第5話「人間爆弾の恐怖」~S.H.O.G.G.O.T.H. 登場~

6と7番目の班員


 横倒しになったCATの屋根に、メンカは背中を押し当てた。

 隣にはレッド達が同じような格好で並ぶ。


「いっ、せー、の!」


 合図と同時に下半身を踏ん張り、車体を押し上げる。砂で足が滑って上手く力が入らない。


 車体は砂漠の日差しでひどく温められている。

 一行はそれぞれ、鉄板の上で焼かれる焼き肉を己になぞらえた。


 やがてメンカも含めた94班全員の努力とパワーアシスターの奮闘が、15トン近い車体を傾ける。

 背中にかかる重みが消え、CATは本来の天地を取り戻した。

 汗に濡れた班員達の顔に笑顔が浮かぶ。


 ふとメンカが隣を見ると、頬を緩めたピンクと目が合った。

 すぐさま仏頂面に戻り、気まずそうに目を逸らすピンク。

 車両を元に戻した達成感とは別の笑みが浮かんでくるのを、メンカは押し殺さねばならなかった。


 おつかれ、とイエローがメンカの肩を叩く。


「あ……。すいません、ラーディオスが使えたら」

「気にしない気にしない。次使うのに数時間かかるんデショ? そんなに待ってられないって」

「1度に数分しか使えないとか、兵器としては欠陥過ぎるな」

「無駄話は後だ。188、機銃はどうだ? 直せそうか?」


 屋根に登ったイエローは、機銃砲座をひと目見るだけで首を横に振った。

 そうか、とレッドは肩をすくめる。元々期待はしていなかった。


 キャビンの中は、野良犬に荒らされたゴミ捨て場のようだった。

 通信機器はしっかり固定してあったからいいものの、隊員の私物は車内一面に散乱している。

 

 ああ、カノジョの写真割れちまってるよ、とイエローは額縁を砂の上に投げ捨てた。


「そういうの、肌身離さず持ってるもんじゃないのか。なんで車の中に置きっぱなしなんだ」

「持ち歩き用は持ち歩き用であるの。それより192はこういうの持ってないの?」

「レンアイだのケッコンだの、面倒臭いだけだ」

「寂しい奴」

「ほっとけ」


「……班長も、家族の写真、お持ちなんですか」


 メンカが何気なく尋ねると、レッドはしかめっ面を返した。

 

「あ、すみません」


 まずいことを訊いてしまったのか。目を伏せ、謝罪するメンカ。

 レッドは更に眉をしかめて、いやそうじゃない、と呟く。


「おまえが仕事でもないことを話しかけてくるのが珍しかっただけだ」

「あ……そういえば、そうですね」


 スゥはメンカ以外と積極的に会話するタイプではなかったし、メンカに至っては他人の前に現れることさえなかった。


「写真はないが、家族はいる。いや、いた。女房と息子。別れたけどな」

「別れた……?」

「俺は第2次降下作戦以来、長いことこの星で戦ってた。本来ならもう後方に引っ込んでいることもできたんだ。いや、家族のためにはそうすべきだった」

「…………」

「だが俺はハビタットの生活が性に合わなくなっていてな。この星が好きってわけじゃない。械獣との戦いだってうんざりだ。だが、緊張感が全くないってのも、嫌になる」


 よくわかんないっスねぇ、とイエローが口を挟んだ。

 わからなくていい、とレッドは苦笑いを浮かべる。


「――それで、家族の反対を押し切って第4次作戦に志願したら、離婚届を突き出された。地球と私達家族、好きな方を選べってな」

「それでこっち選んだんですか。そりゃ怒りますよ」

「ああ。それで写真すら持たせてもらえなかった」


 ピンクは心底呆れたような顔をした。

 ブルーは何も言わなかったが、「ほら見ろ、家族なんて面倒臭い」と言いたげだ。


「271、おまえこそどうなんだ、家族は?」

「えっと……わたしには、家族、いません」


 メンカは自分の迂闊さを呪う。この中で1番家族に関して触れてほしくない人間は自分ではないか。世間話の流れや興味本位で深く考えず話題を振るんじゃなかった。


「そっかぁ、じゃあ俺ちゃんと同じだ」


 笑いかけてくるイエローに、メンカは申し訳なく思う。

 まあ、嘘はついていない。少なくとも母親は、メンカのような落ちこぼれを家族とはもう思っていないはずだから。


 レッドはブラックの私物を確認する。

 予想通り、たいしたものは残っていなかった。


「ベムラハジメ。187……いや、ゼツトーリョーとは知り合いだったんだろう。なんであいつと一緒に行かなかった?」


 何故だろう。辺村は己に問いかける。

 会って数日の少女と、共に死線を潜り抜けた戦友。

 どっちを優先し、いずれを信用するべきかなんて、決まっているはずなのに。


「わたしが断ったからです。スゥを馬鹿にされて、それで」


 ああ、そうだった。そうなのだったか。


「スゥ、か。271の人格の1つだったとはな」

「そいつ、いきなり殴りかかってきやがった」


 後頭部をさすりながら、ピンクが言った。

 まだ腫れが治まっていない。


「271が最初に逃げたのも、そいつの仕業か……」

「また出てくる前に、271を縛り付けておいた方がいいんじゃないですか?」

「…………」


 メンカは意を決したように、ベルトを外した。棚の上に置く。

 どうしたんだ、とレッド達が見守る中、そのままキャビンの出入口まで歩き、辺村と一行を振り返り一礼。


「……みなさんはじめまして、7T-271-28の、メンカと呼ばれる方の人格です」

「…………」


 辺村は初めてまともに『メンカ』の姿をカメラに収める。

 顔立ちは同じでも、やはり内面の違いは如実にあらわれていた。

 明るい、元気、脳天気、を絵に描いたようなスゥとは対照的に、メンカの表情は辛気くさい。

 陰気にひそめられた眉間、すぐに斜め下へずれていく視線、痛みを耐えるようにつぐまれた唇。


「み、みなさんが今まで271だと認識していたのは、妹……スゥという人格になります。妹がみなさんに迷惑をかけたことに関しては、深くお詫びいたします」


(やめてよ、姉ちゃん!)


 メンカの意識下でスゥが抗議の声をあげる。


(姉ちゃんを守るためにやったんだ、正しいことなんだ。謝る必要なんかない!)

(スゥは黙っていて。お願いだから)


 人格の出し入れはメンカが牛耳っている。

 スゥが会話を引っかき回さないよう、メンカは己の心の中に鉄格子をイメージした。


「……スゥはわたしが苦しみから逃れるために創り出してしまった人格です。わたしを守る、ただそのために動く存在。ですから、あの子にとってわたしがHCにされたのは耐えられなかった」


 だから地球に降下した直後、スゥはメンカの手綱を振り切って肉体の支配権を奪い、部隊から逃げ出した。都庁ではピンクを殺してでも逃げようとした。


「でも、それはスゥがそういう存在だからで、全ての責任は彼女を創り、制御できなかったわたしにあります。あの子を悪くいうのは、どうかやめてください」

「――じゃあ、あんたが代わりにケジメを受けてくれるわけか?」


 ピンクは肉食獣のような笑みを浮かべ、指をポキポキと鳴らす。


「それは少しだけ待ってください」

「はあ?」

「今のわたしはまだ弱くて、殴られればきっとスゥに身体を明け渡してしまう。わたしの代わりに殴られることはスゥにとって御褒美でしかありません。だから、わたしが痛みを自分で背負えるようになるまで待ってください。スゥもその方が苦しいはずです」


「どうやってそうなるつもりだ?」


「ラーディオスはわたしが動かします。戦いで感じる痛みは、全部わたしが引き受ける。もう逃げない。わたしが楽でいるためにスゥが苦しむのは、もう見たくないので。スゥには、ちゃんと言って聞かせますから。えっと、ですから――」


 メンカは喋り慣れていない。自分が何を言いたかったのかさえ見失う。

 ちゃんと伝わっているのか不安で仕方がない。


 しどろもどろになっているメンカに、不機嫌を絵に描いたような表情で睨みつけていたピンクもぷっと噴き出した。


「何が言いたいんだよ」

「……ですから、その……みなさんにとってわたし達は不気味でしょうけど、スゥはいい子なんです。どうか、仲良くしてあげて、くれませんか」

「いいぞ」

「え?」


 レッドがあっさりと承諾したので、メンカは開けた口を閉じるのを数秒間忘れる羽目になった。

 てっきり、レヴォルバーを取り上げられ拘束されるものとばかり考えていたのに。


「俺はさっきも言ったように屑親父だし、他の奴らも似たようなもんだ。おまけに人類の裏切者まで出やがった。多重人格くらい、なんでもねえよ」

「…………」


 ピンクが立ち上がり、辺村をメンカに放って寄越した。


「私はやられたらやり返さなきゃ気が済まないんだ。さっさと自分で自分のケツ持てるようになって、落とし前つけさせろよ」


 殴られたのは絶対忘れねえからな、とピンクはそっぽを向いて付け加える。


「じゃあ、これからもラーディオスで戦わせてもらえるんですか?」


 レッドは無言で一同を見回す。


「……俺は面倒臭がりなんで」


 最初に口を開いたのはブルーだ。


「部隊員が多重人格だろうが多重債務者だろうがどうでもいい。今更おまえを追い出したりして、誰がレヴォルバーを使うか揉める方が面倒臭い。やるんなら勝手に頑張ってくれ」

「ええー、みんなそれでいいのぉ? てっきりピンク173あたり、『ラーディオスに相応しいのは私だ』とでもいうと思ってたのに」

「じゃあおまえはどうなんだよイエロー188。あの化物に乗ってみたいか?」

「冗談」

「そういうこと」


「……休憩は終わりだ」


 レッドは工具箱を取り出し、メンバーに配る。

 もちろん、メンカにも。


蠍械獣MMBLM417から使えそうな部品を回収する。188と173は警護。その他は解体班だ。271、おまえも解体に回れ」

「了解です」


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