絶遠の償い


 ――あるとき、オレは地球に接近してくる金属物体に気づいた。

 海百合みたいな形の、7基のスペース・コロニー。いや、スペース・ハビタットだな。


 そこから小型艇が降りてきたとき、オレは舞い上がったよ。

 何百年かぶりに、他人とお喋りできるんだ。

 コールド・スリープの連中が絶滅してからだいぶ経ってたからな、いい加減オレも人恋しくなってたのさ。


 けど――。

 オレが辿り着く前に、小型艇の乗組員はみんな械獣に殺られちまってた。


 おかしいだろ? おかしいんだよ、おかしいと思ってくれ。

 だってショゴスはみんな人類の支配下に入ったんだ。

 もう人間に対して牙を剥くことはない。


 実際、連中を殺した械獣は、オレに対してはうやうやしく引き下がった。

 なら何故、ハビタットの連中に対しては敵意を剥き出しにしたんだろう?


 その謎を突き止めるため、オレはハビタットに潜入することにした。

 械獣達にはしばらく様子を見るよう厳命し、第2陣でやってきた連中に潜り込んで宇宙に上がった。

 奴等は生まれて初めての地上で浮ついてたからな。

 駄目押しに械獣をけしかけて混乱させてやれば、忍び込むのは簡単だったよ。


 そうしてオレはハビタットに乗り込んだ。

 千年以上経っているはずなのに、テクノロジーにたいした変化がなくて拍子抜けしたのを覚えてる。

 その分セキュリティを誤魔化すのは楽で助かったけどね。


 だけど向こうも馬鹿じゃない。

 ハビタットの管理システムがオレを捕捉し、拘束するのに、そう時間はかからなかった。

 といっても拷問なんかされなかった。

 むしろ歓待されたよ。


――ようこそ、地球人類。


 噴水以外なにもない、だだっ広くて真っ白な部屋で、スピーカー越しに奴はそう言った。

 顔をつきあわせてじゃないのは不満だが、言われたこと自体は嬉しかったね。

 レヴォルバーの囚われ人となってから、人間扱いされるのは久しく無かったから。


――私はハビタット管理システム。あなたの来訪を心より歓迎します。


「システム? 人間のスタッフはいないのか」


――はい。ハビタット7基全て、人間のクルーは1人もいません。


「そんなわけないだろう。だったら街にいる連中はなんなんだ」


――あれは人間ではありません。私が合成し製作した人工生物です。


「は……?」


 知ってると思うが、ハビタットの住人に人間と違うところなんか何一つなかった。

 何かが欠けているわけでもなければ、特殊な能力を備えてもいない。


「地球を脱出した連中の乗り物がなんで地球に戻ってきた。人間がいないってどういうことだ」


――確かにハビタットは地球脱出を目的としたもので、帰還する予定はありませんでした。しかし住人達が代替わりするごとに、地球帰還論者が多数を占めるようになりました。第1世代が地球を神格化しすぎたことが主な要因と考えられます。


「…………」


――人類がいないのは、私が彼等を処分したからです。


「はあ!?」


――人間は私に地球帰還プログラムを最優先課題として設定しました。その結果、私は人類に地球の奪回は不可能と判断しました。よって計画の足枷となる人類を1度全て廃棄し、新しく人類を再設計しました。


 オレは怒ったり泣いたりするのをじっと我慢するのに全力を傾けなきゃならなかった。

 今ここでシステムを怒鳴りつけたら、きっとオレも『廃棄』されるに決まっていたからな。


――これにより、人類の平均能力値を3%向上させることができましたが、もちろん地球奪還には程遠い水準です。しかし現状ではこれが限界と判断しました。幸い、究極等級竜は休眠状態にあり、現在の地球の支配者は械獣と判明しましたので、現状の合成人類でも達成は不可能ではないと判断します。


「ははっ、そうか、頑張ってな」


 頭のイカレた奴への対処法は、人間だろうとメカだろうと変わらん。

 刺激しないようにして目の前から逃げる、それだけだ。


 でもオレの頭の中なんてシステムからすればお見通しだったんだろうな。

 その日のうちにオレは襲撃を受けた。

 殺されかけたんだ。

 オレは辛うじて、通りすがりの合成人間にベルトを巻くことで身体を乗り換え、逃げおおせることができた。


 そうしてなんとか地球に舞い戻り――だけどオレは思ったんだ。

 あれをこのままにしていいのかってな。


 よくはないだろう――頭の上に時限爆弾を抱えてるようなもんだ。


 オレは幸運にも、ジェロームに接触することができた。

 奴に手を貸しながら、オレは情報を集めた。

 正直、まだその時点では迷っていたんだ。

 そこまでハビタットを脅威に思う必要はあるのか、械獣の他に住む者もいないこのだだっ広い地球だ、好きにさせてやりゃいいじゃねえか。


 械獣にせよ非斗にせよ、オレとは違う生き物だ。

 積極的に守る義理もないし、滅びたからって困らない。

 ハビタットからの『外来種』に駆逐されたとして、それは自然の摂理じゃないか。


 そして結論を下した。

 やっぱり、外来種は滅ぼそうってな。


 特にたいした理由はない。ただ、人間じゃねえのに人間そっくりの見た目をしてるあいつらが、生理的に気持ち悪くなっちまったって、それだけだ。


 オレはジェロームとは違う。

 ハビタットが地球奪還作戦をやめようがやめまいが全部潰すつもりだったし、ジェローム達にも死んでいただこうと思ってたんだ。


 システムも馬鹿じゃない。

 もう身体を取り換えたって正規ルートでハビタットに行くことは難しくなっていた。

 だからジェロームの計画を利用して宇宙にあがり、全てのハビタットをラーディオスで潰すつもりだ。


 もちろん、ジェローム達にも死んでもらう。

 散々イクッネンを焚きつけてやったんだ、適当にやっといてくれるだろう。

 生き残ってたとしても、まあ、あんな奴等、たいした障害じゃない。


 ……とまあ、オレの話はこんなところだ。

 辺村、オレは無能な上官だった。

 あの時部下を守れず、3号エイリアンに利用されるみんなを殺すしかなかった。


 これはオレなりの償いだ。

 おまえの生きる世界をあんなぶっ壊れた人工知能の好きにはさせない。

 地球はおまえのものだ。

 そのためなら、オレはどんな敵にだって立ち向かえる。


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