第10話 元カレにさようなら
想像というのは、時に現実だったりする。
それとも、長年付き合っているから、彼氏の行動や考えている事が簡単にわかってしまうだけなのだろうか。
女の直感というのは、怖い。
亮の家に着いたのは、8時を少し過ぎた位だった。
亮は、まだ家には帰ってきていなかった。
私たちは、互いに合鍵というものを持っていなかった。
家に着いたことは伝えず、帰ってくるまで玄関前で待つことにした。
30分位が経ち、階段を上がってくる足音が聞こえた。
誰かは見なくてもわかる。
長い間隣を歩いていると、足音でもわかるものだ。
亮は、私が待っていたことにさほど驚いた様子を見せず私にまず謝った。
電車が遅れたらしい。
さっき来たばっかりだから、と言いながら私は笑顔を見せた。
部屋の中に入り、適当な会話を少しすると、亮は意を決したように切り出した。
階段から姿を見せた時から、背負っていた重い空気。
俺たち、もう上手くいかないと思うー。
そういうことを言われるとわかっていたせいか、別に驚くわけでもなく、私も冷静に、そっか、と答えた。
理由など、話さなくてもお互いわかっていた。
私たちは、最近ずっとすれ違いすぎていた。
だが、だからといって、私は亮に対する気持ちは、これっぽっちも変わっていなかった。
でも、亮は寂しいと感じていて、私は埋めてあげることができていなかった。
仕事とプライベートのバランスが、うまく取れていなかった典型的なパターン。
まさかこういうド定番の問題に自分も直面するとは、学生時代付き合い始めた時には、考えもしなかった。
もっと会えるように私も頑張る、という事も、その時の私には言えなくなっていた。
亮の今にも涙がこぼれそうな顔を見ると、生半可な約束など、できなかった。
それに、私が何か言ったところで、亮の意思を変えられるような気もしなかった。
でも、自然と溢れ出してきてしまった涙は、私の感情を冷静には保たせなかった。
いつもならきっと、優しく抱きしめてくれただろう。
だが、亮は、動こうとはせず、私が落ち着くのを待っているだけだった。
やはり、亮の意思は固まっていた。
終わりを受け入れるというのは、簡単なことではなかった。
ピンクサファイアの指輪とはなかなか別れを告げることができず、別れてからも時々着けていた。
いや、本当は過去形ではない。
今でも、着けたりすることがある。
デザインが好きだからというのが、本当に一番の理由だが、亮から貰ったものだから、というのも否定はできない。
なんて惨めな女の本音なのだろう。
その後、しばらくしてから、亮に彼女ができたということを、美咲から教えられた。
ネイルサロンで働く、亮と同い年の人らしい。
そして、やっぱりそれがあきちゃんだった。
私のことを気づかって、美咲はすぐに私には言わなかったのだが、私と別れた後、すぐに付き合い始めたとのことだった。
別れてからしばらくは、仕事にも集中できなくて、ふとした時にぼーっと亮のことを考えてしまうし、別れて2週間位経った時には、耐えきれなくてメールをしたことがあった。
でも、何と連絡すればいいのかわからず、とりあえず他愛もない内容を送った。
『新作のジャケット、かっこいいね。同僚が着てた。』
返信はすぐに来た。
『どんなやつ?』
『麻のネイビーで、手元ロールアップして着るとお洒落なやつ。』
『あれいいよね。俺も速攻買った。』
ちようど着ている社員がさっきから視界に入っていたのだが、改めて見た。
亮が好きなテイストだなぁと思い、亮が着ている姿を想像した。
『好きそうなデザインだね。』
『(サングラスかけた絵文字のマークだけ送られてくる)』
『今日は仕事休み?』
『うん。さっきまで渋谷いた。』
『私もうすぐ仕事終わるけど、これから会えない?』
耐えきれなくて、言ってしまった。
そして、やっぱり言わなきゃよかった。
『別れたばっかだし、今はやめとこう。ごめん。』
この時すでに、亮にはあきちゃんという存在がいたのだろう。
だが、5年間という期間付き合ってきたので、亮にとっても、私はまだ特別な存在だという自信が、どこかにあったのかもしれない。
だから、断れた時にはやっぱりショックだった。
私たちの交際は終わったものの、私の気持ちも一緒にそのタイミングで終わらせられたわけではない。
そんなに簡単なものではない。
そして、半年経った今も、私は終わらせるタイミングがわからず、ズルズルとひきずったままでいた。
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