第29話 漫画あるあるな展開

スタバを出ると、柴田君はどこかに電話をかけながら、前を走り行く車をキョロキョロと見た。

時間がまだ早いからかタクシーはすぐつかまった。


「椿ホテルまでお願いします。」


椿ホテルといえば、確か江戸川橋あたりにある高級ホテルだ。


「もしもし、コウジです。昨日1人に変更したディナーですが、やっぱり2人でお願いしてもいいですか。・・・はい、それでもいいです。ありがとうございます。ではよろしくお願いします。」


柴田君の名前ってコウジだったんだっけ。


下の名前を意識したことがないので知らないし、漢字も思い出せないが、コウジというのは何となく予想外だった。



苗字ではなく名前を告げるということは、それなりに常連客という感じがするが、向かう場所は一流のホテルだ。


「・・・どこ行くの?」


もしかしたら、椿ホテルの近くのレストランなのかもしれないと思い、念のために訊いてみた。


「それはまだ内緒です。」


「椿ホテルの近くのお店?」


「着けばわかりますから。」


どうやら今の時点で情報はもらえないらしい。





タクシーは言われた通り、椿ホテルのエントランスに着いた。




タクシーから降りると、ドアマンのお兄さんが暖かな笑顔でタクシーのドアを開けてくれた。


そして、柴田君の姿を見るなり、ドアマンのお兄さんは「コウジさん、お帰りなさい。」と言ったのだった。


コウジさん?


お帰りなさい??


困惑している私をよそに、柴田君は当たり前のように「こんばんは、松尾さん。」と挨拶をしたのだった。


横顔に私の強い視線を感じたらしく、長身の柴田君は私をチラッと横目で見ると、私の耳元に近づき、小さな声で言った。


「あとでちゃんと説明しますから。とりあえず普通に振る舞っておいて下さい。」


ここに来るのは初めてだが、大きなクリスマスツリーとデコレーションで、天井が3階くらいまで突き抜けているらしいエントランスはキラキラと輝いていていた。


「ここで待ってて下さい。」


そう言うと、柴田君はすっとした背筋の従業員たちがいるカウンターへと向かった。


一番偉そうな、すなわち支配人っぽい雰囲気が漂う人が、柴田君と目があうなり、会釈し、話を始めた。




なんとなく、展開は見えてきた。


見えてきた気はするが、まるで何かの漫画に出てきそうなシチュエーションすぎて、まさかそんなわけないよな、と自分を言い聞かそうとした。


しばらく話をすると、支配人から鍵を受け取った柴田くんがこちらへ戻ってきた。


支配人らしき男性は、カウンターからさっきと同じ会釈を私に向けてくれたので、私もは軽くお辞儀をしながら会釈した。




私はとりあえず黙って柴田君について行くことにした。


本当は今すぐにでも聞きたかったのだが、周りには何人か他の宿泊客か、レストランに来ている人たちが同じくエレベーターを待っていた。


周りに人がいる中では、話してはいけない内容だということは、暗黙の了解のような気がした。


エレベーターに乗ると、柴田君は、34階のボタンを押した。


最上階は35階、ここはレストランになっているらしく、私たち以外の人は、35階にあるモダンフレンチのレストランに行くらしい。


クリスマスを高級ホテルの最上階レストランで過ごすに見合った格好のと年齢の人たちばかりで、私たちのこの仕事帰りの格好と年齢はかなり浮いていたことだろう。


34階に着き、柴田君がエレベーターから降りると、私も同じように続いた。


迷うことなく、柴田君は静かな広い廊下を足早に進むので、私もとりあえずその後ろを歩いたが、私は動揺した気持ちを隠せなかった。


「ねぇっ!ちょっとっ!柴田君!一体何なのこれは。」


廊下があまりにも静かなので、自然と小声になる。


私の方を見るように一瞬振り返ったが、歩くスピードは変えず、「もうちょっとです。」と答えただけだった。


そして、柴田君は一番奥にある扉の前で止まると、鍵を差し込んだ。


非現実的すぎるせいか、その鍵はもしかしたら開かないんじゃないかと思ったが、鍵はガチャという音を鳴らすと、その重そうな扉は開かれた。


柴田君は扉を抑え、「どうぞ」と言うと、私に先に入るように手を出した。


私は、恐る恐る、ゆっくりと中に入った。


そして、そこには、今までには見たことのない、超贅沢なスイートルームとでも言えばいいのだろうか、高い天井には豪華なシャンデリアがぶら下がり、真ん中にはグランドピアノが堂々と佇んでいた。


奥には大きなガラス張りの窓が東京の夜景を映し、バルコニーにはジャグジーも見えた。


私はその煌びやかな光景と、漫画のような展開に、ただただ言葉を失った。


柴田コウジ、いったい何者??

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