第28話 惨めすぎる話
朝の支度をしている時、ドレッサーの上に置いてあった手帳を取ろうとすると、小さな何かが落ちて、フローリングの床に音を立てた。
それは、亮からもらった、あの指輪だった。
長い間、つけていなかった。
クリスマスの日に、元カレからもらった指輪をつけるなんて、まっぴらごめんだと思い、引き出しの中に仕舞おうと思った。
だが、そのデザインはやっぱり可愛くて、ふと、この前渋谷駅前で見た、アンベリールの広告を思い出した。
やっぱり、あの指輪、自分ででも買えばよかった。
何にも装飾されていない指を見て、なんて悲しい手なのだろうと思った。
仕事ばかりに追われて、パソコンのキーボードを打つことばかりに忙しい手。
愛されている証の指輪どころか、最近、男の人にさえ触れていない。
手を繋ぐと感覚も、抱きしめる感覚も、この手はもう忘れてしまっている。
私は、指輪をゆっくりと右手の中指にはめた。
薬指のサイズで作られているから、少々きついが、入らないわけではない。
最近は、宮川さんのおかげで、亮のことも、考えなくなるようになった。
私は別に、未練があって、これをはめるんじゃない。
ただ、このデザインが好きなんだ。
別に、貰った人のことは、関係ない。
私は、今つけている、このピンクサファイアの指輪のことを話そうか迷った。
私の視線の先を鋭く見た柴田君は、「その指輪、何かあるんですか?」と訊いて来た。
私は周りを見渡して、柴田君に少しだけ顔を近づけて、話し始めた。
「私が言ったら、柴田君も教えてよ?」
「約束します。秘密も、絶対守ります。」
まっすぐな柴田君の目を信じ、私は指輪のことを、話した。
「惨めでしょ。」
話終えると、大きくため息が出る。
しかも、どうしてクリスマスの日に、こんなことを、会社のメンバーに話してるんだろうか。
「うーん、そうですね。」
いやいや、そんなことないですよ、とかちょっとは否定してよ。
余計に惨めになるし。
「で?今度は柴田君の番だよ。」
「わかりました。じゃあ行きましょう。ちょっと遠いんで、タクっていいですか?」
時間もそろそろ8時になろうとしていた。
「支払いは俺がするんで。真淵さんは、俺についてきてください。」
一体、どこに行く気なのだろうか。
やっぱり読めない、この人のこと。
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