潜入


 スーパーグスタフの中央管制室、ついこの間までジェロームが座っていた席に、今はイクッネンが腰かけていた。


 壁一面のスクリーンにはスーパーグスタフ各所の映像やデータが表示されている。

 イクッネンは座りながらにして王都全体の状況を把握することができた。


 もっとも、得られた情報を彼がちゃんと整理し、利用できるかは彼自身はなはだ疑わしいものである。

 見様見真似でオペレーター業をこなす部下達にも、学芸会のような雰囲気が拭えない。


 戦場に憧れながら、戦場のことを何も知らない――。


 ジェロームの言葉は、的確にイクッネンの痛い胸の内を抉っていた。

 どだい、昨日まで積極的な戦いというものを経験してこなかった非斗が、いきなり近代兵器設備を扱うなど無理な注文なのだ。

 叶うなら、石槍を振り回すところから始めたいところである。


 しかし械獣とERFという外敵は、非斗の段階的成長など待っていてはくれない。

 非斗は急速な文明開化を要求されていた。

 たとえそれが難題でも、クリアしなければ彼等に未来はない。


「敵戦闘車両、間もなく砲兵隊の射程に入ります」


 オペレーターの報告――もちろん非斗の言葉だ――に、イクッネンは頷きをもって返した。


 潜伏していたERFの兵士達は、突然彼等の乗る車で王宮に正面突撃を敢行してきた。

 砲身通キャノン・ストリートをまっすぐに突き進んでくる。

 特攻めいたそのやり口は、自棄になったのか、こちらを馬鹿にしているのか。


「敵の戦闘車両が方向転換しました!」

「方向転換……? そうか、土壇場で臆したか」


 決死の覚悟で飛びだしてきたはいいが、いざその時になると怖じ気づいて逃げ出した――ありえる話だと、イクッネンは思う。


「逃がすな。防衛部隊を前進させろ!」

「前進!」


 王宮正面口に陣を築いていた軍用ジープが周囲の兵士達を乗せて走り出す。

 まだ運転に慣れないのか、カーブのたびにひっくり返りそうになるのがご愛敬だ。

 ジープに入りきらなかった者も、雄叫びをあげて走り出す。


 みな、初めての戦闘――といえるほどのものではないが――に酔っている。

 イクッネン自身も、太古から受け継ぐ獣の血がたぎるのを感じていた。

 さすがに自ら前線に飛び出していくようなことはなかったが。




 その狂騒的な空気の中、メンカ達は冷めた気分で王宮の裏門を開けた。

 自動操縦にしたCATによる陽動。

 あまりにも上手く行きすぎて、何かに騙されているような感覚が一行の間に漂っていた。


「ここから逃げ出したときはHCのガキどもに追い回されて難儀したけどよ。なんだ、今日はスイスイ行かせてくれるじゃねえか」


 何の疑いもなく敵の罠に乗っていく非斗と、おっかなびっくり優勢に進んでいく人間達。

 神の視点から見れば滑稽なほど対照的な組み合わせであった。


 そして数分後、スゥ達はレッドを救出する。


「……ありがとよ」


 隊員達は顔を見合わせた。


「部下に礼が言えたんですね、班長」

「まったくだ。犬っころどもに可愛がられて弱気にでもなりましたか」

「確かに尋問ごっこはよくできてたが、おまえら、俺をなんだと思ってやがる」


 何を聞き出したいのか、聞く側もわかっていない尋問で痛めつけられた身体をさすりながら、レッドは苦笑する。


「――で? おまえらの手筈では、この後どうなってる」

「ジェロームを救出します。そしてイクッネンを倒し、スーパーグスタフを非斗の手から取り戻します」

「なんでジェロームを助けなくちゃいけないんだ」

「班長を助けるのに、コラドには手を借りました」

「コラド?」

「ジェロームの腰巾着してるガキですよ。俺らがジェロームを救い出し、イクッネンを打倒するのに協力すれば、その後で俺らは安全にグスタフから降りられる、そういう約束です」

「おいおい。あいつらはハビタットを狙ってやがるんだぞ」

「そんなの、上手く行きっこないですよ」


 地上から月軌道にあるハビタットを狙い撃ちしようだなんて、どだい馬鹿げている。

 ブルーとピンクはジェロームを妄想に取り憑かれたものと考えていた。いや、そうとしか思えない。


 加えて、ブルーは面倒くささが勝った。

 このまま少人数で決死の阻止作戦に突入するより、1度どこかのキャンプに引き返して大軍勢を連れてくるべきだ。弾よけは多い方がいい。

 仮に、ノロノロしたせいで故郷が破壊されたとしても、ハビタットはまだ6基ある。

 故郷が無事でも自分自身が死んでは意味がない。


「俺はジェロームを殺るぞ」


 レッドはブルーから予備の銃をもぎ取る。


「でもそれじゃ、コラドを裏切ることに……」

「甘いんだよ」


 恩義なんか知ったことか、とレッドは吐き捨てた。


「あいつらは人間でありながらハビタットを裏切って、しかもハビタットに攻撃をかけようとしてる。問答無用で後ろから撃っても罰は当たらねえぜ。少なくとも俺はそうする」

「班長……!」

「ジェロームを殺しに行くのは俺1人でいい。それならおまえらが……なんだ、コラドか、そいつを裏切ったことにはなるまい」


 勝手にすたすた行ってしまうレッド。

 ブルーとピンクは視線を交わす。


「ちょ、班長?」

「手持ち無沙汰なら、おまえらはスーパーグスタフの動力炉を止めてこい。止めるだけなら問題ないだろう」

「イクッネンはどうします?」

「そんなの、後回しだ。ジェローム側とイクッネン側が戦ってくれればかえってやりやすくなる」


 しゃあねえな、とブルーは頭を掻いた。

 どだい、昨日まで敵味方だった者が最後まで御行儀良く足並みを揃えるなど無理な話だったのだ。


「……あたしは班長についていくよ」


 ああ、大人達の節操のなさときたら!

 失望を隠しもせず、スゥはレッドの後を追う。

 曲がり角で行く手の様子を窺っていたレッドは背後のスゥに気づいてちらりと視線を向けたが、何も言わなかった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 非斗の神官達は、非斗社会の変化など特に気に留めてはいなかった。

 彼等にとって俗世の事象は全て瑣末事であり、考える価値もないことであり、不必要さえ思っていたからだ。


 彼等にとって大切なこと。それは、スーパーグスタフの動力炉を稼働させ続けることだけ。

 長い年月の果てに、それはグスタフ内で暮らす同胞のためではなく、それそのものが目的化していた。


 さながら動力炉を動かすパーツの1つのようになった神官達。

 イクッネンも今更彼等に違う生き方を強要しなかった。

 だから相変わらず、神官達は外界に無頓着であり続ける。

 使命を果たしている限り、外界は自分達を放置していてくれると信じ込んでしまっていたのだ。


 だから、ブルーとピンクが祭祀所――動力炉室に入ってきたとき、最初神官達は反応さえしなかった。

 相手が何者であれ、自分達の仕事を邪魔することはない。

 それが無邪気な思い込みに過ぎなかったことを、彼等はすぐに知る。


 ずかずかとコンソールに近づいていく侵入者に、ようやく様子がおかしいことに気づいて排除行動に出る神官達。

 だが侵入者達の構えた鉄の筒が火を噴き、鉛玉の雨が神官達を、本当に誰にも邪魔されない世界へと送り込んだ。永遠に。


「……楽な仕事だったな」


 ほっとしたようにブルーが呟く。

 その背をピンクが叩いた。


「だろ? ビビりすぎなんだよ、おまえは」


 さて、とピンクは制御卓に向かい合う。


「ラッキー、言語は人間語だぜ」

「ベムラハジメの言うことを信じるなら、元々人間様のものだったらしいからな」

「にしても……タッチパネルじゃねえのか。いつの時代のメカだよ。……止めるって、どうすんだ?」


 そのとき、動力炉のものとは違う、低い駆動音が2人の耳を揺さぶった。


「……なんだ?」


 ブルーとピンクは広間のあちこちに銃口を向けた。

 何もない。肉眼はもちろん、アサルトライフルのスコープにも、軍用ヘルメット付属のゴーグルにも、何も映らない。


 しかし気のせいではない。

 未知の駆動音、何か大きなものが動く大気の流れが確かにある。


「警戒しろ!」


 ブルーとピンクは背中合わせになって、お互いの死角を防衛する。

 何度も左右に視線を往復させる。

 しかし何もない。だだっ広い部屋には、得体の知れない機械と神官達の死体があるだけだ。


 ブン、と風が鳴った。

 べこん、と排水溝の蓋がひとりでに凹む。

 2人の動物的本能が警告を発する。


――Tkrrrr。


 耳障りなあの声が、頭上から降ってきた。


「おい、今のって」


 ブルーはピンクに話しかけたが、返事はない。


「おい――」


 振り返って、気づく。

 彼は1人だった。


――あの女、自分1人で逃げやがった。


 そうではないと、わかっている。だがそうなのだと思いたかった。

 だって、そうでなかったとしたら。


 ボトン、と大きなものが床に落ちる音。

 仲間に見捨てられる以上に苛酷な現実――首をへし折られたピンクの屍を、ブルーは見てしまった。


 ほんの一瞬で殺されたのだろう、ぽかんとしたような表情を浮かべている。

 鼻の穴と口から流れた血が顔の下半分をべったりと塗らし、更に赤い涙が流れ落ちた。

 胴体の方はきつく絞った後の雑巾のよう。


「うわ、あ」


 自分でも間抜けな悲鳴をあげて、ブルーは天井を仰ぐ。

 一瞬だけ、まなこのように並んだ2つの赤い光が見えた気がした。

 ブルーは絶叫で己を奮い立たせ、頭上の空間に弾丸をばらまきはじめた。


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