第3話「砂に潜むもの」~蠍型紅閃械獣ギルタブリュウ 登場~
無情の楽園
「ねえ、ここ、キャンプKで合ってるんだよね?」
「地図によると」
レッドからもらった地図の写しと目の前の光景を、メンカは何度も見比べる。
スゥ達以前の地球降下兵が集まる駐屯地、キャンプK。
だがそこにあったのは、空っぽのテントがいくつかのみ。
百人近くいるはずの兵士達は1人もいない。
「俺にも見せてくれ」
レヴォルバーのコンピュータに、地図と周囲の地形を比較させる。
「……少なくとも、地図で指定されたポイントにいるのは間違いない」
「じゃあキャンプの連中、どこ行ったのさ?」
「地図の指定そのものが間違ってるんじゃなきゃ――ここがダミーって可能性だな」
「ダミー?」
「つまりこうだ。ここに目立つテントを置き、械獣が寄ってきたところで――、地雷か爆弾でドカーン!」
メンカは思わず足元に目を走らせた。
「じゃあ、本物のキャンプKは?」
「蝙蝠械獣が山を爆撃していっただろう。たぶんあそこだ。あそこからなら、ここの様子を監視できる。爆弾を埋めていたとして、その起爆タイミングを計るのにちょうどいい」
「それが正解として、なんで械獣は本当の位置がわかったのかな?」
そもそも、何故同じ人間に対して嘘をつくのかさえスゥにはわからない。
ハビタット側に、械獣側へ情報をリークするスパイがいるとでもいうのか。
械獣と人間の間で意思疎通が成立したという話など、スゥもメンカも聞いたことがない。
「どうする、本当のキャンプKに行ってみる?」
「こんな真っ暗なのに登山か? 危険だぞ。お仲間が来るのを待った方がいい」
お仲間ね、とスゥは皮肉げに口を歪ませた。
「ねえ、ベムラハジメは姉ちゃ――あたしが自爆するのには反対なんだよね?」
この期に及んでまだスゥは姉の存在を隠そうとする。
メンカもまた、執拗に辺村の視界に入ってこない。
2人の頑なさに少し悲しくなる辺村だったが、今はまだ彼女達の嘘に乗ってやることにした。
「ああ。特攻なんて反対だね。おまえらの親や周りの大人は文句言わないのか?」
「言わないよ。だって、きっと知らないから」
「知らない? 隠蔽されてるってことか……」
「ははっ! 情報隠蔽とか、陰謀論じゃあるまいし!」
スゥは笑った。
「子供が爆弾首輪で特攻して死んでますなんて陰惨なニュース、誰が好んで見るの? みんなが興味あるのは、どこかで子犬が生まれたとか、そういうストレスフリーな話題だけだよ」
自分達が嫌な気分になるニュースは見ない。
だから知らない。
そして、知らないということは存在しないということだ。
ジャーナリストだって、PVの取れない記事なんか取り扱いはしない。
ある意味で、スゥ達は既に死んだ人間なのかもしれなかった。
「ハビタットにいる人達で、降下部隊が具体的に何をしてるか知ってる人はいないんじゃないかな。知れば知るほど心配事の種が増えてストレスたまる一方だし、そもそも心配したってどうしようもないんだから、最初から考えることさえしないと思う。時間の無駄だから」
「家族は? 心配するもんじゃないのか? ストレスが嫌とか、考えても仕方ないで割り切れるもんなのか……?」
「センチメンタルだなぁ、ベムラハジメは。ま、あたしみたいなHCの場合、元々穀潰しだからね。逆に清々してると思うよ」
きっと「HC」が「いじめ」や「セクハラ」「差別」になっても同じことなのだろうと辺村は思う。
世界が素晴らしいものだと思い込むために、素晴らしくないものの存在は封殺される。存在しないからセーフティネットもない。
自分が「素晴らしくないもの」になったらどう思うか、どうするかなんて考えもしない。
「……ディストピアめいてるな」
「ま、もう帰りたくても帰れないんだから、あたしにとっちゃどうでもいいけどね」
「家族に会いたいとは思わ――」
「あたしの家族は姉ちゃんだけ」
辺村の台詞を遮るように、スゥは言った。直後に慌てて姉はいないと誤魔化す。
深い確執があるらしい。この話はタブーだな、と辺村は肝に銘じる。
「それでさ――、このままバックレない?」
「はあ!?」
声をあげたのはメンカだ。
「何を言ってんの、あなたは」
「姉ちゃんはお人好しすぎるよ。あんな奴等のために戦うことなんかない。あの蝙蝠械獣を倒したんだ、義理は果たした」
「だからって、みんなと離れてどうやって生きていくの。食べ物は? 医薬品だって――」
「『ジェローム』を見つければ、なんとかなるかもじゃん!」
「またそんな、都市伝説!」
「……あの」辺村は姉妹の会話に割って入る。「話が見えない」
「ええと、ジェロームっていうのは、HCの間に伝わる都市伝説です」
「そう、HC制度を許せない大人が、地球でHCの子供達を解放するために動いてるって話」
そんな奴もいるのか、と辺村はほっとした気分になった。
人間を爆弾にすることについて誰1人おかしいと思わないなら、いっそスゥの言うとおり、この世界の人類を見限るのもありだと思う。
「その人はハビタットで与えられた名前を拒否して、自分でつけたジェロームって文字の羅列を名前として使っている、らしいです」
「あたしはベムラハジメがジェロームかと思ったんだけど。ほら、HCに反対したし、よく考えたら名前も同じような感じだし」
「…………」
スゥ達ハビタットの人類にとって、人名とはすなわち番号であって、辺村が使うような従来の名前は、ただの意味を持たない音の連なりでしかない。
ジェロームと名乗る人物は自力で旧世界の命名法則に至ったのか。
あるいは何者かにそう名付けられたのか。
辺村には判断がつかない。
「残念だが俺はジェロームじゃないし、そんな名前の人物に心当たりはない」
だよね、とスゥは肩を落とした。
「ジェロームという人物がいたとして、手がかりは何もない」
可能性の低い希望にすがることを自戒するように、メンカは言う。
「広い地球、闇雲に探して見つかるわけないでしょう。あなただって本気で実在すると信じてるわけじゃないよね?」
「そう――だけどさ」
「それに母さんはどうする? わたし達が脱走兵になったら、ハビタットにいる母さんに皺寄せが――」
「あんな奴、どうでもいいよ!」
怒鳴ってから、メンカが怯える気配を察してスゥは自己嫌悪に襲われる。
(あたしが姉ちゃんを怖がらせてどうすんだ)
「ごめん、スゥ。あなたがわたしのためを思ってくれるのはわかってる。嬉しい。けど……」
「……うん、わかってる。姉ちゃんは優しいもんね」
スゥは両手を挙げて、降伏を示す。
「まあ、安心しろよ、スゥ。俺がいる限り、おまえやお姉ちゃんが自爆しなくたって、械獣の巣は破壊してみせるぜ」
「……ありがと、ベムラハジメ。……って、お姉ちゃんとか、いないし」
「この期に及んでまだ隠すか……?」
辺村とスゥの口喧嘩をBGMに、メンカは思索に耽る。
もしポイントFXを破壊した後も、なおも長らえることともなれば。
自分はそれからどうやって、何をして生きればいいのだろう?
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