chapter5-20-3:嘘つき怪人と正義のヒーロー


 戦いの余波で、定期的に揺れるビル中層。

 そのなかで鳴瀬ユウ……もとい怪人「クロコダイル」は張り詰めた表情を浮かべながら非常階段を降りていた。

 当初の予定であれば、脱出は単身で行うはずだった。

 だが……その傍らには、自分達怪人を狩る存在「ヒーロー」がいたのだ。


『全く、反英雄組織アンチテーゼだか怪人だか知らないが迷惑な……』

「そうですね、はい……」


 受け答えをするクロコダイルの顔は浮かない。

 当然だ、話しかけてきている相手は普段、自分達を狩り殺そうと意気込むヒーローその人。

 今この瞬間、なにかの間違いで正体がバレたら……すぐさま命を落とす羽目になる。


 だがそんな気負いとは裏腹に、ヒーローは心底参ったというように頭を振った。


『人を簡単に襲えるようなそんな考えだから、怪人なんてのになっちまうのだろうなぁアイツらも……』

「……」


 ヒーローの言葉に、クロコダイルの表情も沈む。

 あれは、自分たちじゃない。

 自然発生した怪人は皆生前の意識を持っていて、みんな普通の人間と同じ心を持つ生き物だ。

 そう……今すぐにでも叫びたかった。


『?、どうした』

「いえ、なんでも……」


 だが、どうにか耐える。

 今彼にすべてを打ち明けたとして、どうなるというのか、と思い直したからだ。

 万が一、彼がクロコダイルの言を信じたとしてもしかし彼はヒーロー。

 そして今のクロコダイルは、因子で変装までしてゴルドカンパニーに潜入している、紛うことなき泥棒なのだ。


 少なくとも、今ではない。

 そう思い、なんとか胸の内の衝動を抑え込もうとした。

 ……だが。


「でも、その」


 だが、と。


「怪人にも、ヒーローにも……良い人も、悪い人もいるんだと思います、きっと」


 どうしても言いたい言葉を、オブラートに包みながらもつい口にしてしまう。

 それは彼がヒーローに、人間に、世界に、ずっと言いたかった言葉だった。


 ヒーローはその言葉を聞き届けるも、ハッとしたようにクロコダイルへと向き直る。

 そして少し頭を下げ。


『……すまん、少し強い言葉を使いすぎたかな。君を不快にしてしまったならすまない』

「……!?」


 彼に対し、申し訳無さげに謝った。

 謝られたクロコダイルはまるで、鳩が豆鉄砲を食らったよう顔で、沈黙した。


 そうして二人は目的地……避難シェルターの入り口へと到着する。

 非常用電源で駆動する自動扉の前で、ヒーローはクロコダイルへ声をかける。


『さ、中に入ったら、できる限り奥にいるんだ。必ず君たちを守ってみせる』


 その、頼れる声に。


「はい……」


 クロコダイルは沈んだ顔で答えることしかできなかった。


 ……彼は、きっといい人だ。


 だからこそ、自分が怪人だと知ったら容赦なく自分を殺しに来るだろう。

 そして、その行動はきっと正しい。

 だって自分は今、怪人を悪くない、人と同じ存在だといいながら……対する組織を打ち倒す為に人を騙し、物を盗んでいる。

 そのことが、とても心苦しくて。


「ごめん、なさい……僕は……!」


 誰に聞こえるでもない声で、そう自分を糾弾したのだった。


 ◇



 一方、ビル正面玄関での戦闘は一層に苛烈さを増していた。

 無数に弾丸を連続発射するヒーローと、それを正面から弾き飛ばすリヴェンジャー。

 双方、一進一退どちらもならず。

 一歩もその場から動けぬまま釘付けにされ、響き渡る金属音と散る火花のみが戦場を躍動していた。


 だが、そのなかで俺は一歩踏み出す。

 少しずつ、確実に。

 慣れてしまえば、弾くのは造作もない。奴が無闇矢鱈に撃ち放つ弾丸に、リヴェンジャーの戦闘衣を貫く威力がないことがわかったからだ。

 そのことに気づき、直撃を避けながら弾丸の雨のなかを、復讐者が進軍し始める。


『その豆鉄砲で、止められるとでも?』


 俺が身体強化により拡張された反射神経により、視認した弾丸を残らず切り落としていくなか。

 相手のヒーローは……未だ、勝機を掴み続けているかというように自信の表情を浮かべていた。


『あぁ、止められる!俺の能力は――』


 それを怪訝に思った瞬間。

 歩みを進めていた俺の足が、不意に止まった。


 ――

 なにかに掴まれているかのように……身体が地面に縫い留められている。


『正義の銃弾で、相手を拘束することなのだから!』

『っ、磁力か』


 自身の足を見る。

 すると戦闘衣スーツの表面には、パチパチとまばらに稲妻が走っていた。

 その不規則な軌道を描く光の線の先には、俺が斬り伏せたことで真っ二つになった弾丸が転がっている。


 ……なるほど。

 考えなしに無駄弾を雪崩の如く撃ち込んだわけでなく、はなからそれを利用した拘束が目的だったらしい。

 直情的そうに見えて、思いのほか油断ならないヒーローだ。


『この私「マグネティック・バレット」の絶技は、電磁力で敵を拘束し――!」


 どうやら関心している場合ではない、らしい。

 俺の足に及んでいた磁力の拘束は、足から身体を走り、上半身にまで及んでいた。

 そして俺の胸元に突如として雷球が浮かび……そこから発された雷は、奴の持つ銃のその銃口にまで繋がり接続される。


『そこを指標として、音速にまで昇華された金属弾頭を撃ち込む絶対の一撃!』


 つまり、これは標的を示すマーキング。


 そこに向かって必殺の技を放つことで、万が一拘束が行えなくとも技を必中とする。

 それが奴の切り札というなら……勝ち誇ったその態度にも、納得がいく。

『くそ、身体が』


 実際のところ、これは絶対絶命だ。

 今まで戦ったヒーローのなかでも、特に厄介な戦い方。

 力任せに得意技を撃ちまくるタイプとも、手数で相手を翻弄するタイプとも違う、一つの切り札を必ず通すためだけにあらゆる手段を講じるタイプ。


『動くまい!よしんば動けたとして……逃げられるものではない!』


 奴の銃口に合わせ、両肩に取り付けられている板が展開する。

 そしてその間を稲光が走り……奴の鋭い視線が、俺の心臓を刺した。

 ――来る。


『アルティメットォ……レール、ブラスタァァァァァァァァァァッ!』


 充填が臨界となった砲撃が、こちらに向け放たれる。

 それと、同時に。


『あぁ、たしかに。腕が動かなきゃ、やばかった』

 俺は、胸元と足元から走る前を避け、後ろ手に記憶触媒を手にする。

 腰のホルダーから取り出し、そして腕のエゴ・トランサーの背部スロットへ。

 見ずに装填することはそう難しくはなかった。

 夜闇に紛れ、視界のない状態で戦うのは慣れている。

 そうして記憶触媒の装填された変身機の背部をスライドさせ……俺はその機能を働かせた。


 <魂狩REAPER能力抽出エクストラクト


 奴が瞬きした、その瞬間に。

 俺の身体は――その場から消える。


『な、ぁ!?』


 放たれた弾頭は、俺がいたはずの虚空を貫き地面を大きく抉った。

 巻き起こる突風と、飛び散るコンクリート片。


 その最中で、マグネティック・バレットが敵の位置はどこかと右往左往したその一瞬。

 俺は、奴の背後に出現しその身体を背後から羽交い締めにする。

 魂狩の力――「瞬間移動」は、あらゆる障害を無視して敵の死角へと移動できる力。

 俺の四肢が何の力に囚われていようと、その尽くを無視してその身を目的地点へ跳ばすのである。

 射程の短さから移動用に使えるわけでなく、あくまで白兵戦での使用を前提とした力だが……しかし、噛み合えばこれほど強力な力となる。


『な、なん、離せ!』

『誘導先の磁力が反対位置に移ったなら、当然……』


 動揺する相手を、力づくで抑え込みながら。

 俺の身体と、マグネティック・バレットを貫き地中に伸びる雷光を指差す。


『ま、さか』

『流石に察しがいい。お前の技が、必中だったのが運の尽きだ』


 奴が気づいた、その瞬間。

 地中から、俺たちに向けて閃光が走った。

 ――それは、奴自身が放った必殺の弾丸。

 発射されたときほどの威力はないそれは、しかし強力な電磁力のマーカーに向けて加速しながら持ち主の胸元へと舞い戻った。

 勢いを殺さず、激しくぶつかったそれは……おびただしいまでの火花を散らせながら、マグネティック・バレットの胸部装甲を削っていく。


『諸共死ぬか?』


 俺が耳元でつぶやくと、マグネティック・バレットは青ざめて冷や汗を浮かべる。

 能力を解かねば、俺を貫く前に自分の心臓に穴が穿たれる。

 もしもこいつが、あのフェイス・ソード並の正義馬鹿であったのならそれを良しとしたのかもしれない。

 だが……大半の人間は、狂人ではない。

 欲にかられ、ヒーローとなっただけの者が、それほどまでの覚悟をもてる筈もない。


『ッ、解除ォッ!?』


 マグネティック・バレットは慌てて、変身を解除する。

 奴の弾丸、そして纏っていた戦闘衣が霧散し……そこには、細身の学生らしき姿の男だけが残された。


 命の危機を越え、安堵の息をもらす男。


『ハァ、ハァ……助かっ、……?』

『これは貰う』


 その腕から、俺は変身機を剥ぎ取る。

 男はそれに激怒し、こちらに掴みかからんとしたのだが。


「な、返せ!?わた、俺の」

『――』

「いえ……」


 俺を見て、抵抗をやめた。

 ……別に、顔を向けただけだったのだが。


 なにはともあれ、決着はついた。

 俺は手にした変身機トランサーを眺めたが、未だ安心することはできなかった。


『……まだ、一人』


 そう、まだ最初の一人。

 しかもマグネティック・バレットとの戦いで、俺は予想外に消耗してしまった。凡百のヒーローであれば特段作戦の障害とならないが、この先もコイツほどの力を持つヒーローばかりが相手ともなると油断はできない。


『隙ありィッ!』

『ないよ』

『なっ!?』


 ――俺はながら作業で、背後から掴みかかったヒーローを蹴り飛ばす。

 質は決して悪くない。先程のマグネティック・バレットより数段格下程度か、そのくらいだ。

 しかし殺気を消すことすらできない相手の攻撃を、咄嗟に捌けぬ俺ではなかった。


 だが、蹴り飛ばしたヒーローが倒れた通路の奥から、数人の人影が現れる。

 ……見たところ、大したことのない相手。

 だが如何せん数が多い。

 リナと違い、範囲攻撃のような派手な技のない俺にとっては些か分が悪い局面だ。


「さて、どう潰す――」


 向かい立つ相手の所作から、戦いの始まりを感じ取った俺は一歩、踏み出す。

 敵が一気呵成に向かってくることも、想定の範囲内。

 上手く分断させて、一人ずつ処理するか。

 そう思い、敵に向かって駆け出そうとした瞬間。


『な、なんだあれ?』

 一人のヒーローが、素っ頓狂な声を上げた。

 そして場にいた全員が、そちらに視線を向けると。


 ――共通の意匠を持つガラクタが、寄り集まったような形状の機械。

 それが瓦礫の山の上に、まるでその場の主であるかのように我が物顔で立っていた。

 四足獣のような形を取ったそれは、ヒーローたちがそれを敵と認識するよりも早く……そのうちの一人に向けて、飛びかかった。


『ロボット!?』

『がぁぁぁっ!?』


 混乱する一同。一人のヒーローはその機械獣に齧られて、苦悶の声をあげた。

 見れば牙の部分がチェーンソーのようになっているらしい。

 当然殺す気はないのだろうが、しかし噛みつかれてる側からしたら恐怖しかないだろう。

 ひとしきり鎧をズタズタにされた結果、噛みつかれたヒーローは失神したようでダランとその場に崩れ落ちた。


 恐ろしい光景に、他のヒーロー達ももはや厭戦ムードだ。

 今すぐにでも逃げ出したいとばかりだが、しかしゴルドカンパニーや上司に処罰されることを恐れているのだろうか。

 その場に立ち、申し訳程度に戦意を表明するかのようにファイティングポーズを取っていた。


 ――が、次の瞬間そのうちの一人が噛みつかれ。


『ぐああァッ!?』

『わ、こんなの、なんでこんな目に!?』

『おい逃げろ!』


 蜘蛛の子を散らすように、全員が逃げていったのだった。

 その光景をみて、俺はいつぞやの火力ビルでの出来事を思い出した。

 あのときはこの機械達が道を阻む障害となって立ちはだかっていた。最後の最後には巨人の姿まで取って、俺たちアンチテーゼと英雄たちを諸共に攻撃したことは記憶に新しいことだ。


 もしあの日、あの路地裏でクロコダイルを助けていなければ……あの牙に刻まれていたのは、俺の方だったかもしれない。


『……仲間になると、これほど心強いとは』


 しみじみと、そう呟く。

 それと同時に、噛み付いた相手をボトリと地面に落として、機械獣がこちらによってくる。

 俺はそれに対し、先程奪い取った変身機を渡した。


『1機にこれを運ばせてくれ』

『オウ、任されタ!』


 それを前足で綺麗に受け取った機械獣から、一機のドローンが分離する。

 そして変身機を背に乗せて、ふよふよと外に出て本体であるギンジのいる方へと飛んでいった。


『さて……もう少し、派手にやるか』


 確認した予定によれば、残っているヒーローはあと一人。

 残りは全員、社長の選挙演説の護衛としてワカバヤシ区へ出払っている。

 ならば最後のヒーローを打ち倒してしまえば、あとは追手を撒いて撤退すれば事は済む。

 幸いにして、クロコダイルから作戦に失敗したような報告もあがっていない。恐らくは順調に事を運んでくれているのだろう。


 ならば、仕上げだ。


 <破砕CRUSH能力抽出エクストラクト


 俺は手にした銃剣へと記憶触媒メモリ・カタリストを装填し、その砲口に力を充填させる。

 こいつなら、派手な爆発でもって穴熊を引き摺り出せるに違いない。


『さぁ、でてこい』


 俺はその言葉とともに引き金に指をかけ、巨大な光弾を撃ち放った。

 炸裂すると共に、轟音と激しい衝撃波が辺りを襲い、追って砕けたコンクリートから粉塵が舞う。

 そしてそのなかから抜けて出してきたのは。


『貴様ァッ!』

『覚悟!』


 二人の、ヒーローだった。


 ……話が違う、数が多い。

 想定外の事態に少し面倒に思う俺。

 だがその隣で、ギンジの能力で形作られた機械獣は、そしらぬ顔で伸びをしている。

 その余裕な姿をみて、一層気を引き締め。


『入れ喰いだ、全く――!』



 俺は改めて、目前の敵へと銃を構えたのだった。


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