chapter4.5-8:役得でなく、掴み取った舞台で
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『私、東照宮 シズク!またの名を……「ティアドロップ」!』
勇壮な音声と共に、私は自身をヒロインたらしめる名を宣言する。
ティアドロップ、涙。
それを凍らせ、無理やり流れなくして世界を笑顔にする超絶美貌頭脳明晰完璧美少女アイドル、東照宮 シズク。
いい、いいじゃないか。
なんとも、私に相応しい!
『アイドル、だァ?それは私の……』
『私だけの、多賀城 マナカだけの称号だ――!』
――刹那、殺意と共に数本の太陽光線が放たれる。
太さこそ初撃よりも弱く見えるが、今ならその熱量が先程より大きく増していることが一目でわかる。
それに対し私は、咄嗟に氷の盾を精製。
横向きにした状態で投擲して、光線に向けて打ち当てる。
氷盾に弾かれた光線は、明後日の方向に向かう。
そしてそのうちの数本は、弓なりに拡散した後に近隣の廃ビルに直撃して、爆音と煙をあげた。
あそこは確か、リナがユウ先生の正体を初めて知るキッカケとなったビルだ。
中は無人のはずだから、被害はないだろう。
……倒壊に伴う轟音によって、人は集まっているようだが。
今の攻撃では被害が起きなかったが、このまま戦うことになってしまっては周辺の人々が危ない。
だから、それを覆い、護る空間が必要だと考えた。
そしてその発想を自分の因子に、変身機に、戦闘衣に落とし込む。
数秒の逡巡ののち、それは形となり……おもむろに、叫ぶ。
『
そう唱えた瞬間。
私の足元から、無数の氷雪による嵐が巻き起こる。
それは瞬く間に、アイドルステージ周辺を席巻。
飲み込まれた聴衆たち、そしてマナカちゃんは、その意識をひとたび失う。
そして、次に目を覚ましたときには。
『な――』
「え、なにここ!?」
そこは、アイドルステージを中心に築かれた、城壁の内部。
まるで水晶で出来たような城と、それを覆うようなドーム状の天井。
それにより今、この場は、舞台は外界より完全に隔離された。
他ならぬ、私の力によってだ。
『なによ、これェ!』
マナカちゃんは困惑と共に、ヒステリックに叫びながら外壁へと線を撃ち込む。
だが。
『ッ、溶かせな……!』
氷は、それを受けても一切びくともしない。
それにも構わず、マナカちゃんはありとあらゆる攻撃を外壁に向けて放ったが、しかしそのどれもが全くの徒労に終わるのだった。
へとへとな様子のマナカちゃん。
そんな彼女に向けて、私……アイドル「東照宮 シズク」は歩み寄る。
対してマナカちゃんは、自身の力による光線を、無防備な私に向けて躊躇しながらも放とうとする、が。
『……え、能力が』
マナカちゃんの力は、起動しない。
変身が解除されたわけでも、因子切れを起こしたわけでもなかった。
ただ「東照宮 シズクを害そう」と意識した瞬間に、攻撃に使用される因子と、それを指示する因子とのつながりが強制的に断たれた。
『な、なんで!?なんでよ!』
動揺するマナカが、パニックを起こしながら尚も攻撃を発する。
しかしそれらは、まるで燻った種火のように僅かに現れ、そして霧散していった。
その様子に、誰もが目を剥き見つめていた。
ふふ、驚くのは無理もない。
私の長年秘めたる才能が、アイドルレッスンと変身機という2つの因子によって花開いた瞬間なのだ。
そう、そうでなくては。
皆の注目を集めている今こそ、切り札の名を開示するとき!
『これが私の、アイドルとしての力!この氷のステージ上では、能力因子を含めた暴力行為はすべて凍結される――その名も』
キメッキメのポーズと共に。
『
私はそう宣言した。
――ステージが、すこし冷え込んだ気がする。
「アイツ……すごいけどバカだ……」
「すごい馬鹿」
「いや暴力禁止はいいけどメチャクチャ寒っ!」
ん、ちょっと氷の温度を下げすぎただろうか。
もうマナカちゃんの能力は既に封殺したわけだし、温度を溶けないギリギリくらいに調節しよう。
観客の体調も気遣える、まったくアーティストの鑑のようなご当地アイドルだ、私は。
『大丈夫……すぐに私達のステージで、熱くしてあげるっ!』
「そういう次元の話じゃなくない?」
……ガヤガヤとしている外野を無視して、私は前を向く。
目前には、失意と共に怨嗟の声をあげるライバルアイドルだけだ。
そして私は、動揺して座り込むマナカちゃんに向けて、手にしたマイクを差出し。
『あなたも、私も、駆け出しアイドル!こんな野蛮な実力行使じゃなく、正々堂々歌で勝負よ!』
『は、ァ!?』
アイドルとして、勝負を申し込む。
『さ、歌いなさいマナカちゃん!先制は譲ってあげる!』
『……』
私の宣戦布告。
それに、マナカちゃんが動揺して声もあげられないとばかりに俯き黙る。
流石に、怒りすぎてそれどころじゃないか?
そう思ったが……どうも、彼女の様子は違った。
怒るでもなく、しかし震えている。
拳を握りしめ、そしてついに面をあげ。
『?』
『いいわ、後悔させてあげる……聴きなさい、この学園を支配する、私の歌をッ!』
そう、毅然と私に宣言したのだった。
◆
シズクの「絶対偶像領域」、それには暴力行為の凍結に加え、もうひとつの効果があった。
ステージ内にいるアイドル、観客の悪性因子の浄化。
怪人化の原因たる悪性因子の増殖を抑制し、汚染を減衰させていく。
それはこの新都でも特に希少な、ともすれば人類の救世主足りうる能力であったのだが。
『やる、わね……真マナカちゃん!』
『変な、呼び方しないで……!私が、私だけが本物のマナカなんだから……』
『そうだった、あなたこそマナカちゃん!なら聴かせて、マナカちゃんの歌を!』
『言われ、なくとも!』
ただ歌い、そして救われる。
それで完結したステージのなかでは……そのようなことに、誰も目を向けることはなかった。
視線は、二人のアイドルの輝きにのみ。
それ以外は、今この瞬間においてはただただ瑣末事でしかなかったのだった。
◆
それから、数時間。
『はぁ……はぁ……もう、喉が……』
『あれ、もう終わり?なら私がもう一曲!』
マナカが疲弊の色を見せる中、私は意気揚々とステージ中央に躍り出た。
スタミナはまだまだ十分。喉だって、対決方式になったおかげでまだまだ保つ。
だが。
『シズク、もう客のほうが……』
クニミPが、恐る恐るというように連絡してくる。
それを受けて、観客たちに目を向けると。
「さ、さすがに、つかれ……」
「心は熱くなっても、気温は……椅子ねぇし……」
『ありゃ』
確かに、椅子は作り忘れてた。
アイドルステージと、それを取り囲むシンデレラ城的オブジェクトの製造に気を張りすぎて客に気が使えてなかったか。
とはいえライブ会場なんて基本立ちっぱなしなのだから、学生とはいえそんな文句言われたって困るのもあるが。
……などと。
私が内心で、客への文句を呟いてる中。
『く、そ……なんでそんなに、元気なの……』
対峙するマナカちゃんが、半ば呆れたような様子でこちらを見ていた。
その視線にはどこか、嫉妬の色も含まれていた気がする。
『それは、ほら』
『マナカちゃん、変身できるようになってからアイドル目指してたでしょ?身体能力もそれであげてる?』
『それが、なに』
マナカちゃんは苛立つようにこちらを睨む。
『私はアイドルになる為に、鍛えてきたから。たった一ヶ月だけど、今までの人生で一番ってくらい!』
『――』
――いつか、あの偽教育実習生が話していた。
基礎体力の向上や能力の習熟は、ヒーローに変身したときにより強い力になって反映されると。
それ故にあの鳴子――鳴瀬 ユウという男は、ひ弱な学生からあれほどまでの殺気を纏った復讐鬼となれたのだ、と。
そう。
この一月ほど、私はバカでかいタイヤを引いたり、徹夜カラオケを連日敢行したり、ダンスに打ち込んだりとあらゆる時間を修練に当ててきた。
それは勿論、本物のアイドルからすれば付け焼き刃程度のものだったろう。
だけど、そのお陰で変身したときの身体能力の上昇幅が大きかったのだ。
それを聴いて……マナカちゃんは俯き無言になった。
暫く、静寂が続く。
会場の観客たちが、また豹変して襲いかかってくるのではないかと不安にそれを見つめたが、私にはわかった。
彼女は、そんなことはしない。
はじめは英雄達の手先として、そして中盤からはアイドルとして、正々堂々と戦った。
本来受ける筈もなかった勝負に、自ら乗ってきてくれたのだ。
だからこそわかる。
激闘の中で、僅かにでも心を通わせた今なら。
多賀城マナカが……城前カナコとは違う、一人の人間であることが。
彼女は、しばらく地面を見つめたのち、ゆっくりと面を上げる。
そしてそっと、腕についていた変身機を床に放り投げ。
『……はじめから、負け、てたんだ」
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元の姿へと、そっと戻った。
いつも見慣れた、しかしどこか慣れない制服姿。
カナコちゃんの化けていた姿と瓜二つで、しかし全く違う雰囲気をまとった彼女は壇上に立ち。
マイクを握り、宣言した。
『わたし、プリティアイドル・マナカは……普通の女の子に、戻ります!皆さん、ご迷惑をかけて、ごめんなさい!』
それは、カナコちゃんからはついぞ聞けなかった言葉。
皆に向けての、心からの謝罪だった。
聴衆は皆、それを静かに聞いていた。
そして少しずつ。
まばらに始まった拍手が、万雷の喝采へと姿を変えていったのだった。
それを背に受け、マナカちゃんはもう一方に顔を向ける。
「それとごめんなさい、英雄達の皆さん!私、やっぱり……ってあれ?」
つい先程まで、後方彼氏面で腕を組み眺めていたプロデューサー気取りのヒーローたち。
だが、その場所には既に誰もいなかった。
彼らが去ったのを見て。
「逃げたか」
「どうします姉御?追撃します?」
「ユウ先生もいないし、皆の正体がバレても困るから、いいかな」
観客席のリナたちが何かを相談しているようだったが。
しかし、それは私には、私たちには関係のないことだった。
今はただ、観客たちの歓声に答える。
聞こえるは、アンコールを求める声。
それは私だけでなく、たった今引退を表明したばかりのマナカちゃんにも向けられている。
耳で、肌で歓声を受けながらマナカちゃんへ目配せすると。
「――」
愚問だ、とばかりの視線が向けられた。
なら、行こう。
一日限りのデュエットナンバー。
私達の――アイドルステージ、そのフィナーレへと。
そうしてステージは、一層の盛り上がりと共に続き。
混乱と恐怖を招き「さっさと終われ」なんて思われたであろうこの舞台は、割れんばかりの歓声と拍手のもと、惜しまれつつ幕を閉じたのであった。
◆
ステージ、閉幕後。
舞台裏で私とマナカちゃん、そして様子を見に来たリナは集まって談話をしていた。
突然の戦闘の最中、リナから取った変身機。
それを返そうと思ったが……つっぱねられた。
なんでも、近いうちに大きな戦いがあり、変身機に適合した私とマナカちゃんにも強力してほしいんだそうだ。
何故。私のステージにこんなものを持ち込んできたのかと不思議に思っていたが、本来彼女は戦力になる人々を勧誘しにやってきていたらしい。
その日にちょうど私がライブをしていたから観劇してたとのことだったが……それ、サボりっていうんじゃないだろうか。
ともあれ、あの偽教師に恩を売れそうなのは僥倖だ。
思えば散々ぱら力で言うことを聞かされてたものだが、今なら勝ち目だってあるじゃないか。
あるいは英雄達と戦ってる最中、弱ったところで裏切って漁夫の利を……なんて。
悪い考えが首をもたげた、そのとき。
「東照宮さん、マナカ、いい歌だったよ」
「お父さん……」
「あ、学長さん!」
禿頭の男性が、壁の向こうから現れ声をかける。
この学園の学長にして多賀城マナカの実父、多賀城コウゾウだ。
たしか……カナコちゃんの父でもあるのだったか。
なんか複雑すぎてあんま茶化せる感じでもないので、とりあえずは黙っておくことにする。
だが。
「……マナカ、お前に話がある。その……城前 カナコちゃんのことだ」
「……」
用件は、まさしくそのことだったらしい。
どうにも気まずいし、他人は席を外したほうがいいだろう。
そう思い、リナの手を引く。
「うわ重そうな話……なら、私とリナは外したほうがいいですかね!」
「いや」
だが。
呼び止められた。
「志波姫 リナちゃん……君も残ってくれ。君にも、いや君たち3人にこそ関係のある話なんだ」
告げられたのは、衝撃の言葉。
「3人……え、3人?」
「あ、東照宮さんは違うから帰ってもらっていいよ」
「あ、はーい」
一瞬面白くてスペクタルな背景が自分にもあるのかと期待しちゃった。
関係ない話っぽかったので、席を外すことにする。
……とでも思ったか。
これはリナの弱みを握るチャンス。
ステージの壁を抜け、去るように見せかけて表側の演者用通路へと回り込む。
「マナカ、もう分かっていると思うが……」
私に気づかないまま、学長は切り出す。
「カナコちゃんが言っていた疑惑は、本当のことだ。彼女はお前の姉妹。私の、3人の娘の一人だ」
「え」
あれ、と私は気付く。
3人の娘。
多賀城 マナカと城前 カナコ。
併せて2人……なら、もう1人は。
私が浮かんだ疑問にそこまで思い至った瞬間……学長は、その答えを告げた。
「そう、そうだ」
「――志波姫 リナ、君も、私の――」
その、衝撃の真実を。
◇◇◇
―――to be continued.
Tear Drop will return in Chapter5
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