第9話「決戦、機動重砲都市<後編>」~避役型半幽械獣レオマイカ 登場~
孤独と羨望と
「おまえらが来る少し前、ジェロームは尋問のために連れて行かれた。たぶん、尋問室に留め置かれているはずだ」
「尋問室……」
コラドからもらった王宮の地図を広げたスゥは、そのままウンウン唸りながら地図を回転させはじめる。
レッドは地図をひったくった。
簡略な地図にはレッドとジェロームがいそうな場所がピックアップされていて、尋問室もその中にあった。
もっとも、尋問室といってもジェロームが捕らえたERFの兵士を取り調べるのに勝手に使っている部屋であって、イクッネン達がその部屋を使っているかどうかはわからない。
「こっちだ」
2人の移動を妨げる者はいなかった。
非斗の兵士はほとんどCATの追跡に出払っていて、こんなところに敵兵が現れる可能性は微塵も考えられていなかったらしい。
「陽動作戦って概念自体知らないのか、もしかして?」
辺村は冗談のつもりで言ったのだが、レッドは「ありえるな」と頷いた。
「戦闘知識だけじゃない。兵士の頭数も、装備も足りてない。無い無い尽くしだ。よくあいつら、こんな状態でジェロームを追い落とそうとしたもんだ」
「……見せつけられたからだろうな」
辺村にはイクッネンの気持ちがわかる気がした。
「自分だけが貧しいなら、それは普通の状態であって、こんなものだと思いもする。だがそこに豊かな者が現れて、それを見せびらかされれば、渇望が生じる」
肉体があった頃を思い出す。
部隊の女達全員から好意を向けられていた絶遠。
対して、パイロットとしての腕で勝っても、戦功を上げても、辺村はいつも1人だった。
別に人並み外れて性格が悪いとか、口汚いとか、顔が醜いとか、自分でわかるような欠点はない――はずなのだが。
仲間達と一緒にいても、アニメの
今も、かもしれない。
スゥ、メンカ、俺のこと、どう思ってる?
その他大勢とか、あるいは便利な道具のお喋り機能じゃなくて、相棒として見ていてくれてるのか?
……なんて訊けるわけがない。こんな忙しい時に。
そんな面倒臭い奴、それこそ嫌われるだろう。
そもそも――もし仮に、あくまで思考実験としてだ、「愛してる」とか返されたらどうしろというのだ?
辺村にとって恋愛などフィクションの出来事で、自分の身に起きるなんて想像したこともなく、故にそうなった時に自分がしたいこともなくて。
嫌われたり無視されるのも辛いが、強い感情――好悪の別なく――を向けられるのも面倒臭い。
結局のところ孤独が好きで、1人でいる方が性に合っているのだ。
むしろ、
それでも絶遠のように異性を惹きつける天性の才能を持った人間が側にいると、うらやましく見える時もある。
「……ベムラハジメ?」
「あ……、ああ、なんでもない。……武力をもつどころか戦うこと自体が禁忌とされる中で、強い武力をもって自分の未来を切り拓く人類が、イクッネンはうらやましかったんじゃないかな」
「それは、非斗を人格化し過ぎちゃいないか? あいつらは人間じゃない。人間と同じように考えるとは限らねえだろ」
「…………」
レッドの指摘に、スゥは唾を呑み込んだ。
「とにかくジェロームだ。あいつを見つけて、殺す」
「班長、お願いがあります」
メンカが言った。
「殺す前に、ジェロームと話をさせてください」
レッドは返事をしなかった。
手振りで、止まれと合図する。
不機嫌そうに足音を鳴らして歩いて行く、イクッネンの姿が見えた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ようやくCATの動きを止めたという報告は、内部に誰も乗っていないという不吉な報せとセットになっていた。
イクッネンには理解できない。
自動操縦という概念さえ、彼の知識の中にはなかった。
魔法でも使ったのか――というような内容のことを口走りそうになり、慌ててこらえる。
それは、幼い子供が言いそうな台詞だ。
イクッネンのような立場の者が口にしていい台詞ではない。
「奴等、どこに行った」
それはあなたが考えることですよ、という目で副官は見返してきた。
非斗の群れにとって、参謀という概念はない。
群れの行動は群れのボスが考え、そして決定するものだ。
イクッネンは結局失言をしてしまったことに気づいた。
弱気な発言は、群れのリーダーの座から引きずり下ろされる可能性を常にはらんでいる。
「直接、現地で確かめる」
考える時間を得るため(部下の前で長考などできない。優柔不断とみなされるからだ)に、ついでに風に当たって頭を冷やそうと、イクッネンは中央管制室の外に出た。
そして、少し歩いた先のことだ。
「ウゴクナ」
非斗の言語とは音程からして違う言葉が、背中から投げつけられた。
振り返ったイクッネンは、自分に突きつけられた銃口を目の当たりにする。
それを構えている者は、とりあえず投獄したまま捨て置いていた人類のオスだった。
さっさと始末していればよかった――と今更ながらに思う。
「ウゴクナ、ワカルカ、ウゴクナ」
言葉の意味はわかっていた。
それでも反撃という選択を取ったのは、安全であるべき王宮内で襲われたという動揺があったからである。
相手はちょっと驚いたような顔をした。が、即座にイクッネンの腕を掴み――気がつけばイクッネンは取り押さえられていた。
腕を捻りあげられ、もはや彼に抵抗する術は残されていない。
――何故だ、俺達非斗は、俺は、こうも弱いんだ。
器ではなかったのだという答えが勝手に浮かんできたが、イクッネンは脳裏から追い払う。
それが正解だとしても、それがどうした。
誰が定めたかもしれぬ自分の分際をわきまえ、萎んでいく風船のような人生を自ら採択するなど、まっぴらごめんだ。
「ジェローム、ノ、イルバショ、オシエテクダサイ」
自分を取り押さえた人間の他に、小さいメスの人間がいて、何度も同じ言葉を話しかけてくる。
言葉はわからないが、あの忌々しい名前が入っているあたり、ジェロームのいる場所に案内しろと言っているのだろう、ということは察せられた。
――お断りだ、誰が貴様らの思い通りに。
唾を吐きかけてやろうとしたが、頬に拳銃が押しつけられた。
銃を握った男の冷たい目がイクッネンを見下ろす。
……従うしかなかった。
イクッネンは怒りの遠吠えをあげようとした――が、このような姿を部下に見られたくないと寸前で思いとどまり、代わりにすすり泣きのようなか細い唸りをあげた。
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