太陽に焦がれて


 扉を開けると、顔を上げたジェロームの視線とかち合った。

 スゥは反射的に目を逸らす。


「協力に感謝するよ、イクッネン殿?」


 レッドの皮肉を理解したわけではないだろうが、イクッネンは悔しげに睨み返した。

 そんなイクッネンの首筋に、レッドは銃床を叩き込む。

 一声鳴いて、イクッネンは昏倒した。


「この状況でなお、わざわざ私を殺しに来たのか。仕事熱心ぶりには敬意を表するよ、暗殺者」

「暗殺者?」

「知らなかったのか。その御仁は、私を殺すために地球に降りてきたんだよ」


 スゥはレッドを見上げる。

 別段いつもと変わらぬ表情の、ごく普通の男に見える。

 そんな人間が、械獣ではなく、人間を殺すという昏い一念を背負ってここまでやってきたというのか。


 言われてみれば、思い当たる節はあった。

 キャンプKが失われたとき、ハビタットに帰還せず地球に留まり続けたこと。

 瓶子草械獣戦後の、あの強引さ。


「ベムラハジメ……。知ってた?」

「いや、ただ仕事に真面目なオッサンだとばかり」

「あたしも」


「おかしいことじゃねえだろう。ハビタット政府はどうやってかこいつの企みを知って、無視できないと結論づけた。だから俺を使って、こいつを殺そうとした」

「でも、相手は人間なんですよ?」

「おまえが言うか。ハビタットに事実上死刑宣告されたHCが――、いや、考えてみりゃ俺達兵士もハビタットから遠回しに殺された人間なのかもしれねえが」


「私は前々から思っていたのだが」


 ジェロームは口を開いた。


「人を殺してまで、ハビタット政府に存続する値打ちはあるのかな。君がどんなに尽くしても、君が不要になれば平気で切り捨てる社会を」

「……言ったろ。俺には一応、息子がいる。俺が切り捨てられても息子さえ生きていれば……なんてこれっぽっちも思わんが、しがらみって奴はどうしようもなくてな。あんただってそうなんだろ」


 ジェロームは一瞬だけメンカを見て、そっと目を逸らした。

 それで、メンカはずっとジェロームに確かめたいことがあったのを思いだす。


「班長、彼を殺す前に、彼と会話をさせてください」

「手短にな」


 メンカはゆっくり息を吐いた。


「ジェロームさん。あなたの、ハビタットでのIDを教えてもらえますか」

「忘れたな」

「そりゃねえだろう。俺が教えてやろうか。7ノーベンバー-256-42」


 暗殺指令書に記載されていたジェロームのデータをそらんじるレッド。

 そのIDはメンカの父と同じものだ。


「……どうして」


 震える声でメンカは問う。


「どうして、嘘なんかついたんですか」


 どうして最初から父親だと言わなかった?

 そのつもりがないなら、何故父親代わりになると言い出した?


 ジェロームは、バツが悪そうに、笑みを浮かべた。

 それで辺村にはわかってしまった。


――好悪の別なく、強い感情を向けられるのは面倒臭い。


「言い辛いんなら俺から言ってやろうか、おとっつぁん。あんたは、面倒臭かったんだ」

「……面倒……?」

「血の繋がり、家族の絆って奴はあんたには重すぎるんだよな。『血の繋がりもない、本当は養育義務なんてないのに育ててくれている』――そんな、1枚壁のあるような家庭がお望みだったんだ」

「…………」


 ジェロームの顔から表情が消える。


 ベムラハジメの言うことが本当なら、とメンカは思う。

 ジェロームがコラドを息子として迎えなかったのにも説明がつく。

 自分に心酔し、忠義を尽くす存在なんて、ジェロームにとってはむしろ重圧だっただろう。


「いや……父さんは冷淡な家族より、危険思想を共有し、誉めてくれる仲間を選んだ人だ。そんな他人行儀が好きな人じゃない。結局普通に人と触れ合うのが好きな――」


「自分と重ならない価値観や願望を持っているからって、相手にだけ原理主義者であることを求めるのは人間の悪癖だぜ、スゥ。孤独が好きだって、何も365日24時間誰とも付き合いたくないって、そういう徹底した奴はザラで、人恋しくなる瞬間だってある」


「そんなの、勝手すぎる……!」


 吐き捨てるように言う、スゥ。

 そうだな、と辺村は苦笑するしかなかった。


 辺村もジェロームと同じ種類の人間だ。

 太陽に恋する吸血鬼のように、愛されることを求めながら、愛が自分には有害だとわかってしまっている人間。


 吸血鬼なら吸血鬼らしく棺桶の中で息をひそめていればいい。

 太陽の光を手に入れようなんておこがましい。

 都合よく求めれば、普通の人間の不興を買う。

 今、スゥが嫌悪感を露わにしたように。


「それでも」


 ジェロームはあきらめきれなかったのだ。


「私は私自身を犠牲にしないかたちで、親としての責任を果たそうとしたんじゃないか」


「わたし達を騙してですけどね」


 トゲを含んだ、メンカの声が一蹴する。


「お父さんが、一定の遠慮を持った他人の寄せ集まりみたいな家庭を築きたかったんなら、そう言えばよかった! だけどあなたはそうしなかった。あくまで他人のふりをして、要するに、感謝してほしかったんでしょう? 『本来面倒を見なくていい相手をわざわざ抱え込んだ立派な人』として、まわりから誉められたかったですか? そんなの、あなたが犠牲にならないというより、あなただけが気持ちの良いやり方じゃないですか? その醜悪さを理解していないなら愚かな人だし、知っててやったなら恥知らずな人です!」


 あなたなんか、とメンカは拳を振るわせる。

 一瞬でも目の前の男に期待した自分が恥ずかしい。


「あなたなんか、大嫌いだ!」


 その瞬間――ジェロームの背後にあった壁が砕けた。

 吹き込んでくる強風がメンカ達を後退りさせる。


「なんだ――?」


 顔を上げたレッドは、だが自分達を見つめる赤いレンズの輝きに息を呑んだ。


 ラージャ・グルラーのカメラが室内を覗き込んでいる。


「こちらでしたか、ジェローム様!」


 弾むようなコラドの声。

 メンカ達が王宮の目を引きつけている間、彼は単独でラージャ・グルラー強奪を目指していた。

 そして見事目的を果たした彼は、そのマニピュレーターに敬愛する上官をつかみ取る。


「ラージャ・グルラーとジェローム様を取り戻した以上、貴様等に用はない!」


 94班がジェローム救出を反故にしたように、コラドの方も94班を生かしておく気はなかった。

 人型兵器が長柄のライフルの銃口を壁の穴に向ける。

 しかしトリガーを引くより早く、その場に突然現れた大質量の物体がコラドの機体を押し出した。


「巨神か!」


 赤いラーディオスが王宮を守るように立つ。

 全高8メートルのラージャ・グルラーにとってラーディオスは6倍以上の大きさがあった。

 自分を呑み込む影の威圧感に、コラドは思わず機体を後退させる。

 その足元を、ラーディオスからのビーム光が薙いだ。


「やめろスゥ、相手は親父さんを握ってるんだぞ!」

「あいつは、もう父さんじゃない!」


 ジェロームは――父は、過去ごと娘を捨てたのだ。

 あくまで他人だと言い張るのだ。

 だったら――こっちだってあんな男、父親とは思わない。

 冷酷? いいや、当然の反応だ!


「墜ちろ、カトンボ!」


 連射されるパルマ・ジャヴェロットのビーム。

 しかし訓練されているだけのことはあって、コラドのラージャ・グルラーは右へ左へとスゥを翻弄するように動き、光線をかわしていく。

 外れたビームはグスタフの上にある都市に着弾。

 いくつかの建物が蒸発していった。


「コラド! 戦いをやめろ! グスタフが壊れてしまう!」


 ラージャ・グルラーの手の中で、ジェロームは叫ぶ。

 スーパーグスタフの支配者が自分だろうがイクッネンだろうがかまわない。

 だがハビタット攻撃作戦ができなくなるのは困る。


「それができないのなら、せめてラーディオスをグスタフの外に誘導しろ! 聞いているのか!」


 コラドは聞いていなかった。

 聞こえていなかった。

 ただモニターに映るラーディオスを、憑かれたように見つめる。


 そんな彼の座るシートは、べっとりと緋に濡れていた。


 ラージャ・グルラーを奪った際に受けた傷から受けた傷。

 そこから流れ出していった命の雫は、もはや無視できない量となっている。


 それでも――あいつを倒さねばならない、とコラドは考えていた。


 あれは彼の恩人にとって、いずれ害となるものだ。

 初めて巨神を、いやメンカを見たときから、それは確信としてコラドの意識にこびりついている。


 しかし。


 突然、後方から鳴り響く警報。


「あれは……馬鹿な、誰だ、動かしているのは!?」


 砲身通キャノン・ストリートの4車線道路が左右にスライド。

 その中に格納されていた大円柱がゆっくりせり上がってくる。


 スーパーグスタフの主砲。

 それはゆっくりと身を起こし、やがてバベルの塔のように、天に向かってまっすぐそそり立った。


「誰が動かしているんだ、誰が!」


 ジェロームは叫ぶ。

 断じて、彼の関与するところではない。コラドもだ。

 ジェロームもイクッネンもいないのをいいことに、何者かが勝手に、グスタフを操っている。


「コラド、いったん動力炉へ向かえ」


 だが方向転換するより早く、ラージャ・グルラーは背後から強い衝撃を受けた。

 コクピット内は赤い照明と警報に満たされる。致命傷だ。


「何が……!?」


 攻撃は、ラーディオスとは逆方向からきたものだった。

 モニターを覗き込んだコラドの目に、一瞬、爬虫類じみた影が映り、すぐに消える。


 それ以上確認する猶予はなかった。


 片翼を失ったラージャ・グルラーは背面から市街地に叩きつけられ、エアバッグに締めつけられたコラドはそのまま意識を失った。


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