あなたの愛に、つかまりながら


 あのクソガキ、とピンクが毒づくのを、ブルーはその日何回聞いたことだろう。

 だがあと3時間は、ヒステリー女の隣でハンドルを握っていなければならない。


「言うことはコロコロ変わるし、1人でブツブツ言ってて気持ち悪いんだよ、まったく」

「…………」

「家族のためって言うから、少しは見直してやったのによ」

「…………」

「おい、聞いてる?」


(……面倒臭い)


 ブルーの性格を一言で評するなら『怠惰』である。

 彼のことを寡黙に任務を遂行する糞真面目な男と思っている人間は多いが、それは誤りだ。

 怠け者と睨まれるのもそれはそれで面倒だから、最低限の役割を果たし、努めて内面を悟られないようにしてきた結果に過ぎない。


 だからキャンプKが壊滅したときは、これで帰れると内心小躍りしたい気持ちに駆られたのだが、班長の下した決定は任務の続行であった。


「そもそも271に、あれ、ラーディオスだっけ? 任せてていいのか?」

「……じゃあ、おまえが使うか?」


 いい加減、無視するのも面倒臭くなってきた。

 挑発混じりの言葉に、ピンクはちょっと考えて、それも嫌だな、と呟く。

 ブルーにしても同感だ。いくら強かろうが、得体の知れない武器を使いたくない。


「班長が乗ればいい」

「ラーディオスは喋れないんだろう。指揮を飛ばす奴がいなくなるのは困る。ハンドサインにしたって丸見えだ」


 内部に通信機を持ち込むこともできないらしい。

 ただでさえ物足りない戦力を減らすよりは、元々戦力として計上されない271に役立ってもらうのが1番だ。


 問題は、271を信用できるか、ということだが……。


「……そういえば、なんで械獣は本当のポイントKの場所がわかったんだろうな?」


 ピンクが唐突に話題を変える。

 確かにそれはブルーも疑問に思っていた。

 大切なのは械獣に知恵があるかどうかではなく、それを如何に利用したかだ。


「やっぱ、体温とかかな?」

「いや、それはどうだろうな。真・ポイントKには熱や電波対策の痕跡が残っていた」

「じゃあなんだ、超能力で人間を見つけたか」

「あるかもしれないな。械獣に関してわかっていることは少ない」

「何でもありなら、もう考えても仕方ねえってことじゃねえか」

「棚上げにして済む話ならいいが」


 ブルーは怠惰だ。

 だから、問題を放り投げた所為でもっと面倒な事態に陥るのは我慢ならない。


 もし今すぐスペース・ハビタットに帰れるなら、こんな疑問は一切の未練なく投げ捨ててしまえただろう。

 だが現実はそうならなかったし、今自分の頭に浮かぶ疑問は、最悪の状況をもたらす香りがプンプンしていた。


 ブルーの視界に薄茶色が広がる。

 CATのすぐ手前には、遥か先まで砂漠が広がっていた。


 あちこちの砂丘からタケノコのようにつきだしているものは、ビルの残骸だ。

 そのほとんどは砂塵に侵食されたか表面がボロボロで、いつ倒れてもおかしくないほどに傾いでいた。

 砂漠の中に街が作られたのではなく、街のあった場所が砂漠化したようである。


「おい、停めてくれ!」


 後部キャビンから辺村が叫ぶ。


「いいんですか、班長」

「無下に扱うわけにいかねえ、停まってやれ」


 ……面倒事じゃないだろうな。

 内心の不快感を日頃鍛えた鉄面皮で覆いつつ、ブルーはブレーキを踏みしめた。


 すぐに、レヴォルドライバーを巻いたスゥが車の外に飛び出す。

 身につけた迷彩服が、グリーンから黄土色に変化する。

 周囲の環境に反応して色を変える複合迷彩服が、都市用から砂漠地帯用へと切り替わったのだ。


「どうしたの、ベムラハジメ?」

「……ゆっくり、その場でぐるっと回ってくれ」


 そうして120度ほど回転したとき、ストップがかかった。

 スゥは足を止める。


 正面には、ひときわ巨大なビルの残骸がそびえ立っていた。

 その形状は――横倒しになったコ型の角柱は、辺村がよく見知ったものだ。


「……東京都庁じゃないか!」


 驚きのあまり、思わず言葉がついて出た。


「なに? トゥチョ・トゥチョ?」

「トウキョウ・トチョウだ」

「トゥーキョー・チョトー?」

「……東京特許許可局」

「トゥキョキョーチョッキョキョキャキキュ」


「……何ブツブツ言ってんだ。271はいつものこととして」


 レッドが歩み寄ってくる。


「班長。あの廃墟、ベムラハジメの知ってるところみたいです」

「この辺、詳しいのか」

「いや、詳しくはないが……」


 辺村は東京都庁――正確にはその上半分ほど――を見た。

 あんなもの、風に飛ばされてきたわけでもないだろう。

 だとすればこの砂漠は、かつて東京があった場所だというのか。


「……班長。ちょっと寄り道しちゃ駄目ですか?」


 突然、スゥが言った。


「あん?」

「ベムラハジメの知ってるとこですし。その、里帰り? みたいな?」

「駄目に決まってんだろ!」


 ピンクが怒声を飛ばす。

 スゥの脱走、キャンプKの壊滅。スケジュールは遅れる一方だ。

 何が得られるかもわからない寄り道など、受け容れられるものではなかった。


「俺ちゃんもちょっと遠慮してもらいたいかも。ほら、早くキャンプTに着いてメシを補給したいし?」

「オレはいいと思いますよ。古代人について新情報が手に入るかもしれないし」

「……どっちでもいいですよ」


 イエロー・ピンクが反対。ブラックが賛成。ブルーは棄権。

 スゥ自身と辺村を入れれば2:3で賛成多数となった。


「……わかった。ただし1時間だ」


 この先ラーディオスの力を借りるなら、ベムラハジメからの心証をよくしておいて損にはならないとレッドは判断した。

 もしかしたら、レヴォルバーがもう1つ見つかる可能性だってなくはない。


「よかったね、ベムラハジメ!」

「お、おう……」


 実のところ、都庁に縁も所縁ゆかりも思い入れもない。

 むしろスゥと初めて会った廃墟の方がまだ馴染みがあるくらいだ――と思ったが、笑顔を向けてくる少女に対して、辺村は何も言えなかった。

 

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