第18話 本気、出してる?

結局、新しい部長となる堀さんとは、金曜日の15時までミーティングを設定することができなかった。


和田さんも同席の予定だったのだが、結局3人の都合が合う時間が見つからなかったので、堀さんと2人で行うこととなった。


希美ちゃんとの引継ぎはほぼ終わり、私は月曜から、正式に第3グループの営アシとなる。

 

大阪に異動することになった第3の営アシとも、月曜からちょっとずつ引継ぎを行ってきていた。


あと少しだけあるが、今日中には問題なく終わりそうだった。

 

15時5分前になると、堀さんのオフィスまで足を運んだ。


堀さんとは、営アシが発足したばかりの頃に繰り返し行われたミーティングで話した以降、挨拶程度しか話したことがなかった。


ミーティングでも直接話しをした、というようなレベルではないせいか、やはり少し緊張した。


ガラス越しの堀さんはパソコンに向かい、私の姿には気づいていないようだった。


ドアをノックするとやっとパソコンから目を離し、どーぞ、と大きな声で言った。


「ごめんなー。なかなかミーティング設定できなくて。」


肩幅が広くて大きな体は、昔ラグビーでもしていたのかと思わせるような体型だった。


低くて大きな声は、怒鳴られるとかなり迫力がありそうだ。


「来週から、よろしくお願い致します。」


頭を下げると、堀さんが椅子に座るよう手で椅子を指差した。


堀さんは、メールを印刷した紙に目を落としていた。


どうやら和田さんが、私が携わってきたプロジェクトなどをメールしていたらしい。


そのうちのいくつかの詳細を少しだけ聞いてくると、堀さんはこれから第3の営アシとしての業務を話し始めた。


基本的には第3チームのトッププレイヤーである宮川さん、という営業のアシスタントを中心にやってほしい、とのことだった。


宮川さんが現在抱えている案件は、和田チームのトッププレイヤーが抱えている案件数の2倍以上あるらしい。


「ということは、だ。今までの2倍、3倍、4倍以上に頑張って貰わないと、うちのチームではやっていけないってことだ。」


堀さんはじっと私の目を見据えて言った。


プレッシャーのある言葉に、私は、はい、頑張ります、としか言えなかった。




荷物を第3チームのデスクに、正式に第3の営アシとして仕事がスタートした。


聞かされていた通り、第3チームの営アシというより、宮川さんのアシスタントと言ったほうが正しい気がする位に、ほぼ1日宮川さんのサポート業務に追われた。


堀さんお墨付きのトッププレイヤーとあり、頭がとてもきれる人で、和田チームには確かにいない営業で、学ばされることも多かった。


だが、トッププレイヤーによく見られる、外向き文句なし、内向きにはとても雑な人だった。


商談が終わってから帰社するまでの電車の中で、こういう流れに持っていこう、と大雑把に話すのが、ミーティングの変わりのようなものだった。


シンプルなものであればそれでいいが、すべてが簡易的に話すだけでは提案書に反映するのには十分な情報でもなかった。


作成中に質問をしに行くと、まずは作ってみて、そこからブラッシュアップしよう、というのが宮川さんのスタイルだった。


だが、案の定作ってからのやり直しがほとんどだった。


少しのミーティング時間を設けてくれれば、こういった作らなくてもよかったものを作っていた時間を、本来作るべきものだったものに作る時間に置き換えれるのに。


フラストレーションを感じることも多かった。


また、日中はほとんど宮川さんの商談に同行しているので、社内業務は会社に戻ってきてからの作成だった。


だいたい4時前後に戻ってきて、そこから溜まっている本来の営アシ業務、すなわち書類作成をするので、残業なしで帰れるなんてことはあり得ないと言われているようなものだった。


残業することが当たり前のような会社ではあるし、和田チームでも深夜までの残業も少ないわけではなかった。


だが、チーム全体の仲がよかったこともあってか、あまり苦痛に感じたことはなかった。


一方の堀チームは、チームワーク重視というよりは、個人プレーが中心のチームだった。


第3チームの営アシだが、宮川さん以外の営業マンと、まだほとんどまともに話したことがないのも、そのせいだろう。


チームの代表である、堀さんの指示だから仕方のないことだが、和田チームから異動してきた私にはとても寂しく感じれた。




異動して2ヶ月位が過ぎ、世間はあっという間にクリスマスムードで染まりきっていた。


恋人がいない者にとって、バレンタインの次に、なんて迷惑なイベントだろうと思ってしまう。


だが、幸いとでも言うのか、そんなことを気にしている暇などなかった。


一生懸命チームに認めてもらおうと頑張るも、これまでの倍以上ある仕事をこなすのは、安易なものではなかった。


そしてたまたまミスが重なってしまい、私は堀さんに呼び出されたのだった。


堀さんの部屋から、低くフロア全体に響き渡りそうな大きな声で自分の名前を呼ばれた時、心臓が大きくドクッと跳ね、反射的に「はいっ!」と返事をして立ち上がった。


異動してから、他の営業が呼び出され怒られているのを見たことがあった。


ドアを閉めているにも関わらず、堀さんの迫力のある声は丸聞こえで、こっちがヒヤヒヤする位だった。


あのドスの効いた声で怒鳴られるのだろうかと、私は手に汗を握りながら堀さんの部屋に入った。


怒鳴られることは、なかった。


だが、グサグサと棘を刺すように、まずは私が宮川さんに作った資料を見て笑った。


なに?


和田はこんな資料でオッケー出してたわけ?


これ見て「お願いしますー」なんてお客さんもいるんだろうけど、俺らが狙ってるのはそんな下らへんばっかじゃないんだよ。


そろそろ本気で第3チームに取り組んでくれる?




幸いだったのは、この後、堀さんと宮川さんがすぐに会社を出ていたことかもしれない。


二人がいなくなって少ししてから、私はオフィスを出て、フロアの隅にある非常階段の方に向かった。


2階下のフロアは空きになっていたので、私は2階下あたりまで階段を降りた。


階段を降りている途中から目頭は熱くなり、我慢していた涙は流れた。




悔しかった。


怒鳴り声でなくとも、堀さんの部屋の近くにいた社員はきっと聞こえていただろう。


和田さんの元でやっていた時よりも、自分では精一杯やっているつもりだった。


新しい営アシはなかなかできる奴だって、思わたくて、自分なりに頑張っていた。


だが、そんな努力など、堀さんには全く通用しないものらしい。




最も忙しい部署に移動してきたのは、自分のキャリアにとってプラスなのは間違いない。


だからこそ、認められたかった。


でも、無理している分、こなしきれていない部分があることは、認めざるを得なかった。


それがまたさらに悔しかった。


怒られて悲しいとかじゃない。


ただ、自分の思うようにいかないことの歯痒さと苛立ち、そしてそれをコントロールしきれていない未熟な自分に対する落胆。


そんなとこだろう。




目が赤くなってるんだろうと思うと、このままオフィスには戻りたくなかった。


だが、そうも言っていられなかった。


明日までにやり直さなければいけない資料作りがある。




非常階段をもう少しで上がりきろうとしたその時、タイミング悪く、オフィスに繋がる重いドアを、誰かに開けられた。


しかも、さっきの説教が聞いていたであろう、同じチームである、第3の営業メンバー、柴田君だった。

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