第19話 後輩・柴田君
2つ年下の後輩にあたるのだが、営業の成績は優秀、堀さんと宮川さんからも期待されているのがわかる。
だが、だからといって調子に乗るタイプではないようで、会議中に褒められたりしても、笑顔を見せたりしない。
それ位は当たり前と思っているのか、それとも自分の成果に納得いっていないのか。
いまいち何を考えているのか読めないタイプで、いつもクールに淡々と仕事をこなしている。
事実、まだ1度も笑っているところを見たことがなく、愛嬌があって気に入られる営業というよりは、頭脳派プレイヤーらしい。
そのせいもあってか、黒縁の眼鏡が誰よりもしっくりしているような気がする。
もうちょっとで目に入りそうな長さの黒髪ヘアーも、柴田君の表情をさらに隠しているのかもしれない。
今まで仁のような愛嬌あるタイプに慣れているせいか、柴田君のような掴み所のないタイプは少々苦手だった。
柴田君は誰かに電話をかけようとしていたが、私の姿に気づくなり、それを止めた。
私も、階段を登る足を止めた。
「大丈夫ですか、真淵さん。」
落ち着きのある低い声が非常階段に響いた。
泣いていたことがバレただろうなと思いつつ、無言で頷いた。
「宮川さんにつきっきりで大変ですよね。僕も何か力になれればいいんですけどね。すみません。」
私はすかさず首を振った。
「私が力不足なだけだから。」
二人の間に、少しだけ沈黙が佇んだ。
「ごめんね。変なところ見られちゃった。私もう大丈夫だから、戻るね。」
私は、立ちすくむ柴田君を横切り、念の為にもう1度涙を拭ってからオフィスに戻った。
この時、柴田君はその場しのぎで力になれれば、と言ったのだと思った。
だが、金曜に行われた第3チームのミーティングの最後に、柴田君は「あの。」と切り出したのだった。
「真淵さんの歓迎会、まだやってないですけど、もう2ヶ月経ってますし、そろそろ企画するのはどうでしょうか。」
「あぁ、そうだな。じゃあ来週か再来週あたり柴田企画しといてくれる?」
堀さんが言うと、柴田君は、わかりました、と答え、スケジュール帳にメモをした。
「さっきは、ありがとう。」
会議室からデスクに戻る時、前を歩いていた柴田君に小さく声をかけた。
柴田君は私の顔を見ると、「焼肉か肴のうまい店、どっちがいいですか?」と訊いてきた。
私が肴かな、と答えると、柴田君は表情を変えることなく「わかりました。じゃあ探しておきます。」とだけ言い、足早にオフィスの外へと出て行った。
クールというか、いまいち愛想に欠ける奴、それが私の柴田君への印象だった。
だが、それはオフィス内の仮面をつけた柴田君だということを、私は後に知ることになった。
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