死者の王国


 幸いというべきか、レッドが指揮官としての責務を負う時間は短かった。

 何故なら、殺されたからだ。彼等が。


 特に問題もなく酸素ボンベを見つけたレッドは、2人の部下にそれぞれの実家へ向かうことを許可した。

 そのまま帰ってこないのではないかという予想に反して、数時間後、2人は揃って戻ってきた。

 ただし、敵を引き連れて。

 レーザー銃で武装した金属製の骨格標本スケルトン――それが『敵』だった。

 その正体はわからない。初めて見る存在だ。


「……ねえ、なんであたし達殺されないのかな」


 スケルトンの部隊に連行されながら、スゥが言った。


「知るか」


 そう返したのは同じく連行中のレッドだ。


 スゥとメンカと辺村、そしてレッドはスケルトンに前後左右を囲まれ、どこかに運ばれていく最中である。

 彼等が生き残ったのは運でもなければ実力でもない。

 スケルトン達が彼等を攻撃対象から外していたからである。

 

 そのえこひいきぶりはサルにでもわかりそうなくらいあからさまで、疑いようもなかった。

 虫けらのように殺された兵士達は、あの世から自分達をズルいと責めるだろうか、とメンカは思う。


 ある部屋の前で先導役のスケルトンが立ち止まった。

 入れ、と言うように道を譲る。

 牢獄かと思ったそこは、噴水があるだけの何もない部屋だった。

 壁は一面まっしろだ。


「総管理長室だ」


 レッドが囁く。

 総管理長。ハビタットの最高権力者だ。


――はじめまして、地球人。


 どこからともなく声が響いた。


――271に同行している地球人。あなたの名前をお聞かせください。


 総管理長は辺村との対話を望んでいたらしい。

 メンカとスゥのことは無視しているようだ。

 ただのレヴォルバーかけとでも思っているのだろう。

 いくら何でも失礼だと眉を逆立てる妹を、仕方ないよとメンカはなだめた。

 

「先にそっちが名乗ったらどうだ」


――私は第7スペース・ハビタット管理システムです。


「辺村肇」


――登録しました。ハビタットはあなたを歓迎します、辺村肇。


「その割には手荒な歓迎だったな」

「そうだ」


 レッドが割り込む。


「俺達はハビタットに危機が迫ってることを伝えに来たんですよ。それがデブリキラーに襲われるわ、毒ガスだわ、おまけにあの歩く骸骨みたいなロボット、ありゃ何です?」


――危機とは、推測するに絶遠了のことですか?


「知っているのか」


 中空に映像が投影される。

 拘束衣を着せられ、上下四方をクッションで覆われた小部屋に転がされた絶遠の姿がそこにあった。


――絶遠了はあなたがたが来る8時間前にハビタットに接近、攻撃をしかけてきましたが、捕縛しました。


「生け捕りか。さっさと殺しといた方がいいような気もしますよ、総管理長殿」


――それはできません。彼は希少な『地球人類』ですから。


「は?」

「絶遠からは、あんたは人類を滅ぼしたって聞いたが?」


――はい。私は地球人類を再び地球の支配者にするよう命じられております。しかしその時点で存在した人類はあまりにも性能が低かったので、計画の障害となる人類を1度絶滅させ、新しく人類を生産しました。


 システムはぬけぬけと言い放つ。

 それを聞かされて、辺村が心証を悪くするとは思っていない――あるいは辺村の感情などどうでもいいと思っているかのようだ。実際、そうなのだろう。


――しかし新たに生産した第2人類も、性能面ではさほどの向上は見られませんでした。そこで私は計画を1から見直すことにしました。


「見直し……」


――『地球を人類の物にする』。これは別に、支配階級が人類であればよいのであり、社会の末端が人類であることを必要条件としません。


「なるほど、だいたいわかってきた――」


 どういう定義に基づいているのかは謎だが、械獣やハビタットにとって辺村や絶遠はスゥやメンカ以上に人間であるらしい。


 ハビタットが目指しているのは、絶遠と辺村を頂点にあおぐ『何か』によって地球を制圧することだ。

 たとえ人類がたったの2人、それもただのお飾りであろうとも、人類がトップにいるならそれで『人類の地球再支配』という大目的は達成される。

 

 そしてその『人類を頂点として仰ぐ何か』こそが、あのスケルトン達だ。

 ハビタットは有限の空間である。故にスケルトン達が存在する分、第2人類の住むスペースは減らさなければならない。だからシステムは毒ガスを使って第2人類を一掃した。


――その通りです。


 辺村の推理を、ハビタットは微塵も悪びれることなく肯定した。


――絶遠了とあなたがいれば、私は目的を達成することができる。


「それに俺が協力する義理はない」


――何故ですか? これは人類の望みですよ?


「それを望んだ連中は、おまえが殺したんだ。もういない」


――願った者が生きているかいないかは、計画続行の妥当性に影響を与えるものではないと判断します。


 辺村はシステムとの会話をあきらめた。


――7O-190-88。あなたからも説得を。


 システムがそれまで無視していたレッドに向かって、言った。

 レッドはようやく理解する。

 システムが彼を生かしておいたのは、辺村と姉妹を説得するためだと。

 最悪、姉妹だけでも説得できれば辺村はそれ以上どうしようもなくなる。


「いやです――と言ったら?」


 どこにいるかもわからぬハビタットの支配者へ、レッドは挑発的に応えた。

 散々右に行け左に行けとこき使った挙句、用が済んだらゴミのように殺すさまを見せつけておきながら、まだ自分が言うことを聞くと思っていたのか、このポンコツは?


 返事をする代わりに、システムは新たに映像を投影した。


『パパ!』


 そこに映っている母親とその息子らしき2人に、一瞬、レッドの瞼がぴくりと震える。

 辺村に対する人質が姉妹、姉妹に対する人質がレッドなら、レッドに対する人質が彼等だ。


 妻子を殺されたくなければ、姉妹と辺村を説得しろ。

 システムはそう言っていた。


 レッドは、ニッコリと破顔する。そして。


「お断りだ、バカが」


――何故?


 システムは、機械らしくない、心底戸惑ったような声を発した。


――人間は自分の遺伝子を残すことを、愛する家族を守ることを最も優先するはず。


「だったら俺は、人間じゃないんだろ。械獣にも人間として認識されない、あんたの作った紛い物だからな。けど、仮に俺が人間だったとしても、同じ選択をしたような気がするよ」


――何故……?


「システムさんよ、あんたは、人間ってのは単純で、御しやすい、愚かな生き物と思っているのかもしれねえが、そりゃ間違いだ」


 レッドは口の端を吊り上げた。


「人間ってのは、あんたが思っているより、もっとひどい。自分がコケにされるくらいなら、妻子の命だって切り捨てられる、そんな人間もいるんだよ」


 やってくれベムラハジメ、とレッドは叫ぶ。


「でも、班長――」

「かまうな!」


 反論しようとしたメンカをレッドは一喝するように黙らせた。


「おまえの親父の言うとおりだよ。地球にはもう新しい生態系ができあがってる。こんな手前勝手な機械のために、それを壊しちゃいけねえよ」

「班長……」

「どうしたベムラハジメ、やってくれ。それともこいつらの神輿になってまで、地球が欲しいか?」

「…………」


 システムの提案に乗ることが自分の幸せに繋がるとは、辺村には思えない。

 『人類が地球を支配している』という名目を満たすために身柄を拘束され、行動の自由を奪われたまま、冷凍睡眠状態で保存される――そんな姿が容易に想像できた。


 レッドは続ける。


「人類は、帰ってきちゃいけなかったのさ。いや、人間じゃない俺達はもはや帰ってきたわけですらない。俺達は悪い侵略宇宙人で。邪悪な願いは摘み取られるのが本当だ」


 その通りだと、辺村は思う。

 ここにいるのは人類の遺した負の遺産。

 1度は地球を捨てながら、戻りたいと駄々をこねた人類の妄執が生み出した怨霊。


 ならば人類の一員として、責任を持って処分しなければなるまい。


「――召神!」

『三千世界を革命する力、今ここに!』


 宇宙空間。

 ハビタットから一筋の光が飛び立った。

 その向かう先の空間に亀裂が走り、赤いラーディオスが顔を覗かせる。

 次元の敷居をまたいで越した巨神の首元、歪な形状の黒い二十四面体結晶に光は吸い込まれた。

 双眸に光をみなぎらせ、ラーディオスが宇宙に咆哮する。


 同時に、ハビタットにも異変が起きていた。

 ハビタットを1本のワイン瓶に喩えるなら、港とはコルク栓だ。

 そのコルク栓がひとりでに抜けていく。

 抜けた穴はシャッターで閉ざされ、コルク栓はワイン瓶から離れつつ、変形をはじめた。


 その姿は、デブリキラーを大型化させたものだった。

 デブリキラーが働き蜂なら、それは女王蜂と呼んで差し支えないだろう。


 システム――蜜蜂型械獣ビー・ゴーレムは無数のデブリキラーを従え、ラーディオスと向かい合った。


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