第26話 クリスマス、予定なし!
ついに、やってきた。
金曜日が来るのが嫌なのは、もしかしたらこれが初めてかもしれないとすら思った。
クリスマスとはいえ、仕事が忙しい人からすると、恋人がいても、そもそもあまり関係ないものなのかもしれない。
私は今日もがっつり残業する勢いで、宮川さんのアシスタント業務に徹底すると意気込んでいた。
仕事熱心な宮川さんのことだから、クリスマスなんて関係なく、いつも通り、何かしら急遽必要な資料集めをお願いしてきたりする、そう思っていた。
思っていた、のにだ。
外出先からも戻って来る気配はないし、メールも電話もこない。
『宮川さん、お疲れ様です。今日必要な資料やデータがあればご連絡ください。』
私からメールを送ってみると、すぐに返事がきた。
『真淵、お疲れ様。
今日は、特に急ぎのものはないです。
俺もこのまま帰宅します。
今日くらい、残業しないでいい夜を過ごしてください。
メリークリスマス。
また来週。
宮川』
予想していなかったメールの内容を、私は何度も読み直した。
違う人が送ったメールか、宮川さんが誰かに送ろうとしていたのを、私に誤って送ってしまったのか。
そんなことを考えようともしたが、メールに書かれている名前は合っている。
宮川さんが、こんなに粋なことをしてくれる人だとは、微塵にも想像していなかった。
そういえば、日本酒バーで柴田君が言っていた。
そのうち素の宮川さんが垣間見れて面白い、
器用に見えて不器用だけどいい人、と。
『宮川さん、お気遣いありがとうございます。
宮川さんも素敵な夜を。
メリークリスマス!
真淵』
とりあえずお礼は伝えておいたが、だ。
さて、じゃあどうしよう。
仁は、友達の埋め合わせで、クリスマスコンパだかなんだか入ってるって言っていたし、千秋も何か予定が入ってる、みたいなことを言っていた。
私のクリスマスの予定は、さっぱりきれいに、なくなった。
チーン。
なんと適切な表現だろう。
フロアを見渡すと、いつもよりも、やっぱり少ない気はするが、もちろん残業している社員がいた。
柴田君もそのうちの一人で、突然立ち上がった私を、遠くのデスクから見ていた。
視線が落ちたかと思うと、私の黒iPhoneが鳴った。
『なんでクリスマスに残業してるんですか』
送り主は、もちろん柴田君だった。
『うるさい。そっちこそ早く大阪いかなくていいの?』
『今年は東京で過ごす予定だったんですけどね。昨日振られました。』
メールを読むなり、デスクから目を合わせた。
いつもと変わらない、まっすぐとした無表情。
でも、事情を知っているからか、その顔はひどく悲しそうにも見えた。
私はいつから、柴田君の無表情を分類できるようになってきたんだろうか。
どう返事をしようか考えていると、再び柴田君からメールがきた。
『何もなければ、外、出ません?俺はあと30分位で出れます。今度は真淵さん行きたいとこ、付き合いますよ』
行きたいとこって、いいお店って今日は絶対いっぱいじゃん。
とりあえず、同時に会社を出るのは嫌だったので、先に会社を出て、近くのスタバに入った。
携帯で近くのレストランをとりあえず探してみた。
だが、行きたいと思うお店なんかに行こうものなら、幸せそうなカップルたちで埋め尽くされていて、そんな光景、どうしてわざわざ目の当たりにしに行きたいと思うだろうか。
そんな、無意味なこと、意地でもしない。
『民の音 渋谷道玄坂店 〒150-0043 東京都渋谷区道玄坂2-OO-XX 道玄坂ビル5F 050-000-XXXX 』
何の飾り気もなく、ただネットから拾ってきたチェーンのお手頃居酒屋の情報をそのままコピペして送った。
ここなら、店内も広いし、2人分くらいの席は空いてるだろう。
『もうお店にいますか?』
すぐに柴田君から返信があった。
神南のスタバにいると伝えると『そこにいてください。すぐ行きます。』と返事があり、柴田君は5分足らずで、なんとも怪訝そうな表情をしながら現れた。
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