俺達に後退はない
いつの間にか、眠っていたらしい。蹴り飛ばされて、スゥは目覚める。
慌てて周囲を見ると、赤腕章がこちらを見下ろしていた。
「逃げなかったようだな。まずは誉めてやる」
「た、班長、その、キャンプKは――」
「わかってる」
「は!?」
「あー、班長、やっぱ駄目です、ろくなもん残ってないですわ」
探索に出ていた黄腕章と黒腕章が掌をひらひらさせた。
「班長は知ってたんですか」
命令されたことしかしないし、したくない、興味もないというスタンスの青腕章も、流石に説明を要求する。
ちなみに夜通し運転を担当していた桃腕章は車の中で睡眠中だ。
「ひどいですよ班長、仲間に嘘つくなんて」
「怒るな、俺も任務開始直前に知らされたんだ」
「ああ、出発直後のシークレットメール、そのことだったんですね。オレ、あれ気になってたんですよ」
「しかし、械獣相手にそんな小細工使う必要あるんすかね? まるで知的生物相手みたいに」
「あいつらは知的生物だよ。言葉も話さなきゃジョークもとばさんが、知恵はある。実際、俺達人間の浅知恵なんか見通して、本物のキャンプKがやられただろう?」
人間と同じように考え行動しないからといって、知性がないと断ずるのは人間の傲慢だ、と赤腕章は続けた。
「前回の、第3次降下隊のことは知ってるだろう。奴等が電離層に細工をした所為で、ほとんどの降下部隊が戦うことなく全滅した。そういう知恵をあいつらは持ってるし、各種族でバラバラに動いていても脅威が迫れば人間よりずっと素直に結託する。この作戦をただのデカい害虫駆除だと思ってるようなら、てめえら生きて帰れねえぞ」
部下達の表情が引き締められる。
その緊張をほぐすかのように、間抜けな欠伸声が響いた。
「あー。たいちょー、おはようごじゃーまふ」
桃腕章が車から降りてきた。
メンカは無意識に赤腕章の影に隠れる。
だが桃腕章は気の抜けた顔で目をしばたたかせながら、ぼけっと周囲を見回すだけだった。
髪には寝癖がいくつもついている。
「あでー? きゃんぷけーはぁ、どーなったんですかー?」
「ここ、ダミーなんだって」
「だみー? あー、だみー。あー、だみーね」
まったく話の内容を理解できていないようだ。
だが戦闘時でもない限りは、普段の苛烈な生真面目ぶりより、むしろこっちの方が助かるというのが男達の正直な気持ちだった。
「……とにかく、真のポイントKに行くぞ」
その車中で、辺村と兵士達は互いに自己紹介し合う。
やはり彼等もスゥやメンカのような番号を名前としていたので、辺村は彼等を腕章の色で呼ぶことにした。流石に5人分1度に呼び名を考えるのは面倒臭い。
腕章の色分けは兵科の違いを示しているらしく、これから先、何人もの赤腕章や青腕章に出会う確率は高かったが、まあ、その時はその時になってから考えよう――と辺村は匙を投げた。
残念ながら、最も聞きたかったこと――今が西暦何年に当たるのかはわからなかった。
「俺の曾祖父さんの頃には、もう人類はハビタットで暮らしてた」
最年長の
だいたい200年くらいか、と辺村は目星をつける。
その間放置されてきたにしては、建物の傷み方が少ない気がするが。
「旧人類は宇宙からやってきた昆虫だか菌類だかに負けて、宇宙に逃げた。で、帰ってきたらそいつらじゃなく械獣がのさばってたってわけだ。それ以上のことは歴史学者に訊いてくれ。俺達みたいな働き蟻は、大昔のことより今現在で手一杯だ」
「……宇宙からの昆虫……」
忘れはしない。
辺村の脳裏に、あの醜悪でおぞましい生物の姿はまだ焼き付いている。
「……やっぱりあいつらが」
「知ってるのか?」
「何を隠そう、人類史上初めて、その宇宙昆虫を撃破したのが俺だよ」
身体があれば胸を張っていただろう辺村に、レッドは薄笑いを浮かべた。
「そいつはすごい。しかし残念だが、その経験を生かす機会はないかもな。地球降下作戦がはじまって以来、その宇宙昆虫は1度も人類の前に現れていない」
「……そうなのか」
「俺達の標的はあくまで械獣。より正確に言えば、ポイントFX――械獣の巣の1つを破壊することだ」
「巣……?」
「ああ。巣というか、生産工場のような場所だ。そこを反陽子爆弾で木っ端微塵に吹き飛ばす」
レッドは意味ありげにスゥを見る。
その視線に気づき、辺村は大きな声で宣言した。
「悪いが、スゥを人間爆弾にするつもりはない」
「なんですか、その『スゥ』って?」
「ああ、ベムラハジメはあたし達の名前が覚えづらいみたいで。あたしのことはスゥって呼んでるんです」
「……なるほど」
何がなるほどなのか、
「言っておくがベムラハジメ、首輪を無理に外そうとはするなよ。その瞬間、ボン! ……だ」
「鍵は?」
「そのガキの死亡が確認されたときは、自動的に外れるようになっている」
「……あんたら、本当に、可哀想とか思わないのか」
「こっちとしてはポイントFXさえ吹っ飛ばせればなんでもいい。で、そのために必要な弾薬や食料をキャンプKで受け取るはずだったんだが……」
結論からいうと、その目的は半分しか達成できなかった。
綺麗に吹き飛ばされた真のキャンプKには、わずかな弾薬のみが焼け残っているに過ぎなかったのだ。
「まあ、期待はしてなかったがな」
「弾薬より、食い物が残っててほしかったよ……」
「つか、食い物なし、ちょっとの弾薬、援軍ゼロで作戦続行は無理でしょ?」
「もうこれ、帰った方がよくありません?」
「そういうわけにもいかねえだろ」
すっかり普段通りの
「
降下隊員の評価は、そのままスペース・ハビタットにいる家族への補償に反映される。
だからこそピンクはヒステリックなまでに一生懸命だ。
家族のおられる方は大変ですなぁ、とイエローはぼやき、余計ピンクに睨まれる羽目になった。
「もういっそ、ラーディッシュだっけ? あれ持ち帰るだけで勘弁してもらおうよ」
「ラーディッシュじゃなくてラーディオスな」
「とにかく、帰るのはなしだ」
レッドが断言する。
「なんでですか!? 帰ればいいじゃないですか!」
指揮官に対して真っ先に反対を表明したのは、スゥだった。
「そもそも械獣工場を1つ潰したくらいで何も変わりませんよ! 命あっての物種じゃないですか!」
「おい!」
ピンクがスゥの胸ぐらを掴む。
「昨夜と言ってることが違うじゃねえか? ハビタットに家族がいる、そう言って
「あたしは最初から……!」
「やめねえか!」
レッドの一喝が飛ぶ。
ピンクは大きく息をついて、突き飛ばすようにスゥから手を離した。
「指揮官は俺だ。俺が作戦続行だと言ったからには続行なんだよ。それに忘れたのか? 今の俺達には人型械獣がある。単独でも、ポイントFXの破壊は可能だ」
「ラーディオスだ」
「わかったわかった、ラーディオスラーディオス。ベムラハジメ、人間だというなら協力してもらうぞ。かまわないな?」
「ああ」
地球を人類の手に取り戻すために戦うのならば、辺村に異存はない。
「まずは食糧弾薬の補給だな。187、近くのキャンプは?」
「砂漠地帯を越えたところに、キャンプTがあります。ダミー地点でなければ」
「192、運転しろ」
「……やれやれ、ウチの大将はまだやる気か。人型械獣が手に入って、よかったんだか悪かったんだか」
「何度でも言うが、ラーディオスだ」
「はいはい」
イエローはあからさまにガッカリした様子を見せ、ブルーもまた憮然とした表情を浮かべる。
スゥもまた自分の腹部を見下ろし、唇を尖らせた。
「……ベムラハジメなんか、拾うんじゃなかった……」
「ちょっと傷つくぞ、それ」
メンカがラーディオスのことを話さなければ、レッド達は任務続行をあきらめたかもしれない。
そう考えるとメンカを悪者になってしまうので、スゥはレヴォルバーが呪いのアイテムなのだと思うようにした。
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