chapter5-20-4:二つの仮面

◇◇◇


 もう、何人のヒーローを倒したことか。


 停電し、外からの昼光が射し込むばかりのゴルドカンパニーの玄関ホールで、一人物思いに耽る。

 追加で本社屋から現れた追手は、すべて撃破した。

 水、岩、風、粉、接着剤などを操る能力をもつバラエティ豊かなラインナップのヒーローたち、合計して15人ほど。

 さしもの自分でも、これだけの数を相手にすると憔悴を隠しきれない。


 ギンジが送ってくれた増援のロボットがなければ、流石にここまで戦えなかっただろう。

 そう思い、視線を移すと……本人(いや本犬?)は機械の体でノミ取りのような動きをしていた。絶対に意味がないだろう、それ。

 ともかくこれだけ時間を稼げば、クロコダイルの方も無事に目標を達しているはず。

 俺は倒した連中から記憶触媒を取り上げて、そろそろ撤退をしようとした。


 だが、その時。




「――少し、騒がしいな」





 非常用電源も破壊され、停止しているはずのエレベーター。

 そのうちの一つの扉が開き……徐ろに、一人の男が姿を表した。

 高級感のある特注スーツに、かきあげられた鮮やかな金髪。

 その特徴的な姿を、その顔を俺が見紛うはずもない、それは紛れもなく、このゴルド・カンパニーの代表取締役――青葉 キョウヤその人だ。


 ――なんで、奴がここにいる?

 俺は確かな筋から得た筈の情報と、目前の光景との相違に困惑する。

 奴は今、ワカバヤシ区で選挙演説の真っ只中のはずだ。昨日に専用車で出発していくのは見かけているし、だからこそ今日、作戦を決行したというのに。


 ……あぁ、いや。

 思えばそもそも、本社に残っている警備人員が多いことからしておかしかったのだ。


 ヒーローが少なくなるのは、社長である彼がワカバヤシ区で演説を行いそれに随伴するから。

 なら、そのヒーロー達が皆、本社に戻っているのは。


「ここを直接狙うとは、豪胆だねぇ。だが、妙だ」

『……』


 首魁本人が、今この会社に居るからに他ならない。

 俺はこの強奪計画が、その大前提から崩れていたことに流石に動揺を抱く。

 しかしここでたじろいでいる訳にはいかない。ヒーローを殲滅したのなら、予定通りに離脱するだけ。こいつがどこにいようが、そのことに変わりはない。


「何故、君は今日ここを狙った?よりによって今日、私が選挙演説にいく筈の日に」

『クイズに、付き合う気はない』


 だが。

 奴のあまりに余裕な態度に、思わず足を止めてしまう。

 そして次に、奴が口にした言葉は。


「はは、連れないことを言わないでくれよ。君の思惑を察するに……表で暴れて陽動を行い、なんらかの物品を奪い取ろうというところかな?」

『……』


 見事なまでに、図星だった。

 しかしそのことを表面上では欠片たりとも出さず、俺はただ仮面のなかから奴を睨みつける。

 だが、それがかえって、それが奴の確信をより確度あるものへと変えたようだった。


「沈黙は何より雄弁だ。まぁ……君の目的がなんであれ、それが奪われること自体に問題ないさ。元よりここに、盗まれたくらいで困るものはない」


 おどけて肩を竦める青葉 キョウヤ。

 それに対し、俺は手にした銃を向ける。

 ……もちろん撃つ気などない。

 英雄達ブレイバーズと提携している会社の社長とはいえ、相手は生身の人間だ。復讐心はないといえば嘘になる、が少なくとも今、このタイミングで報復をするのは違う。


『話はそれで終わりか?怪我をしたくないなら……さっさと俺の前から消えることを勧めるが』


 俺は警告すると、引き金に指を添える。

 実際のところ、因子を注ぎ込むことをやめていれば引き金を引いたとしても弾はでない。

 徹頭徹尾、ただの脅しだ。


「おや、随分と優しいことだ。だが……そう連れないことをいうものではないよ」


 だがそれに構うことなく、キョウヤはゆっくりと前に進み出る。

 俺はそこから視線を外すことなく、一定の距離を保ちつつなおも銃口を向けた。


 だが。


「わからないかもしれないが、社長というものは存外ストレスの貯まる仕事でね。椅子を尻で磨くだけでは、どうにも身体がこってしまって仕方がない」


『っ!?』


 奴が懐から取り出したものをみて。


 俺は仮面の裏で、驚愕に目を剥いた。


 ――それは金色に染め上げられた、悪趣味な外観の変身機だった。


 だが、奇天烈なのは色だけではない。その形状すらも他のヒーローたちのものとは随分と違うように見えた。

 通常のエヴォ・トランサーを発展させたような、鋭角な形状。

 それをキョウヤが腕に装着すると。


 <エヴォ・トランサーⅡッ!>


 けたたましい音声が、鳴り響いた。

 

 瞬間、俺はすぐさま銃へと因子を注ぐ。


 まずい。


 まずい、これはまずいと、何かが叫んでいる。


「これもなにかの縁だ。私の……」


 青葉 キョウヤが、記憶触媒を取り出す。

 そして、その側面のスイッチを押した瞬間に起動音声が鳴る。

 だが、その音声は――。


 <仮面MASKED


『は――?』

「スパーリングパートナーになってくれ」


 俺の扱う触媒と、まったく同じもの。


 <仮面MASKED真・英雄着装ネオ・ブレイブフォーミング!>

 <ARMEDアームドGOLDゴールドMASKEDマスクド!>


「この……』


 そう、この男。

 青葉 キョウヤは。


 <Justice President.>


『「ゴルド・ジャスティス」の相手に!』



 ――俺とまったく同質の力をもつ、ヒーローだったのだ。


 ◇



 目の前の光景に、少し戸惑う。

 だが思えば当然のことだった。

 奴の年齢は25歳で、ギリギリ能力者の世代。

 それが英雄達のスポンサーをしているというのだから、特権的に変身機を所持していることだって考えられたはずなのに。


 俺は、俺が思っているほど冷静な男ではない。

 そのことを再認識させられたようで、流石に焦りの色が浮かぶ。


『っ、クソ』

『どうした?遠慮することはない、全力で来い』


 銃を構えた瞬間、青葉 キョウヤ……否、ゴルド・ジャスティスが手を広げ挑発する。

 ならば、お望みどおりに。

 俺は奴の腹部に銃口を差し向けて、牽制射撃を見舞う。


 だが。


『フンッ!』


 それら数発の光弾は奴の間合いに入った瞬間に、一瞬で叩き落される。

 弾かれた弾は方々へと飛散し、散発的な爆発を引き起こした。


 クソ、射撃じゃ太刀打ちできない。

 そう理解した俺は銃を腰に戻し、両手をあけて駆け出す。

 本来、この「リヴェンジャー」が得意とするのは近接戦闘。

 変身機により増幅された「身体強化」がフルに活用できる、肉弾戦こそが俺の主戦力だ。


 ゴルド・ジャスティスもそれに気付いたようだが、しかし構えを取るのは間に合わなかったらしい。

 俺は奴の懐へと飛び込むと、因子を込めた拳をその腹部へと見舞い、


『っ!?』


 ――駄目だ、距離を。

 そう理解したときにはもう遅かった。

 俺の腕を、ゴルド・ジャスティスが目にも留まらぬ速さで掴んでいる。

 それを引き剥がそうと、空いてる片腕による殴打や蹴りを加えるが、万力のような腕、その掌すら開くには至らなかった。


『ふむ、私と同程度の因子量。それに戦闘センスもいい!』


 俺の必死の抵抗も物ともせずに、ゴルド・ジャスティスは悠々と講釈をたれ続けている。

 そしてその視線は、俺の左手……そこに装着されている、エゴ・トランサーへと向けられた。


『が――変身機トランサーは、三流だ』

『ぐ……!』


 変身機の性能不足。

 それを指摘され、俺は唇を噛む。

 そうだ、それは誰より理解していることだった。だからこそ双融機などという眉唾ものの兵器を手にするため、ここにきたのだから。


『見たところ初期ロットの発展型のようだが、君の持つ力をまるで引き出せていない。汚染因子の除去フィルターも排してその程度とはッ!』


 かかる変身機への罵倒を受け流しながら、俺は気を伺っていた。

 話している間……一瞬だが、俺を掴む奴の手の力が緩まったのだ。

 俺は脚から因子を放出し……手を内部から強引にこじあけ、拘束から抜ける。

 そして地面へと着地すると、一気にその懐へと潜りこんだ。


 ――倒すなら、今しかない。


 そのことは先の一合で痛いほどに理解した。圧倒的実力差、性能差。

 ならば勝ち筋など、万に一つもない。


『こ、の』


 俺は奴が動作を取るより早く、その鳩尾へと拳を打ち込む。

 だが。


『遅い、遅い!』

『ッ!?』


 それは奴に着弾するまえに、にべもなく弾かれた。


 高速の手刀、だろうか。

 視認すら叶わなかったそれに俺の腕は後方にまで押し戻され、次の瞬間には奴の攻撃態勢が瞳に映った。


 俺はそれを制しすべく、半歩の後退と共に右脚による蹴りを見舞うが。


『ほう、反応速度はいい!』


 ヤケクソの攻撃も、勿論通用することはない。

 蹴りは当たり前のように見切られて、俺の脚は奴に掴まれた。

 俺は身じろぎながらどうにか再び離脱しようと暴れるが、そのすべてを捌かれたのち空中に放り投げられる。


 ゴルド・ジャスティスは俺が動けないその刹那に、大仰な構えを取り待ち構える。

 あぁ、くそ……受け身が、取れない。


 同タイプの能力で、これほどまでの実力差。闇討ちですら勝てるか怪しいこの相手に、真正面から相対して勝てるわけがない。


 あぁ、ダメだ。

 先程の拘束の緩みも、俺を見定めるためにわざとやっていたことだったのか。

 自力で離脱した気になりながらも、俺はずっと奴の手中で転がされていた。


 まったく……情けない。


 ああくそ、だめだ。

 俺という人間は、僕は結局追い詰められてしまったら、弱気になるばかりで。

 そんな益体のない逡巡も、引き伸ばされた体感時間のなかで、一瞬のうちに消化されてしまう。

 ずいぶんと飾り気のない走馬灯――その、終わり。


 急速に、時間の流れが元の速度へと戻っていく。

 スローモーションに感じられた奴の拳が、急激に近く感じた。

 そしてついに、この俺のがら空きとなった胴体に。


『……さぁ、プレゼントだ』

『がァッ―――』


 絶大な威力の、右ストレートを受け。

 瞬間に…………鳴瀬 ユウは、その意識を喪ったのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る