俺達の地球が見たい
レッドの運転するジープが、荒野を走る。
一応舗装道路の上を進んでいるわけだが、長年整備されないでいた道路はひび割れたり不規則に隆起していたりして、スゥの尻は何度も浮き上がって助手席のシートに叩きつけられた。
(時間よ、交代しましょう)
(いや、まだ大丈夫……)
(スゥ)
メンカに迫られ、スゥはしぶしぶ肉体の使用権を明け渡す。
同時に彼女は尻の痛みから解放された。
絶遠を追いかける――。
それが、辺村からビデオレターの内容を聞いたスゥ達と、レッドの出した結論だった。
「グスタフから撃ち出されたロケットは隠密行動のため、大きく迂回コースを取る。急いで正規ルートで宇宙に上がれば、ギリギリで間に合う。……間に合わなかったとしても、それ以外に方法はない」
目指すは宇宙港。
地球奪還部隊員がハビタットに帰還するための施設である。
「それにしても、械獣――ショゴスは人類の支配下に戻ったんだろう。なんで俺達を襲う?」
「俺にはわからんが、械獣にとって人間と合成人間は明確に違うものらしい」
「気に食わんな」
レッドは口をへの字に結ぶ。
何故、地球で産まれた人間なら械獣に襲われず、ハビタットで産まれた人間は襲われるのか。
地球人の辺村から見ても、両者の違いは特にないというのに。
本質的な部分で、自分達の命というものが蔑視されているように感じる。
「関係ありませんよ」
尻の痛みに耐えながらメンカは言った。
「誰かに認めていただく必要も、人間であることに固執する必要もない。わたし達は立派な命で、誰に恥じることもない。そうでしょう?」
「……そうだな」
「わたしはスゥと生きるんだ。爆弾にもされなければ、たかだか人間じゃない程度のことで殺されたりもしない……痛っ!」
大きな瓦礫を乗り越えたらしい。ジープが大きくはね、メンカは舌を噛んだ。
――強い目をしている。
涙を浮かべるメンカに、レッドは内心、舌を巻く。
まるで我が子を守る母親の目だ、と口走りそうになり、おそらく父親の目をしていないだろう自分が嫌になってそれ以上考えるのをやめた。
やがて、ジープの前方に巨大な鉄塔がそびえ立つ。
第1次地球奪還部隊が必死の思いでこしらえた宇宙港、その主要施設たるスペースシャトル発射台である。
ちょうど鉄塔には巨大なペットボトル状のタンクが並べられていた。
その先端には、地上からは玩具のように見えるスペースシャトルが天を向いている。
一時期は軌道エレベーターまで造り上げた人類だが、ショゴスやエイリアンとの戦いで喪失し、今となっては古式ゆかしい20世紀式打ち上げ施設に頼るしかない。
「どうやら、帰還便が出るところだったらしいな。ちょうどいいぜ」
レッドはアクセルを踏み込んだ。
検問を強引に突破、シャトルに近づく。
たちまち警備兵に包囲される。
「1番偉い奴は誰だ!」
手を挙げろと言われるのに先んじてレッドは吠える。
俺だが何か、と歩み出てきた兵士に向かって、レッドは金のラインが入ったIDカードを提示。
相手の目が変わった。そして敬礼。
「シャトルの発進は?」
「あと6分です」
「打ち上げを一時中断しろ。席を2人分空けてもらう。俺達の分だ。手荷物検査は拒否する。乗り込んだら即座にカウント開始」
「はっ!」
「……なんですかソレ?」
兵士に連れられて足早にシャトルに向かいながら、メンカはレッドのIDカードを窺う。
「上級将官用のスペシャルカードだ。暗殺任務のためには融通を利かせてもらうこともあると思ってな。管理局に発行してもらってたんだ」
「うわあ、権力振りかざして、嫌な感じ」
割り込み客のために帰郷をキャンセルさせられた犠牲者が泣いて暴れるのを尻目に、レッドとメンカはシャトルに乗り込んだ。
軍用シャトルの内装は、旅客機というより軍の兵員輸送ヘリに似ていた。
壁に取り付けられたベンチに座り、救命胴衣のようなハーネスを身につける。
――そして数分後、辺村達を乗せたシャトルは地球を見下ろしていた。
「ねえベムラハジメ。地球、見たいでしょ?」
ハーネスを外しながら、スゥは辺村を覗き込んで言った。
「ずっと地下に閉じ込められてたんでしょ? 宇宙から見た地球の姿、見たくない?」
「あ、ああ、そうだな」
「こないだといい、随分気を回すじゃないか、271。そんなに気が利く奴とは知らなかった」
「あたしは前から気の利く子ですよ? ただ、今までは姉ちゃんにしかしなかっただけ」
「それがなんで、急に? どういう心境の変化だ?」
「……姉ちゃんだけを大事にするんじゃなくて、あたし自身も、周りのみんなも大事にする。その方が姉ちゃんも喜ぶから」
姉のためだけに存在する人格。
今まではそれでいいと思っていたし、そうでありたかった。
でもメンカは言ってくれたのだ、これからは2人で一緒に頑張ろうと。
一方的な庇護など、姉は求めていない。自分だってそうだ。
メンカが強くなるなら、スゥもまた強くならなくてはいけない。
姉を守るというたった1つのプログラムを実行するだけの、薄っぺらい存在では駄目なのだ。
「いい心がけだ」
そう言ってレッドは固まった身体をほぐすように身を動かす。
「――それじゃあまず、喉が渇いている俺のために水を汲んできてくれ。アルコールがあるならそっちの方がいい」
「班長はずっとあたし達を騙してたから駄目です」
べー、と舌を突きだし、スゥは笑って床を蹴った。
無重力状態にあるシャトルの中で、少女の身体はふらりと上昇。
シャトルは二層構造だ。
人間が乗り込むスペースの上に、貨物置き場がある。
その屋根の二カ所だけ、ガラス盆をひっくり返したようになっていた。
展望室、というにはあまりに粗末だが、そういう用途のために作られたものだ。
既に何人かの兵士がガラス盆の中に頭を突っ込んで、遠ざかりゆく地球を眺めている。
あるいは反対方向にある故郷を探しているのかもしれない。
「はーい、すみません、通してくださーい」
大人達の間に身を割り込ませるスゥ。
その首にある銀の首輪を見て、兵士達は嫌なものを見たかのようにそそくさと離れていった。
かまわず、スゥは特等席を手に入れると、レヴォルバーを持ち上げる。
「どう、ベムラハジメ? 見える?」
「…………!」
「一旦地上に降りちゃうと、埃臭いし、汚いし、ジメジメして不快だったりしてさ。なんでこんな星を手に入れるために戦わなくちゃならないんだろうって思ったよ。けどさ、やっぱ悔しいけど、宇宙から見ると綺麗だよね……緑が」
「……あ、ああ」
緑の地球。
緑。
それは森が生い茂るさまを言い表したのでもなければ、海をエメラルドと評したのでもない。
南緯49度51分西経128度34分――。
究極の龍がいると絶遠が言っていた、南太平洋の1点を中心に、抹茶色の海が広がっていた。
浸食は陸地付近まで広がっていて、元の青い海は全体の数%しかない。
陸地の大半は砂漠で、アメリカやアフリカ南部、オーストラリアに至っては火星のように赤い荒野が広がっている。
今まで自分達が旅してきた場所など、床の拭き残しみたいな、ほんのわずかな部分でしかなかったのだと、辺村は知った。
ここまで変わってしまった地球が元の姿に戻るとは辺村には思えなかったし、スゥ達今の『人類』もそれを望まないだろう。彼等にとっては今の光景こそ、自然なのだから。
――ああ。俺の知る地球は、もうどこにもないんだ。
「ね? 綺麗でしょ? ベムラハジメに身体があった頃の地球も、こんなんだった?」
微笑みかけてくるスゥに、辺村は、なるべく明るく聞こえるように、声を振り絞って答えた。
「……ああ。綺麗だ。俺がいた頃と……何も変わらない……、美しい星だ」
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