『姉』と『妹』と缶詰の脳と械獣
建物全体がぎしぎしと軋む。
「地震――」
「ひゃああああああ!」
少女は頭を抱えてうずくまった。
顔面が蒼白だ。
「なんだよ、7T……なんだっけ、驚きすぎだろ。地震、初めてか?」
「こ、これが、地震……。うん、シミュレーションとは、同じ、だけど……」
顔を上げ、しげしげと周囲を見回す妹は、その瞬間2度目の震動に襲われ、悲鳴をあげた。
「落ち着け、震度はたいしたことない――とは言ってられんな、この建物の傷み方だと」
揺れは一向にやむ気配がない。
天井からパラパラと降ってくる小石に妹は生存本能のざわつきを感じる。
小動物の群れがわめき立てながら逃げていく。
あと少ししたらこの老朽化した建物は崩れてしまう――確信にも似た予感が胸をよぎる。
械獣に食われるのは嫌だが、生き埋めだって嫌だ。
「姉ちゃん、逃げるよ!」
「ん? おまえ今、姉ちゃんって」
「ベムラハジメは黙って!」
出口を求めて姉妹は走り出す。
揺れはひどくなる一方だ。どこかで大きな音がして、土煙が襲いかかってきた。
どうやら一角が完全に崩れたらしい。
「げっ――」
倒壊した天井が、姉妹の通ってきた道を塞いでいた。
「ちょ、これ、どっちに行ったらいいの!?」
「わからない……!」
松明が揺らぐ。発火棒の残量は少ない。ここで明かりを失ったらアウトだ。
押し潰されなかったとしても、右も左もわからない闇の中に閉じ込められる。
もちろん救助隊など来ない。
「……俺、この場所、なんか既視感がある」
辺村が呟く。
「ホント!?」
「知ってる場所に似てるってだけなんだが」
「いいよ、もう、それで! 出口! 早く!」
「わかった――とりあえず回れ右してまっすぐ」
「OK、回れ右」
「それ左な」
地下空間は、戦争が始まるまで辺村が通っていたバイト先の最寄り駅にひどく似ていた。
いや、似ているなんてものじゃない。
ひどく荒廃していることを除けばそっくりそのままだ。
(やっぱり、俺がいるのは別惑星でも異世界でもなく――)
「見えた、出口ッ!」
黒いボードに貼られた写真のように、目指すべき
松明を投げ捨て姉妹は疾走。階段を一気に駆け上がり、転がるようにして外に出た。
遺跡が倒壊する。姉妹が夕陽の下に身を投げたわずか2秒後だった。
背後から吹き上げた噴煙が華奢な体躯を吹き飛ばす。
瓦礫の堆積した大地に伏せた身体を、新しく生まれた小さな瓦礫が叩いていった。
朦々と立ち上がる土煙が気管に入り、大きくむせる少女達。
顔はすっかり泥だらけだ。
しかしその口元には、命を拾った喜びの笑みがある。
「助かったよ……。サンキュ、ベムラハジメ」
「いや、どうかな」
「え?」
風が砂煙のブラインドを吹き払う。
そこには、少女達の背丈よりずっと大きな鉄の塊が、全部で4体、姉妹を取り囲むように鎮座していた。
「械獣……!」
「カイジュウ?」
少女達を追っていた械獣は――
ここに来て彼女等も理解する。
さっきまでの揺れは地震ではなかった。
獲物を外に誘い出すための、械獣達の罠だったのだ、と――。
Tkrrrrrrry、Tkrrry――――。
威嚇か、それとも仲間と会話しているのか、蜘蛛達は金属をひっかくような電子音声を発する。
蜘蛛の1体が口から何かを発射。
宙でぱっと広がったそれは、蜘蛛の巣状の網だ。
粘着性をもった網は少女達に覆い被さり、動きを封じた。
「やばっ……!」
もがく獲物を見下ろし、別の蜘蛛が先の尖った脚を振り上げる。
その一撃は人体など容易く切断すると、彼女達は知っている。
姉は悲鳴をあげた。
妹は無力な自分を呪う。
そして辺村は、叫んだ。
「――レヴォルバーを抜け!」
「!?」
妹は己の腰を見下ろす。
「レヴォルバーを抜くんだよ!」
辺村には、この世界がどういう場所なのかわからない。
あの地下施設はともかく、械獣という名称も、その姿も、初めて見るものだ。
遙かな未来か、別の星か、あるいは異世界か。
この世界は辺村の知るそれとは大きく異なっていて、余所者が口を挟むべきではないのかもしれない。
しかし――今まさに命を奪われようとしている少女を見殺しにするなんて、絶対に嫌だ!
自分が収められているこのマシンを、辺村は少女達のために使うと決意した。
だがそれも、彼女達が辺村を信じてくれればの話だ。
今の彼には指1本動かす自由さえないのだから。
「ベルトに刺さってるバーを抜くんだ。早く!」
こんな時に、宇宙で散っていった仲間達の姿が思い浮かぶ。
「――早く!」
姉妹は悪戦苦闘しながら、同時にベルトのバックルへと手を添える。
そこに差し込まれている
反動で『く』の字に折れ曲がったその外観は、先端にスケルトンキーに似た歯のついた、銀色の
「抜いたよ、次は!?」
「空に向けて
「――
『三千世界を革命する力、今ここに!』
――刹那、大地が爆ぜた。
「…………!?」
舞い上がった土砂による生き埋めを免れた蜘蛛械獣達の瞳が、遥か頭上へ向けられる。
その視線の向けられる先には、周囲の遺跡よりも背の高い影が、夕陽をさえぎっていた。
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