第15話 今度は違うとこで会いませんか?

翌日、いつも通り、土曜日のアボーノに行った。


ルカは私がランチを食べてから現れた。


有田さんから、ちょっと用事が入ったからランチには間に合わない、ごめんって言っていたと伝えられた。


忙しければ無理しないで、ととりあえずメールはしたが、ちょうど渋谷に用事があるから行くよ、とのことだった。


そして、現れたルカはいつもと変わらぬ、爽やかな笑顔で私の向かいに座った。


だが、私が浮かない表情をしていたのだろう。


「Is everything ok, Risa?」と、少し心配そうな顔をして訊いてきた。


私は、どこから話していいのかわからなかった。


ネットでルカのことを検索した、というのが事実だが、いきなりそこからは言えなかった。


とりあえず「Yes, I was thinking about work.」ととりあえず答え、英語で会話を続けた。


「コンサルの仕事、忙しい?」


「うん。でも今日はレストランの方ね。」


そういえば週末も時々レストランで働いていると言っていたが、ディナーの時間帯と言っていた気がする。


そもそも、ルカが経営しているらしいラルーチェというレストランは、ディナーの時間しかオープンしていない。


昨日調べた、ネット情報によれば、だが。


「この時間に働かなきゃいけないことがあるんだね。」


「キッチンのガスの調子がおかしくて、修理の人に来てもらってた。最近キッチンの調子がよくなくてね。」


私はルカの目を見ながら、この会話をどう展開させようか考えた。


「そんなことでも行かなきゃいけないんだね。」


どこまで話してくれるのだろうと考えたが、そんなこと一切気にもしていないように、ルカは笑いながら言った。


「一応自分のレストランだから。あれ、言ってなかった?」


私はすかさず首を振った。


「ずっと雇われシェフなのかと思ってた。」


「ははは。どっちでもいいけど。」


その流れで、コンサルも自分の会社なの、と訊いた。


コンサルの仕事は、まだ始めたばかりだからそんなに大々的にはやっていないらしい。


どうりでネットであまり情報が上がってこないはずだった。


どうやら有田さんが最初の取引先となったらしく、イタリアンレストランとバーに今は顧客を絞っているらしい。


「有田さんとは共通の知人で知り合って、このお店のオープンの手伝いをきっかけにコンサルティングをスタートさせたんだ。有田さんはお客さんというより、ビジネスパートナーのような存在かな。でも彼のおかげでコンサルティングの仕事も順調に進んでます。」


突然流暢な日本語で説明してくれた。


そして、表参道にあるレストランは、カリフォルニアにある両親のお店の姉妹店であるということも教えてくれた。


楽しそうに当時のことを振り返りながら話すルカを見て、どうやら隠すつもりは全くなかったようだったらしい。


たまたまそういう話にならなかっただけだったのかもしれない。


「昨日ネットで検索したの、ルカのこと。同僚が2つも仕事してるんだったら、もしかしたら経営者なんじゃないって言って。私はルカのこと、全然知らなかったんだなって思っちゃった。まさかテレビにも出ちゃう有名シェフだったなんて。」


ただ本当のことを言っただけで、その言葉に何の意味もなかったのだが、ルカはI'm sorryと謝ってきた。


「違うよ。謝ることじゃないの。別にいいんだよ。ルカが経営者であろうかどうかなんて別に関係ないことだし。」


私はすかさずフォローした。


だが、どうして有田さんは私とルカを繋いでくれたのかは、聞かなかった。


仕事と関係のない人と知り合うことは、忙しいルカにとって、本当に難しいことなのかもしれない。


それは、私も今の仕事をしていて、わかる。


仕事以外の繋がりで知り合う人は、今となってはめっきりなくなった気がする。



ルカは、いつものふんわりとした緩い笑顔を見せてから話し始めた。


「Do you wanna hang out with me sometime?」


 いまいち伝えようとしていることがわからず、きょとんとしてしまった。


ハングアウトって、こうやって一緒にランチしたりすることはハングアウトではないのだろうか。


「I mean, not just having a lunch. Maybe we can go somewhere else.」


ランチするだけじゃなくて、違うとこに行く、


確かにそれも、いいかもしれない。


やっぱり悪い人ではなさそうだし、いつもの週末1時間半だけのカンバセーションパートナーという枠を、破ろうとしてくれたのも、素直に嬉しかった。


「Sure」


もちろん、


私も笑顔を見せながら言った。




しかし、仁が追い続けてきたアンベリールの受注が決まり、残業が増え、土曜にも仕事に取り掛からなければいけないことが増えた。


それと同時に、ルカはアメリカは戻ったり、地方への出張などが続き、週末のランチもしばらくできずになってしまい、その約束はなかなか実現されることはなかった。


気がつけば、2ヶ月位会わない日が続いたのだった。


会いたいなぁとは時々思ったが、それでも大好きなアンベリールに携わることができ、忙しくも充実している日々を過ごした。


仕事が、楽しい。


一緒に働く仲間も好き。


全く予期していないことを告げられたのは、下準備してきたアンベリールのプロジェクトが、そろそろ本格的に動き出そうとした、まさに数日前のことだった。

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