暗殺者


 レッドの冷たい目と、構えた拳銃の銃口がまっすぐにジェロームを見据える。

 ジェロームは両手を挙げた。


「私は人間だぞ。械獣じゃない」

「あんたはやりすぎた。これ以上ウチの管区の恥をさらさんうちに、内密に処理しろ――だとよ」

「不名誉な役回りだとは思わないか」

「父親ってのは、なかなか面倒臭いもんでな……」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



――あなたの息子が事故で半身不随になったそうですね。彼を生かしておいてもハビタットに貢献する見込みはなく、またHCとして地球に降ろすのも現実的ではないでしょう。よって安楽死処分が妥当だと判断しました。また、事故による状況から保護者の管理責任は大きいとし、あなた方の市民グレードがCマイナスに変更されます。


 ある日、スペース・ハビタットの総管理長室に呼び出されたレッドは、合成音声じみた女性の声からいきなりそんな言葉を投げかけられた。


 噴水以外何もない部屋。声は天井のスピーカーから流れてきて、話している相手の姿はレッドからは見えない。

 『ハビタットを管理するのは人間ではなく、AIだ』という噂がまことしやかに語られるのも、わかる気がした。


 日頃他人様から怨みを買ってそうな管理体制を敷いてると、迂闊に人前に出られなくて大変だな。

 そんな憎まれ口を叩いてやりたかったが、もちろんそんな真似はしない。


「そんな……! あれは加害者側の落ち度で、我々には何の責任も……!」


 一緒に呼びつけられた妻がヒステリックに叫ぶ。

 矛先が自分に向いてきたら嫌だな、というのがレッドの感想だ。

 息子のことはまるで実感が湧かなかった。


「あなたからも何か言いなさいよ!」


 早速来た。


「あー、そんなことを――」

「『そんなこと』ですって!? 真面目に考えてるの? あなたはいつもそうやって!」

「あー、我々にとって重要な問題を管理部が事前通達されたということはですね、何らかの救済措置を用意してくださっていると考えてよろしいのでしょうか?」


――少々非合法な任務を、秘密裏に果たしてほしい。


(あんたらに合法非合法を気にする神経があったとは驚きだよ)


 いちいち皮肉が浮かんでくる。

 どうやら予想以上に、レッドは管理部に対して不満を抱いていたらしい。

 早いこと会話を終わらせないと、そのうちポロッと口をついて出そうだな、とレッドは危惧する。


 妻の逆鱗に触れるのはどう言葉を選んでも回避不可能と学習しあきらめているが、怒らせたとしても極端な話、気が滅入るだけで済む。

 だが管理部を怒らせれば、最悪殺されかねない。


――脱走した兵士が、地球でハビタットに対する組織的破壊活動を企てているようです。


「それを潰して来いっていうの……仰るのですね」


――首謀者の抹殺は必須です。働き次第によっては追加報酬も考えましょう。


 引き受けるわよね、と言いたげに妻が無言で睨んでくる。

 極秘任務であれば知っている人間は少なければ少ないほどいいはずだが、兵士ではない妻がここに呼ばれたのは、自分にイエスを言わせるためか。

 無用な気遣いだ。ノーという選択肢があるなんて端から思っちゃいない。


「引き受けさせていただきます」


 床の一部が引き戸のようにスライドし、その下にあったものがせり上がってきた。

 ファイルが一冊、その上に置かれている。


――7O-190-88のみ、閲覧を許可します。記憶し終わったらファイルを元に戻し、退出なさい。お疲れ様でした。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 そういうわけで、レッドは地球に降りてきた。

 表向きは地球奪還部隊第94班班長として。

 実際はただの殺し屋だ。


「息子なんかいなけりゃ、こんな面倒なことをせずに済んだ。子供が生き甲斐なんていう奴もいるが、残念ながら俺はそういうタイプじゃなかったらしい。来世があったらもう絶対、家庭なんか持たない」

「そうだな……。私もそう思う」


 ジェロームは苦笑。

 その一瞬だけ、レッドには彼がハビタット破壊を企む世紀の大悪人ではなく、1人の、ただの疲れた中年男に見えた。

 仲良くできたかも――という考えを振り払う。

 そんなものは、殺人に怯える弱い心がみせる幻影に過ぎない。


「ゼツトーリョーから聞いたぜ。あの大砲でハビタットを攻撃するんだろ? 上手くいったとして、ハビタットは全部で7基。7回もハビタット政府がしてやられてくれると、本気で思っているのか」

「……君は、人を撃ったことはあるか?」

「何……?」


 ERFは械獣と戦うための組織だ。

 対人戦闘は申し訳程度の訓練でしか経験していない。

 もちろん、実戦としてはゼロだ。


「いや――。この前、寄生植物に操られた死体を撃った」

「なるほど、得心がいった」

「は?」

「殺るならさっさと撃てばいいものを、悠長に長話などするものだから、おかしくて――な」


 カッと頭に血が上る。


「おい、今の状況、わかってんのか」

「もちろんだとも――のろまな暗殺者が返り討ちに遭うのだろう」


 一面のガラス窓だった壁面が何かに覆われた。

 ちらりと目を向けたレッドは、窓の外を埋める巨大な質量に意識を奪われる。


 それは、巨大な機械の塊。

 あまりにも近づきずぎてレッドにはそれが何なのかわからなかったが、遠くから見れば、スーパーグスタフの窓をラージャ・グルラーが覗き込んでいるものとわかっただろう。


 パイロットの視線に追従するレーザー砲の砲口が赤い光を蓄え始める。


「ジェローム様の命を狙う奸賊め」


 コラドの怨霊じみた声が室内に伝わる。


「死ぬがいい!」

「駄目!」


 メンカの声と同時にラージャ・グルラーの顔が明後日の方向を向き、レーザー光は天井を削った。

 噴煙が室内に満ちる。


「くそっ!」


 コラドがモニターを赤外線モードに切り替える――瞬間、銃声が響く。

 犬の悲鳴を辺村は聞いた気がした。


 レーザーが空けた穴から煙が出尽くした。

 視界が回復。


「ラメチネワ!」


 床に倒れたジェロームが、倒れ伏した女王に駆け寄っていくのが見えた。

 女王の身体の下に、影とは異なる赤い染みが広がっていく。

 ラメチネワは、自分の身を犠牲にしてジェロームをかばったのだった。


「……ラメチネワ!」


 ジェロームが再度呼びかけるが、返事はない。


「ラメチネワ! 返事をするんだ! とーぬーにーみーへ! ほとゑ! おいっ!」


 応急手当を行おうとするジェロームを、レッドは呆然と眺めていた。

 人を撃った。だがそれは無関係な者だった。殺す必要のない者を殺してしまった。だがあれは人と考えていいものなのか。


 ジェロームを殺すつもりなら絶好の機会だ。

 だが自分のやったことをどう受け止めたらいいのかわからず、レッドは馬鹿のように立ちすくむ。


「あれは……?」


 その光景を眺めて、メンカは呆然と呟く。


 ラメチネワに突き飛ばされた拍子に、ジェロームの帽子は脱げてしまっていた。

 露わになった首元には、メンカのものと同じ銀色の首輪。


「ジェロームも、HC……だった?」


 そんなはずはない。

 ジェロームはHCであるメンカ達の父親が配属された部隊の隊長だったのだ。

 ERFにおいてHCが隊長を務める部隊なんて聞いたことがない。


(HCにされた、父さんの――父さんはHCで――)

(いや!)


 そこから考えを進めていくことを、スゥが拒んだ。


「う、ご、く、な!」


 室内に非斗の一団が入り込む。

 先頭を行くのはイクッネン。彼の背後に並ぶ数名の非斗が室内にいる者に銃口を向ける。

 形状から察するに、ERFから押収したものだろう。

 しかし――非斗は戦わない、故に非斗ではなかったのか。彼等はまるで兵士だ。


 戦わざるはずの者の兵士が、レッドを、そして何故かジェロームまでも床に押さえつける。

 機体を身じろぎさせたコラドの前に1人の兵士が進み出て『撃つな』のサインを送った。


 ただ暗殺犯が捕まえられたというだけではない、何かきな臭い臭いを辺村は感じ取っていた――。


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