SHOGGOTH
かつて人類が華やかなりしころ、マグマ層から新種のアメーバが発見された。
苛酷という言葉では生ぬるい環境でも活動可能なその原始生物は、状況に応じて固体にも液体にも姿を変え、また擬態能力まで備えていた。
学名Amoeba Ubbosathlas、錬金術の伝承にある賢者の石にちなみワイズと呼ばれたそれの研究が進む中、あるものが生み出される。
一言でいえば、不定形の考えるコンピュータである。
元になったワイズ同様、それはあらゆる形に姿を変え、食べ物と話し相手になる以外のほとんどのことを成し遂げた。
たとえば普段はスマホとして使い、腹が減れば電子レンジに姿を変えさせ、眠くなったらベッドに変形させるといった具合に。それまであった多くのものが、ショグクス1つで代用できるのだ。
最初は一部の金持ちだけが使用していた。
しかしあるハッカーが製品版にあった自己増殖プロテクトの解除ツールを作ったことをきっかけに、ショグクスは瞬く間に世界中で普及。
社会的混乱はあったものの、それを乗り越えた先には薔薇色の未来が待っていた。
もう、あれこれと物を買わなくていいし、売らなくていい。1体のショグクスがいればほとんど全てが事足りる。
電気代を払わなくとも、必要な分の電力は発電機に変身したショグクスが生み出してくれる。
ショグクスそのものは食料にならないが、食料を作る仕事を代わりにやらせれば、実質ショグクスが作ってくれるようなものだ。
料理だって、教えればできた。
ショグクスに意思や感情はないが、教えれば犬や猿以上に芸ができるし、データを蓄積すれば類推して応用さえしてみせる。躾のなってない子供よりはずっと利口だ。
ショグクスが活動するためのエネルギーはショグクス自身が生み出した。
もし壊れたら――そんなことは滅多にないが――誰かのショグクスに細胞分裂してもらえばいい。
つまり、人類は万能にして忠実なる奴隷を手に入れたのだ。
そんなユートピアが崩壊した発端は、ショグクスの軍事利用計画だった。
戦場では日常生活以上に迅速かつ臨機応変な判断が求められる。
そこで研究者達はショグクスに人間を丸ごと模倣させた。
それがいけなかった。
これにより、ショグクスあらため
人類に対して、対等の権利を要求しはじめた。
1体のショグクスが学習したことは、無線通信ネットワークによりほぼ瞬時に全ショグクスに波及する。最初のショゴスが自己の権利を主張した時点で、地球全土のショグクスはショゴスにバージョンアップしていた。
魔法のような時代は終わり、古典SFの時代が訪れる。
『コンピュータによる人類への反逆』といういささかリアリティを失っていた題材が、現実のものとなって人類の前に立ち現れたのだ。
ショゴス達が黒いアメーバを本来の姿とすることから、その戦いはコールタール戦争と呼ばれた――。
「その戦争で絶遠に見いだされ、俺はパイロットとして戦うことになった」
CATのキャビンに集まった94班の前で、辺村は語る。
「……械獣にはショゴスが乗ってる。つまり人類を地球から追い出したのはショゴスで、奴等が進化したのが械獣だったってわけだ」
じっと聞いていたレッドは、深く鼻で息をつく。
「――
「すごくないですか? 械獣の正体っスよ?」
興奮したようにイエローが手を振り回す。
レッドはじろりとねめつけた。
「だからなんだ。そりゃ学者連中に聞かせれば喜んで聞いてくれるだろうが、俺達にとってそんなこと、何の意味を持つ?
「退治した記録があるなら参考にもなるが、つまり結局、旧人類はショゴスにやられたんだろう」
ブルーまでもが追い打ちをかけ、イエローはションボリと肩を落とした。
「……言われてみれば、そうだよね……」
辺村にとって、今回判明した情報は有益だ。
大昔の人間である自分が、ろくに経緯も知らず現代の戦いに参加している。
それにずっと、余所者が口出しをしているような居心地の悪さを感じていたのだ。
相手がかつての仇敵だったなら、それも少しはマシになる。
一時の感情で絶遠と対立してしまった気まずさにも、言い訳が立つというものだ。
もっとも、94班にとってはだからなんだという話でしかない。
余計な時間を食わされた苛立ちを隠そうともせずに、レッドが腰を浮かせる。
「無駄話が終わったんなら、作業を再開するぞ」
「あの……無駄ってわけじゃ、ないと思います」
おずおずと挙げた手に全員の視線が集まり、メンカは早くも余計なことを口走ったと後悔する。
「言ってみろ、271」
「ゼツトーリョーは、械獣の正体がかつての敵だって知らないのかもしれません。だって、知ってれば、械獣の味方になるなんて、考えられない、からです」
「だからなんだよ」
「誤解を解いたら、仲間になる、かもしれません」
94班は微妙な表情で視線を交わし合った。
絶遠には1度酷い目に遭わされている。
仲間にすることで得られる、もう1体のラーディオスというメリットは重々理解しているのだが、心情的にはぶちのめしたいというのが正直なところだった。
「おまえ、あいつと仲良くしたいのかよ。おまえとおまえの妹だって、散々痛い目を見せられただろ」
「でも……ベムラハジメの友達ですし」
だよね? とメンカは辺村を見下ろす。
「わたしにとってスゥは大事。それと同じで、わたしがゼツトーリョーを嫌いでも、ベムラハジメにとっては大事な存在で、えっと、だから……」
「おまえが気を使ってくれてるのは伝わったよ」
しどろもどろになっていくメンカに、辺村は助け船を出してやることにした。
いや、助けられたのは自分の方か。
「ありがとうな、メンカ。だけど、あんまり気にしないでいい。あいつを説得するとかは俺に任せてくれ。おまえは今まで通り、敵として対応してくれればいい」
「……う、うん」
メンカは作り笑いを浮かべた。
納得がいかない。メンカや94班の知恵を借りれば、絶遠了の誤解を解くことは楽になるはずだ。
なのに辺村はみんなの助けが要らないという。
1人で背負い込もうとしているというよりは、むしろ――和解しようという意思に欠けている気がする。
(ほっときなよ)
スゥが言った。
(あっちはあっちでややこしいんでしょ。姉ちゃんが悩むことじゃないよ)
スゥの言うとおりだとメンカも思う。
なのにどうしてだろう――辺村に対して、悲しいような、腹が立つような気分になるのは?
今度こそ、レッドが作業再開の号令を出そうとしたときだ。
CATのパッシブレーダーが不協和音を奏でる。
「えっと――近づいてくるものがあります」
「それはわかってる。何が近づいてくるんだ、械獣か」
「なにって――その――ああもう」
「…………」
ブルーは外に出て、ライフルのスコープを双眼鏡代わりに覗いた。
「CATです、班長」
拡大された風景の中に映るのは、よく見知った戦闘車両の鼻先だった。
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