械獣解体
械獣を動かすシステムは、人類のそれと大差なかった。
つまり規格さえ合えばいくつかの部品は人類側の道具に流用可能で、規格を合わせるための部品もハビタットは製作していた。
メンカは蠍械獣の胸の亀裂に潜り込む。
イエローが後ろで指示するまま、工具で械獣の内部パーツを外していく。
お世辞にも器用とはいえなかった。
(ねえ、これくらいあたしがやるよ。メンカは休んでて)
(心は2つでも身体は1つなんだから、たいして休まらないでしょ。それよりスゥがまた暴れないか心配だよ)
(……ちっ)
暴れるつもりだったらしい。
これでは安心してスゥを表に出せないな、とメンカは思う。
人間は、たとえそれが必要なことであっても、面倒臭いとか、辛いとか、いろんな理屈で躊躇ったり先延ばしにしたりする。
けれどスゥにはそれがない。
メンカを守るためならば、倫理も法律もお構いなしだ。
そのために生み出された人格なのだから、仕方ないといえば仕方ない。
だがそういう部分こそ、絶遠から『薄っぺらい』と評される
あの男の評価などどうでもいいが、妹には実りの多い人生を送ってほしいと、メンカは思う。
そのためには、スゥはもっと多くの人と触れ合うべきなのだ。
(みんなは悪い人じゃないよ、スゥ)
(じゃあなんで、あたし達を特攻兵器にできるの?)
(ハビタットには本来、わたし達みたいな性能の低い人間を生かしておく余裕はないんだ。人間爆弾として使うくらいしないと、税金でわたし達を生かしてる市民が納得しないでしょう)
(あたし達だって、好きで無能に生まれたわけじゃない! 無能じゃなかった奴等だって、運良くそう生まれただけじゃないか!)
(……それは)
(運良くわかりやすくお役立ちな遺伝子を持って生まれて、運良く努力する環境に恵まれて、運良くそれを潰されずに伸ばせた程度でしかない奴等のために、なんで姉ちゃんが死ななきゃならないの!?)
(…………)
(どうしてもってんなら、あたし達を無能に産んだ、あの女が爆弾になればいい!)
(……お母さんにそんなこと言っちゃ駄目だよ)
(『お母さん』? あっれぇ~? さっき『家族はいない』って言ってなかったっけ~?)
(…………)
(嫌いだ、あんな奴! あたしの味方をしてくれないメンカも嫌い!)
スゥはそう言って会話を打ち切ってしまった。
意識の深い場所に降りた彼女が何を考えているのか、もう見通すことはできない。
「……どした、271?」
「え?」
「なんで急に泣いてるわけ」
「泣く……?」
目尻に当てた指に、汗とは違う水滴がまとわりつく。
「……なんでもないです。ちょっと、姉妹喧嘩を」
「心の中で? 静かな姉妹喧嘩で助かる」
イエローは笑ったが、メンカには笑い話ではない。
心の中で悪態をつきながら、愛想笑いを返す。
それにしても、喧嘩なんていつ以来だろう。
少なくとも、面と向かって『嫌い』と言われたのは初めてだ。
(わたしは、いつだってスゥの味方だよ?)
返事はない。
「なあ」
声を発したのは辺村だ。
「械獣ってなんなんだ。これ、完全に機械じゃないか。誰が造ってる」
「さあね。人間じゃないことは確か」
「宇宙に逃げた人類が地球に帰ってきたら、そこに棲息していた機械生命体。それ以上のことは、謎オブ謎」
お手上げ、のジェスチャーをとるイエローに、メンカが外した装甲板を渡す。
それを辺村はスキャンした。刻印のようなものがあるのに気づく。
文字に見える――いや、摩耗してはいたが、それはまさしくアルファベットだった。
『BADOU-RR KK.』
(バドウRR株式会社……?)
聞いたことのない社名だ。もっとも辺村が兵器メーカーに詳しいかと言われれば、そういうわけではないのだが。
しかし少なくとも異星人が造ったわけではないらしい。
(械獣は人間が造ったもの……。問題は、人間の手を離れて暴走したものなのか、それとも操っている人間がいるかだ)
械獣こそが、人類の後継者――絶遠の言葉が辺村の脳裏を走った。
だったら、メンカ達はいったい何だというのだろう。
どう眺めすかしても人間以外のどの生物にも見えない。
「……それにしても、どれだけパーツを引き剥がすんだ? 要らないだろう、こんなに」
メンカが解体したパーツは、運ぶのが嫌になるほどに貯まっていた。
「ああ、キャンプに献上するから」
「献上?」
「キャンプは慢性的に物資不足だから。使える部品を沢山提出すれば、それだけ待遇もよくなるってわけ――あ!」
「え?」
突然、イエローがメンカにタックルする。
硬い床の上に背が押しつけられ、その上からイエローの胸板でサンドイッチにされる。
「……ッ!?」
本能的に身を固くしたメンカだが、すぐ近くで何か重いものが落ちる音に、イエローの肩の向こうに目を向けるゆとりを得た。
さっきまで立っていた場所に、熱と重量を持った黒い物体が落ちている。
あのままいれば押し潰されていただろう。
助けてくれた恩人に対し失礼な想像をしてしまった自分を、メンカは恥じた。
「危なかった……。怪我、してない?」
「はい。ありがとう、ございます……」
落ちてきたものは、さっきまで集めていた機械部品とは大きく趣を異にするものだった。
一言でいえば、黒いアメーバ。
機械の中よりも、生物の体内にある方が相応しく見える。
それはプルプルと震えていたが、やがて床面に染みこむように消えてしまった。
「これは……!」
辺村が息を呑む。
「械獣の内臓だよ。これ1つで脳、筋肉、その他諸々の役割を全てこなすらしい。万能の細胞、えっと、名前は――」
「――超自己学習式有機的ゲル状巨大全能型軍事用人造人間」
イエローの言葉を継いだのは、辺村だった。
「……知ってるの、ベムラハジメ?」
「知ってるも何も……Super Heuristic Organic Gel-type Gigantic Omnipotent Tactical Humanoidは、俺達の敵だよ」
含み笑いまではじめた辺村に、メンカとイエローは顔を見合わせる。
「俺は間違ってなかった。そして……絶遠は間違ってる」
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