舞い降りる翼


 戦場は自然と、近くにあった都市の墓場へと移っていた。

 建設された当初はお洒落なビルディングであっただろう奇抜な形状の廃墟を薙ぎ倒しつつ、メンカ・ラーディオスは死の鎌をかわす。

 踏み降ろした足が錆び付いた遊具を公園ごとクレーターに沈める。


 4車線ある大通りも、巨神達にとっては狭い通路だった。

 辺村がここに逃げ込むようメンカに指示したのは、蟷螂械獣マンティス・ゴーレムの振るう両腕の鎌がビルに引っかかって動きを妨害してくれれば――と考えたからだが、現実は甘くない。

 レーザーカッターは経年劣化したコンクリートなどものともせずに叩き切り、ラーディオスを襲う。

 点在する歩道橋も、械獣の足を転ばせる役には立たなかった。


 間一髪、胴への一撃を粘液化でかわしたメンカだが、その直後胸を押さえて苦悶する。

 刀身の帯びていたビームが、粘液となった体組織の一部を蒸発させたことによるダメージだ。


「あたしに任せて!」


 後方に大きくジャンプしながら、メンカはスゥに身をゆだねる。

 空中で赤に変わった巨神が着地。

 破砕音とともにアスファルトにクレーターが生まれ、押し出された土塊が宙を舞う。

 衝撃でビルのいくつかが崩れ落ちた。


 ビル街で睨み合う赤いラーディオスと蟷螂械獣マンティス・ゴーレムは、人類文明の墓場の参拝客にも見えた。

 神事を奉納するかのように、2つの巨影が死の舞踏を舞う。


 械獣の右ブレードをスゥは左腕で防御。

 左腕に焦げたような刀傷が刻まれるが、腕を切断するには至らなかった。

 ラーディオスが右拳を繰り出す。が、械獣の左ブレードの方が速い。

 しかし、蛇腹状になった巨神の籠手が彗星の如く圧搾空気を吹き出した。

 エアジェットにより加速された鉄拳は、左ブレードよりも速く械獣の頭部を直撃。

 

 械獣は大きく後ろに吹っ飛んだ。

 左メインセンサーは完全に潰れ、首のシャフトも大きく折れ曲がる――が、それは械獣にとって行動不能を意味しない。


「素手で戦うのは不利だぞ」

「だったらこれで!」


 メンカはアロンズケインを引き抜き、剣に変える。


「……ロッドの方がよくない?」

「あたしはこっちのが使いやすいんだよな!」

「一応言っとくが、相手はビームサーベルだぞ。鍔迫り合いとかするなよ」

「こっちもビーム剣にできないの?」

「できたら苦労しな――」


 メンカは手に持った得物を一瞬眺め、その一端を無造作にパルマ・ジャヴェロットの砲口に突き刺した。


 次の瞬間、アロンズケインの刀身にビーム光がまとわりつく。


「できた!」

「はあ? おまえ、何やったの?」

「いや、なんとなくいけそうだったから」

「馬鹿の勘か」

「そこは女の勘でしょ!?」


 一方、械獣は蟷螂の腹部――械獣の尻尾にも見える推進器ブースター増槽プロペラント・タンクをパージした。

 中身を失い不要になったパーツを捨て、身軽になったボディを深く沈める。

 スゥもまた光剣を構えた。

 

 蟷螂の羽根めいた推進機関が唸りをあげて、械獣が突撃。

 ラーディオスの手前で左腕を振り抜く。

 その腕が、飛んだ。


「!?」


 敵が近づいてくるのを待ち構えていたスゥは、械獣本体よりも早くブーメランのように飛んできたレーザーカッターに意表を突かれた。


 アロンズケインで叩き落とす――が、剣を振り切ったばかりのラーディオスは、頭上に掲げられた右の鎌を見る。


 剣を戻す――間に合わない。


「だったら!」


 普通なら反射的に身を引くところだが、スゥは前に――械獣の懐に飛び込んだ。

 械獣を押し倒し、そのまま反対側まで転がる。

 突き当たりにあった大きなビルをなぎ倒し、通りと通りを開通させる。


 一足先に起き上がったのはスゥだ。

 起き上がる最中の械獣に光剣を振り下ろす。

 械獣はレーザーカッターでそれを受け止めた。


 その刹那、刃の接触面でスパーク。

 閃光と電流火花が撒き散らされ、その余波を浴びて乗り捨てられた車の残骸や街灯が弾け飛んだ。

 木々が燃え上がる。


「うぉっ、まぶし! 何あれ!?」


 思わずスゥは敵と間合いを取る。


「異なるベクトルを持ったビーム同士が干渉して、外側の粒子が拡散しただけだ」

「よくわかんないけど、なんか危なっかしくて嫌だな……」

「スゥ、複数の熱源がこっちに迫ってる。おそらく、械獣だ」


 視界の一部が切り取られ、拡大されて表示された。

 西の空に小さな光がいくつも浮かんでいるのが見える。

 そのひとつひとつが、こちらに向かって飛行する蟷螂械獣だった。


「残り時間は」

「100秒――おい!」


 咄嗟にしゃがんだスゥの頭上を、レーザーカッターが通過していく。

 さっきまで戦っていた械獣だって、まだ倒せていない。


「このおおお!」


 スゥは手を突きだした。

 械獣の胸部に吸い込まれるようにビーム刃が突き立てられる。

 そのままするりと胴を貫通した刃は械獣の背中側からススキ花火のようにスパークを散らせた。


「Tkrrrrrrry!!」


 電子音声の断末魔がかき鳴らされる。スゥはより一層杖を押し込んで黙らせた。

 その背中に、衝撃。


「ぐっ!?」


 増援の蟷螂械獣が戦場に到着した。

 数は5体。

 スゥはバチバチと火花を上げる最初の1体を敵陣に投げつけた。

 1体がその爆発に巻き込まれる。

 残り4。


「わあああああ!」


 槍に変形させたアロンズケインを投擲し、2体を団子のように貫く。

 そこへパルマ・ジャヴェロットを連射。


 残り2。


「Tkrrrry」


 息をつく暇もなかった。

 左右から残りの2体が迫る。挟み撃ちである。

 前後はビルで塞がれ、逃げ場がない。斬撃がラーディオスを襲う。

 赤い外骨格に2条の焼き切られた痕が刻まれる。


「このおっ!」


 ジェット・ナックルが械獣をよろめかせたが、撃破には至らない。

 腕が伸びきった瞬間を、敵は見逃さなかった。

 回り込んだ1体が刃を振り下ろし、右腕が関節部分から切断される。

 落ちる右腕が民家を数軒押し潰し、血のように噴き出したエネルギーがビル壁を灼いた。


 辺村は即座にエネルギーラインをせき止めたが、カウンターに表示されていた残り稼働時間は大きく減少してしまっている。


「スゥ、替わって!」


 利き腕を失ったスゥに替わり、メンカが操作権を得る。

 刹那、赤から銀に転じた巨神は左拳で1体を仰け反らせ、反動の肘打ちでもう1体をよろめかせた。

 粘液化を利用してしゃがむより早く地に伏せる。

 械獣の反撃はラーディオスの頭上を通り過ぎ、味方同士を斬り裂き合う。


 だが――まだ撃破には至らない。


「残り20秒!」


 赤いデジタル数字に一瞬だけ目を走らせ、メンカは械獣の間から脱出。

 投げ捨てたままのアロンズケインに手を伸ばすが、械獣の爆発に晒されたそれはラーディオスの手の中でボロリと崩れ落ちる。


「どうするの、これ!?」


 スゥが叫ぶのも無理はない。

 パルマ・ジャヴェロットに続いてアロンズケイン喪失。

 右腕がなくてはラピサー・ソリスルクスも使用不可。

 更には残り時間は15秒ほど。


 メンカは周囲に忙しなく視線を走らせる。

 地の1点に視線が止まった。転がるようにその場へ移動。

 その背を、残り2体の械獣が追う。


「でやあッッッ!」


 悲鳴と祈りを込めた裂帛れっぱくの気合とともにメンカが投げたのは、かつて叩き落としたレーザーカッターだった。

 もはや本体からの電力供給が絶たれて久しいそれは、既にただの鎌型の鉄塊に過ぎなかったが、それで充分。


 ラーディオスの全力をもって大上段から振り下ろすように投げつけられたそれは、械獣のボディに深々と突き刺さる。

 2体の械獣は爆炎に呑み込まれ――同時に巨神もその姿をかき消した。


「危なかった……」


 炎に炙られたアスファルトに尻餅をついて、メンカは大きく喘いだ。

 頬には汗が幾筋もの軌跡を描いていたが、その顔には危機を潜り抜けた笑みがある。


 しかしそれは、もろくも崩れ去った。

 黒煙の向こうで、何かおおきいものが身じろぎする気配が大気を揺らしたからだ。


「…………!」


 驚きに見張られた瞳に、絶望の色が浮かぶ。

 煙の向こうからゆっくりと前進し、その姿を現わしたのは、他でもない、蟷螂械獣である。


 前方にいた同胞なかまが爆発した際、この個体は咄嗟に後退したのだ。

 炎が装甲前面を炙り、センサーのほとんどはブラックアウトしてしまったものの、機体状態は稼働域をまだ維持していた。

 少なくとも、へたり込んだ少女1人を押し潰すのになんら障害はない。


――やられる。


 メンカとスゥは死を理解した。


 しかし。


「何か来るぞ!」


 辺村の言うとおりだった。

 戦闘機に似た唸りをあげて、スーパーグスタフが走り去っていった方角から、何かが近づいてくる。


 それは瞬く間に市街地に辿り着くと、『足』を蹴り上げるように一回転した。


「天使……?」


 それは鳥とも人ともつかない、8メートル程の金属物体だった。

 数は3つ。

 真ん中の1体だけ赤く、他は白い。


 無数のセンサーがフルーツのように並んだショートケーキのような頭部に、三角柱の胴体、そして胴体に比して貧相に見える単純な手足が2本ずつ伸びている。

 胴体に比して、手足は長い。特にマニピュレーターはデフォルメされたように大きかった。

 歪なシルエットだ。デッサンの狂った幼児の絵のようでもある。

 背中には長方形の板を並べたような翼が、後部から青い炎をひいていた。


 編隊を組んで飛んできたそれらが、手に持った筒状の物体を械獣に向ける。


「耳を塞いで、伏せろ!」


 辺村が叫ぶ。

 1秒と経たず、ロボット達のアームに保持された銃から火が放たれた。


 耳をつんざくような発砲音とともに、排出された薬莢が市街に降り注ぐ。

 車だったものを押し潰し、ビルの壁を崩し、ひび割れたアスファルトを砕いていく。

 メンカのすぐ隣にある建物にも薬莢の1つがめり込む。

 悲鳴をあげながら、メンカは自分の身体が潰されないことをただ願った。


「撃ち方、やめ!」


 赤いロボットがコラドの声で号令をかけるのを辺村は聞いた。


「あれに乗ってるのはコラドか」

「…………」


 メンカもスゥも返事をしない。

 あまりにも大きい銃声のショックで耳は働くのをやめてしまったようだ。


 そんな彼女達に赤い機体が手を差し伸べる。

 上に乗れ、と言っているらしい。

 メンカはそうした。


 ロボット達は翼を繊細に動かし、舞い上がる。

 そうして鳥の群れのように、編隊を組んで空に消えた。


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