第13話 Hi
「Hi.」
きっと私よりも年上なのだろう。
眩しい太陽を背に、その光さえも彼の一部にして、爽やかな笑顔。
それがルカの第一印象だった。
茶色がかった髪に、少し彫りの深い顔立ち。
そして、すらっとした長い足。
モデルをしていると言われても何の疑いようもない。
私に向けられたその笑顔が、本当に私に向けられたものなのか、一瞬疑いたくなる位だった。
こんな完璧な人が、どうして私の前に現れたんだ?
瞬時にそう思った。
私はすぐに反応できず、少し遅れて席から立ち上がり、ルカが差し出した手と握手をしながら、「Hi」と返した。
初めてアボーノに来た翌週、有田さんに言った通り、私は再びアボーノに来た。
食後のラテを飲みながら勉強していると、有田さんが、日本人の友達が欲しいアメリカ人がいるのだけど紹介してもいいか、と言ってきたのだ。
実は私も、筆記勉強だけではなく、英会話の練習が必要だと思っているところだった。
過去に、アメリカ帰りの仁と英会話の勉強をしてもらおうと思い、英語で喋ったりしていたことがあるのだが、普段は日本語で話しているせいか、結局はいつも最後は日本語になってしまうので、いまいち勉強にはならない。
なので、この機会は私にとってもありがたいことだった。
私は躊躇することなく、ぜひお願いします、と答えた。
どうやら有田さんがよく預かっている犬、マルコの飼い主でもあるらしい。
ちなみに男なんだけど、彼氏さんとか大丈夫かな、と訊かれたので、私は首を振り、「今はいないんで。」と答えた。
そして、次の週末に店に来る予定なので、ぜひまた来てください、と言われたのだった。
私が先に席に着き、メニューを見ていると、有田さんと共にルカが、キッチンの方から現れたのだった。
まさかこんなモデルのようなイケメンとは想像しておらず、私は少し緊張した。
外国人を前にした時の緊張ではなく、私が普通に生活していると、出会う機会などないような人と出会ったような感覚だった。
それはまるで、今までには経験したことのない世界に、一歩足を踏み入れた瞬間のようでもあった。
その緊張が伝わったのか、私たち3人の間に少しだけぎこちない空気が漂った。
だがルカは、さっきと同じ爽やかな笑顔を見せると「May I sit here?」と言った。
何と言ったのか一瞬聞き逃しそうになったものの、優しい口調で、柔らかい声は聞き取りやすかった。
私は慌てて「Yes」と答えた。
だが、すぐにPleaseの方がよかったかな、と少し後悔した。
緊張しているとよくある、言った直後選んだ英語を後悔するパターンだ。
私が先に座るのを待つようにしていたので、私は思い出したかのように座った。
そうだ、レディファーストの文化の人だ。
あぁ、なんてぎこちないんだろう。。。
普通に。いつも通りに。
心の中で言い聞かせた。
「いつものでいい?」
有田さんがルカに日本語で言うと、ルカは頷いて「うん。お願いします。」と返した。
どうやら日本語もそこそこ話せるらしい。
私は先週も食べたボンゴレビアンコをオーダーした。
有田さんにメニューを渡し、向かいに座るルカを見ると、目が合った。
明るいブラウンが強い瞳は、ずっと見ていると吸い込まれてしまいそう。
きっと綺麗な女性に慣れているのだろうなと思うと、あまり自分のことを凝視されたくなかった。
凝視してはいないんだろうが、ただ見られているだけでも緊張してしまう。
それと同時に、ルカからすると、私は平凡なその辺の女の子として映っているのだろう。
自己嫌悪になっているわけではない。
ただ、それ位ルカを取り巻いているだろう世界と、私の世界は違うように思えた。
会ってまだ1分位なのに、そう感じてしまう位、ルカは普通のレベルを超えているイケメンだった。
私は出された水を少し飲んで、まずは自分の気持ちを落ち着かせた。
「日本語上手ですね」私が言うと、ルカは「ありがとう。でもまだ勉強中です。」と、発音も綺麗な日本語で答えた。
話を聞くと、どうやらお母さんが日本人らしい。
だが、カリフォルニアで生まれ育ち、本格的に日本語を勉強し始めたのは大学生位の頃かららしい。
小さい時にお母さんが教えてくれていたらしいが、小学生あたりで一気に英語に染まり、日本語はすっかり忘れてしまったらしい。
だが、20代になってから日本への興味が強くなり、日本語を勉強し始めた、とのことだった。
大学は出ておらず、実家が経営するイタリアンレストランを手伝いながら、料理の勉強をしていたらしい。
職業は、イタリアンシェフ兼レストランのコンサルの仕事を掛け持ち。
有田さんとは、コンサルの仕事で出会ったとのことだった。
モデルをしているのかと思ったと伝えると、少し苦笑いしながら、首を振った。
誘われることはよくあるらしいが、そういうのは苦手らしい。
自分とは全然違う世界で暮らすルカの話は、新鮮で面白く、聞いていて飽きなかった。
有田さんが料理を運んでくると、「理沙ちゃん英語勉強してるんだから、日本語ばっかじゃなくて英語もよろしくね、ルカさん。」と言った。
ルカはI'm sorryと言うと、「ずっと自分のことばっかり喋ってたね」と英語で言ったので、私も「ルカばっかり喋らせてごめんね。」と返した。
今度は私のことを聞いてきた。
やってる仕事のこと、エクスチェンジプログラムのために英語を勉強していること、シカゴのホームステイがきっかけでアメリカにまた行きたいと思っていることを話した。
仕事で英語を使うことはある。
だが、自分のことを長々と説明するのは久しぶりで、頭で文章をゆっくり作りながら話した。
初対面とは思えない位、私たちの会話は弾んだ。
会話のペースも、喋って聞いて、程よかった。
時々英語がどういう意味なのかわからないことがあったが、それも気軽にさっきのどういう意味?と質問できた。
私が毎週末英語の勉強をしていると言うと、ルカは、じゃあ週末はお互い予定が合えばアボーノで一緒に勉強しよう、と提案してきた。
それからというもの、出会って以来、私たちはほぼ毎週末、アボーノで一緒にランチをした。
日本語で話す時は、お互い敬語を使うのも自然とやめていた。
いつの間にか、ご飯が運ばれてくるまで日本語、運ばれてきてから英語で話すというのが私たちのルールになっていた。
ルカは、日本語の丁寧語の使い分け、私は仕事で使える丁寧な英語などを教えてもらったが、勉強というより日常的に何があったかを日本語、英語で話すことが大半だった。
それでも十分勉強になる。
むしろ、生きた英語はこういう会話から学ぶことができる。
それに、実際声にして練習するのは、書きながら勉強するよりも早く習得できるような気がした。
話していると、会話の内容と一緒に単語の意味が記憶されるというか、ほかのものと繋がっていて、印象に残りやすいのかもしれない。
コンサルの仕事が大体週末に入ることが多いらしく、大体1時間半位すると、ルカはお店を出なければいけないことが多かった。
なので、筆記勉強はルカが去った後に食後のドリンクを飲みながらさせてもらった。
たったわずか1時間半だが、ルカと一緒にアボーノのテラスで話している時間は、学びながらも疲れた日々をリフレッシュさせる楽しい時間になっていた。
清々しい風と美味しい料理にかっこいい人と勉強。
いつの間にか、私はこの時間が何よりの楽しみになっていた。
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