第8話 元カレと「あきちゃん」
今すぐ起こして聞きたかったが、そんなことをしたところで、仕方ないような気もした。
どうすればいいのかわからず、亮の携帯としばらくの間睨み合った。
実は、私は亮の携帯のパスワードを知っていた。
電車で隣同士で座っている時、亮が解除している時に見てしまったのだった。
覚える気などなかったが、その番号は、偶然私の父の誕生日と同じ、0415で、瞬時に覚えてしまったのだった。
でも、携帯にはろくなものがない、と周りからも散々聞かされていたし、それに何より、疑ってもいなかったから、携帯をチェックするなど、興味もなかった。
なので、パスワードを知っているところで、それはどうでもいいものだった。
だが、この状況では、違う。
名前は登録されていないらしいが、明らかに女からのメールだった。
しかも、何か親密な関係がある気がしてならなかった。
気になって仕方なかった。
でも、パスワードを解除してメールの中身を見ようとしようものなら、もちろん既読になって、私が携帯をチェックしたことは亮にバレてしまう。
そうなると、私たちのこれからの関係は、今までの関係と同じようにはならないだろう。
でも、もしかしたら既にもう、私たちの関係は、私が知らないだけで、今までの関係とは、違うものだとしたら…。
そう思うと、途端にどうでもよくなり、私は寝息を立てて眠る亮を横目に、テーブルに置かれた亮の携帯をゆっくりと引き寄せいた。
そして、ゆっくりと四桁の番号を押した。
0 4 1 5。
ロックは解除された。
色んなアプリのアイコンが表示されたスクリーンは、まるで私に、亮とのこれからをどうするのか、最後にもう一度問いかけてきているようだった。
ここから先を進んでいくと、今までの関係は同じじゃなくなってしまうだろう。
私がこれを、見て見ぬ振りをして見過ごせば、もしかしたら、今までと変わらない関係が続くのかもしれない。
究極の選択肢を迫られているような気分だった。
そして、私の中にいる悪魔は囁いた。
左上にあった黄緑色のメールのアイコンを押すと、私は一番上にあったメッセージを開いた。
さっきの「亮くんがいないから寂しいよぅ。」の前には、3日前の火曜に送られたらしいメッセージがあり、そこには「おやすみ」とダブルのハートマークの絵文字、そしてその前には、「うん、またね。おやすみ」という亮の送信があった。
私は一人、あぁと小さな声で項垂れた。
その前には、「今日は来てくれてありがとう(ハート)亮くんに会えてすっごく嬉しかった(ニコニコマーク)差し入れのムースケーキ、美味しかったよ(ケーキマーク)また美味しいご飯、連れてってね(ウインクマーク)(ハート)」とあり、亮からは「今から行くよ」とあった。
メッセージはそれが全てだった。
敬語を使っていない、亮はムースケーキを差し入れした、またご飯連れてってねってことは、以前ご飯に連れて行ったことがあり、相手は多分、亮に好意がある。
それ位しか、定かなことはわからなかった。
火曜に会っていたのは間違いないが、2人で会っていたのか、それともグループで会っていたのか。
差し入れを持っていくような場所ってことは、家、オフィス、それともキャバクラみたいなところなのか。
亮のメールはなんとなく素っ気ない気もするけど、相手は亮と会えてすごく嬉しかったのが伝わる。
一体この人と亮の関係は何なんだろうか。
ついでに他のメールも少しだけ見てみようかと思ったが、他は仕事や男友達とのやり取りのようだったので無闇に見ないでおこうと思った。
だが、亮と知り合うきっかけになったコンパの主催者でもある、亮の同僚かつ美咲の元カレ、淳とのメールのやり取りに表示されていた「ドンマイ」というメールが気になり、淳とのやり取りを開けた。
それは火曜日、夕方頃に送信されたものだった。
火曜日といえば、亮は仕事が休みで、私の仕事が終わってから会う約束をしていたのだが、私が突然夜に緊急ミーティングを入れられてしまい、ドタキャンした日だった。
とりあえず、やり取りの新しいものから読んでいった。
淳「ドンマイ」
亮「はいー」
淳「お疲れー。あきちゃんに癒されてこいー。」
亮「ミーティングが入ったんだとさ。」
淳「お!まじで?もしや彼女またドタキャン?」
亮「これからあきちゃんとこに行ってくる。」
淳「今日何やってんの?」
さっきの番号の人が、どうやらこのあきちゃんなのだろう。
あきちゃん。
呼び方からそれなりの仲の良さが窺えた。
淳の、癒されてこい、に対して、はい、と答えているということは、やはり浮気相手に近いものなのかもしれない。
最初に携帯に表示されたメッセージを見てしまった時は、まるで私が今まで信じていた世界に、さーっと寒色系の塗料をかけられたような気分だったが、まだ洗い流せるような程度だった。
でも、淳とのやり取りから、どうやら私以外に特別な女がいるらしい、ということを知ってしまった後では、もうその深くて暗い藍色のような気持ちは、元には戻せそうにないと思った。
藍色なんて綺麗なもんでもない。
黒と茶色、紫が汚く混ざったような、もう取り返しのつかないよな、深くて汚い、目にもしたくない色。
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