ビーム・コンフューズ
辺村達が地球を眺めている間、シャトルの操縦士はハビタットの方向から近づいてくる赤い点を見つけていた。
相対距離がすぐ目と鼻の先に迫ったことで、その形状と正体がわかった。
デフォルメされた蜂のようなデザインの機動砲台。
ハビタットが誇る防衛システム、デブリキラー。その1機だった。
なんでこんなところに、と操縦士は思う。
デブリキラー達はハビタットからつかず離れず、宇宙ゴミを警戒するボディーガードだ。
ハビタットまでまだかなりの距離があるこんな宙域に、何故。
答えはすぐにわかった。
蜂の針に似たレーザー砲の先端が、シャトルに向かってピタリと向けられたからだ。
――そうか、こいつらは、俺達を殺しに。
だが何故自分達が殺されなければならないのかまでは知ることなく、操縦士はレーザーの光の中に蒸発した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
即死せずに済んだのは、幸運としかいいようがない。
デブリキラーは非武装のスペース・シャトルを墜とすのにレーザーを複数回放つという無駄をしなかった。
その省エネ志向が辺村達の命を救うことになる。
「召神!」
宇宙空間でも、ラーディオスの活動に支障はない。
メンカは銀色の巨神に半壊したシャトルを抱えさせた。
既にシャトルは自力での航行能力を失っている。
それどころか、いつ爆発してもおかしくない状態だ。
選択肢は2つ、今すぐ地球に引き返すか、ハビタットに乗り込んで乗員を下ろすか。
位置関係からして、後者が妥当と全会一致で決定される。
銀色のラーディオスは彼方に見える人工天体に向け、バーニアを噴かした。
巨神をデブリの一種と認識したのであろう、デブリキラーが群れをなして迎え撃つ。
まさに
「邪魔です!」
パルマ・ジャヴェロットのビーム光が虚空を横切る。
しかし小型にして俊敏なデブリキラー達にはかすりもしなかった。
お返しとばかりに、デブリキラー達がレーザーを斉射。
3次元立体的に絡み合うレーザーの檻。
避けられるものではなかった。
防御力に優れたスゥの赤いラーディオスにタイプチェンジ。
機体の耐久力に任せて強引に突破する。
ついにハビタットが肉眼ではっきりと見える距離に入った。
「あれが、本物のスペース・コロニーか……」
状況も忘れ、辺村は感慨深げに巨大な構造物を眺める。
辺村のいた時代でも、宇宙居留地などというものは理論上の存在だった。
実際には造られることもないまま、ただ案だけは幾つも挙げられ、その中のオニール型と呼ばれるものにハビタットは似ていた。
巨大な空洞の円柱の一端から、円柱を覆うほどの長さのミラーが数枚伸びる構造だ。
何かに喩えろと言われたら、辺村は
近づいた分、空間あたりのデブリキラーは密度を増した。
ラーディオスを食い止めるため、全てのデブリキラーが集結したようだ。
「うっとーしいッ!」
対デブリ用レーザー1発1発の威力など、ラーディオスにとってたいしたダメージにならない。
しかし外骨格の隙間や関節部など弱い箇所に当たれば馬鹿にできないし、塵も積もれば山になる、という言葉もある。
何より、これ以上シャトルにダメージを受けるわけにはいかない。
「どうする……!?」
「こーする!」
スゥはアロンズケインを引き抜き、パルマ・ジャヴェロットのエネルギーを流し込んだ。
ビーム剣になったアロンズケインを敵陣中央へ投擲。
回転しながら飛んでいくビーム杖へ、スゥはすかさずビームを放った。
刹那――宇宙に花火が散る。
以前、蟷螂型械獣と鍔迫り合いを行った際、ビームを整流化する磁場が撹乱され、周囲にビームが
降り注いだことを、スゥは忘れていなかった。
それを今回、ビーム剣化したアロンズケインとパルマ・ジャヴェロットで行ったのだ。
両者のビームがぶつかった瞬間、磁場が崩壊し、周囲にビームが散らばる。
夜空に花火を炸裂させたようなものだ。
空間を埋め尽くすように広がるビームの波。デブリキラーは避けられない。
拡散され破壊力は低下しても、小型機、しかも量産性重視で防御力というものを重視されていないデブリキラーを破壊するだけの威力は充分あった。
弾き飛ばされたアロンズケインに向けて、更にスゥはビームを連射。
星空に花火が咲くたびにデブリキラーが呑み込まれ、防衛網に穴が生じる。
「メンカ!」
銀の姿に形を変えたラーディオスが粘液化。
スペースシャトルを包み込むような形状に変化し、防衛網の穴に飛び込む。
3秒後、デブリキラーを突破したラーディオスはハビタットの『港』に滑り込んだ。
ハビタットが生まれて以来、1度もスペース・デブリの突破を許したことのないデブリキラー達は口惜しそうにラーディオスを睨みつける。
だが、ハビタットに乗り込んだ巨神を撃てばハビタット自体をも傷つけてしまう。
デブリキラー達は所定の位置に戻るしかなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
半壊したシャトルから、宇宙服を着た数名が列を作って脱出する。
先頭が居住ブロックに繋がるエアロックに足を踏み入れた途端、シャトルが爆発した。
列の後方にいた者達が炎に呑み込まれ、あるいは虚空に押し出されていくのを、先頭にいた数名は為す術なく見ているしかなかった。
その中には、レッドもいた。
生き残った人間の数を目で数える。
レッドを入れて4人。いや――1人と数えるべきか、3人と計上するべきか悩ましいのが追加される。
シャトルには30人以上の兵士が乗り込んでいたはずだが、6分の1にまで減ってしまったことになる。
「……なんでだ」
1人が言った。
「なんでハビタットのデブリキラーがシャトルを襲うんだ。管理局は何をしてるんだ」
「そもそもあの人型械獣みたいなのはなんなんだ? いないぞ、どこに行った?」
「うるせえ、俺が知るか。いいから、エアロックに急ぐぞ」
エアロックを通過すれば、そこから先は居住ブロックだ。
この動きづらい宇宙服を脱ぎ捨てることができるし、胸一杯呼吸ができる。
食事だってできるだろう。全てはそれからだ。
しかし。
減圧やら消毒やら、お決まりのウンザリするような長い手続きを経て居住区の扉が開いたとき、レッド達は全ての希望が砕かれたのを知った。
単刀直入にいうと、そこにあるのは死体の山だった。
積み重ねられているわけではないから山と表現するのは正しいのだろうか、などとどうでもいいことをレッドは考える。
脳が、目の前の光景を現実の問題として捉えることを拒んでいた。
通信機越しに、誰かがえずくのが聞こえた。
1人が突然駆けだし、壁に向かってしゃがみ込む。
吐くためだろう、宇宙服のヘルメットを脱ぐ。
「おいバカ、やめろ!」
壁際に胃の中身をぶちまけたその女が、身を強張らせる。
じたばたともがきはじめる。
親切な人間が彼女のヘルメットを元の位置に戻そうと駆け寄ったが、激しく暴れ回るので近寄ることさえできない。
そうしているうちに、女は動かなくなった。
その死に顔は安らかな死とは程遠い。
おそらく、そこかしこに倒れている死体も、同じ表情を浮かべていることだろう。
「……毒ガスかもしれん。みんな、ヘルメットは外すなよ。酸素ボンベも無駄遣いするな」
そう言ってレッドは猛烈に後悔する。
94班があった頃の癖で、リーダー風を吹かしてしまった。
ここでよくわからん奴等の指揮官になるなんて面倒はごめんだ。
宇宙服に内蔵されたコンピュータで、周囲にいる人間のIDを検索することができた。
さっと目を通し、レッドは更に絶望的な気分になる。
なんてこった――この中で、俺が1番オッサンで、最高階級で、唯一の指揮経験持ちじゃないか!
「――とりあえず、リーダーを決めましょう」
線の細い眼鏡の兵士が言った。
レッドが周囲の人間のIDを確認できたということは、逆も然り。
全員の目が、最も適任だと思われる者――レッドに注がれる。
はいはいわかったよ。
心の中でレッドは降参のジェスチャーをとる。
「いいだろう、異論がなければ俺が指揮をとる」
頼む、誰か異論を言ってくれ。
レッドはそう願ったが、それは叶わなかった。
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