第8話「決戦、機動重砲都市<前編>」~機動鳥人ラージャ・グルラー 登場~

ラージャ・グルラー


「ねえ」


「ねえってば!」


「ロボットの手の上って、寒いんだけど!」


「開けないと撃つよ!」


 まったく――。

 無駄に精度の高い集音マイクが拾ってくるスゥの罵声に耐えかねて、コラドはコクピットハッチを開いた。


 彼の乗る人型兵器『ラージャ・グルラー』の胸部装甲が跳ね上がり、胴体部が観音開きになる。

 ラージャ・グルラーのマニピュレーターの上、唇を真っ青にし、鼻水を垂らしたスゥと目が合った。

 飛行速度はそこまでではないが、夜の空を飛べばこうもなろう。

 コラドは少し罪悪感を抱いた。


「コクピット、入れないの?」

「見ての通り、1人乗りだ」


 胴体部は丸々コクピットになっている。

 狭い。

 子供でさえそう感じるのだから、大人であれば窮屈さはいや増しだろうとコラドは思う。

 窮屈な空間に膝を曲げて押し込められたパイロットはさながら胎児のようだったが、より適切に表現するなら屈葬された死体だ。


 鉄の棺桶。

 母の胎内と呼ぶよりも、人型兵器にはその蔑称こそ相応しい。


 コラドは自動操縦に切り替え、シートの後ろから毛布を取り出した。


「使え……おい」


 図々しくコクピットに乗り込んでこようとするスゥにコラドは眉をひそめる。

 土埃で汚れた手がコンソールにベタベタ触れるのに気づき、更に皺を深くした。

 

「ああ、さむさむ」


 そんなコラドにはお構いなく、スゥはコクピットにしがみついていない方の手をエアコンの放熱口に当てる。

 開放したハッチから吹き込んでくる風は確かに冷たい。

 コラドはマニピュレーターを操作してコクピットを覆うようにした。


「ねえ」


 1段階トーンの下がった声で少女が問う。


「なんていうの、この子」

「ラージャ・グルラー。この機体は1号機、ラクタパクシャだ」

「ラージャ・グルラーにラクタパクシャ」


 うんうんと頷く姿が見えるような口ぶりで、辺村が言った。


「インド神話に登場する鳥神でありヴィシュヌ神の乗り物であるガルーダの異名だな。特にラクタパクシャとは『赤い羽根を持つ者』の意味があるという。機体色が赤なのはそれにあやかってか。隊長機にだけ頭部に角がついているのも個人的にポイントが高い」


「……何いってるんだ、こいつは?」

「気にしないで、時々変なんだ」


 実際のところ、ロボット兵器自体にメンカは興味がなかった。

 別に女性だからというわけではない。

 スーパーグスタフと同じように発見された古代兵器の1つなのはわかる。

 スペックや武器の種類など、踏み込んだことは流石に訊いても教えてくれまい。


 女の子だから男の子だから以前の問題で、関心を持っても仕方がないから脳のリソースを使わないだけだ。

 それでも名前を聞いたのは、単に会話の糸口を掴みたかったからである。


「これも、ジェロームが見つけたやつ?」

「そうだ」


 コラドは自慢げに言った。


「ジェローム様はスーパーグスタフの内部データから、こいつの保管基地を見つけた。そして僕に操縦方法を教えてくださったんだ。僕を信頼して……!」


 誇らしげなコラドの顔を見て、メンカはいたたまれない気持ちになった。


――おまえは何の役にも立たないし、期待もしていない。

――ああもういい。頑張らなくていいから、言われたままに死んでくれ。


 自分を育んできた世界から戦力外通告を受け、あまつさえ生存権まで否定されたHC。

 彼等にとって、自分を必要とし、期待してくれる存在の登場はどれだけの救いになっただろう。


 メンカにはスゥがいて、スゥにはメンカがいた。

 だから自己発電的に承認欲求を満たしてきたが、コラドにはそれがなかったのだ。

 ジェロームはそれを与えた。そこまではいい。


「ジェロームにとってあなたは何なわけ?」


 愛情に飢えた少年にとっては「愛してくれるなら何でもいい、必要としてくれるなら利用されてもいい」かもしれないが、姉妹は違う。

 可能なら愛されたいし必要とされたいが、だからといって利用されるのは嫌だし、他人が利用されているのは許せないと思う。


 ジェロームはあんたをいいように利用してるだけなんじゃないの?

 用が済んだらポイ捨てしたりしない?

 それでもあなたは満足かもしれないけど、わたしは嫌だ。許してはいけないと思う。


 答えるのに、コラドは少し考える時間を要した。


「……優秀な部下、であればいいな」


(『息子』じゃ、ないんだ)


 失望がメンカの胸を満たす。

 忠犬を絵に描いたようなコラドでさえ息子扱いしていないのに、自分を娘として扱いたいというジェロームの目的はこれでハッキリした。

 辺村の協力が得たいから、そのパートナーであるメンカとスゥに優しくしてみせているだけ。


 メンカは深く溜息をついた。

 コラドを刺激しないよう慎重に言葉を選んだはずだが、その失望の表情が、結局コラドを怒らせた。


「ジェローム様が、僕をいいように騙しているとでもいいたいんだろう?」


 コラドだって馬鹿ではない。それくらいの考えはつく。


「それでもかまわない。彼は忠義を尽くすに値する人だ。スーパーグスタフ、そしてラージャ・グルラー。旧時代の遺物を掘り起こし、非斗と協力体制を築き、HCを導こうとしている」


 ジェロームの望む未来。

 それはハビタットが地球をあきらめ、争いを知らぬ非斗とその守護者であるHCが地球で繁栄していく世界だ。

 そのためならコラドは何でもやるつもりでいる。

 捨て駒にされるとしても、かまうものか。


 それほどの覚悟がなければ、哀れなはぐれHCとしてキャンプに侵入し、そこのHCにジェロームの存在を伝え教化し、時にはキャンプそのものに破壊工作をしかける――などという危険な任務は行えない。


 コラドは髪をかき上げ、メンカに首輪がよく見えるようにした。

 首輪についたちっぽけなLEDは赤く光っている。

 彼につけられた爆弾は、安全装置が解除されていた。


「カウントダウンは残り4秒だ」


 息を呑むメンカに、コラドはニヤリと笑う。


「HCとして殺される寸前、ジェローム様は決死の覚悟で僕のリモコンを奪い、緊急停止ボタンを押してくださった。もし失敗すれば自分も吹き飛んでいたかもしれないのにだ。だから僕は彼を信じるし――彼の崇高な理想に殉じる、覚悟を持った!」

「ああ、そうか。すごいな」


 辺村はコラドが姉妹をコクピットから突き落としたりしないよう、おだててみせた。

 かえっておちょくっているようにも聞こえなくはないが。


「そうだね。これだけの武器、ハビタット側だって持ってない。おまけに械獣まで従えれば、まあ、できるんじゃないの?」

「械獣を従える? なんのことだい?」

「なに? 絶遠はおまえらの味方じゃないのか?」

「ああ。あのニヤニヤ笑いが気に入らないが役に立つ奴だよ。あいつがハビタット潜入作戦を成功させてくれたおかげで、ハビタット内にジェローム様の存在を伝えることができた」


 たとえいかがわしい都市伝説に過ぎなくとも、ジェロームの存在が知られていることは、コラドの布教活動を大幅にやりやすくした。


「まあ、それをさておきあのにやけたツラは気に入らないけどね」

「それには同意かも」

「その絶遠は蠍型の械獣をしもべのように操ってたが、あれもジェロームが発掘した物じゃないのか?」

「……知らないぞ、そんなの」

「…………」


 械獣を操っていたことを、絶遠はジェローム側に隠していたらしい。

 微妙な空気がコクピットを支配した。


 コラドはフットペダルを踏み込む。夜風が突風となってマニピュレーターの隙間から吹き込むが、スゥの抗議共々気にしてはいられなかった。


 突然スピードを上げた隊長機に、両翼の2機はパイロットの首の向きと連動した頭部カメラを見合わせる。

 困惑しながらもワンテンポ遅れて加速、追跡。

 やがて彼等の視界で、子供の玩具のようなスーパーグスタフが見る間に大きさを増していく。


 スピードを出しすぎて、コラドは減速のためにグスタフをぐるりと1周する羽目になった。


 だから見えた。


 スーパーグスタフの砲身基部であり動力炉など重要機関の集合体である『王宮』。

 その窓の中で、レッドに銃を向けられるジェロームの姿が。


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