このフロア内のサンドスターの送風は停止されていないはずだ。


「はぁ・・・、はぁ・・・」


「大丈夫か・・・」


日比谷は廊下で一旦かばんを降ろし、横にさせた。

腕の語り掛けた物がパークガイドロボットだという事に、

機械の知識のある彼は一発で気付いた。


「おい、ガイドロボ。サンドスターの濃度は」


『基準値以上ダヨ』


(しかし、早く手を打たなければいけないが、

解せないのは親父と上野だ・・・)


かばんの様子を見ながら、次に何をすべきか考えた。

彼女の呼吸もだいぶ安定してきた所で、声を掛けた。


「立てるか?」


「あぁ・・・、はい、大丈夫だと思います・・・

さっきは、ありがとうございます・・・」


「・・・、今から会長の所へ行く」


座ったまま、彼の顔を見上げた。






「約束通り、君達は捕まえない。

渋谷所長には、何も居なかったといっておく」


そう二人に伝えた。


「嬢ちゃん、またリベンジに来るからな、覚えとけよ」


去り際にそう言い残して、板橋は去った。



「いやー、あなたがゲームばっかりしていて助かったわぁ・・・」


ギンギツネは安堵の息を漏らした。


「さ、博士に無事を伝えに図書館にいかないと・・・」


「えー・・・、めんどくさいな・・・」


「えぇ・・・」


何時までも調子が変わらないキタキツネに、困惑させられたのだった。




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