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chapter5-20-1:成功者の夢

 ◇◇◇




 その日――演説にいく予定だった私、「青葉 キョウヤ」は不慮の事態によりそれを断念した。


 学園が密集する地域での街頭演説を控えていたワカバヤシ区。

 しかしそこにある学校のひとつで、ヒーローが引き起こしたと思われる事件があった。


 学園から発された怪光線により、ひとつの廃ビルが突如として倒壊したという事件。

 それは世間でも瞬く間に話題になったようで、英雄達による揉み消しもおよそ間に合ってはいないようだった。


 そのせいで、要人扱いである私は周りの反対を押し切れずに避難を余儀なくされたのだ。


 やむなく、護衛につけていたヒーローの半分をその対応に向かわせ、私はもう半分を連れ深夜の本社へと舞い戻った。


「――反英雄組織アンチテーゼ


 その存在に、唇を噛む。

 恐らく今回のことも、奴らが絡んだ何かの陰謀によるものだろう。


 そこまでして私を邪魔したいのか、能力者が憎いというのか。


 奴等のような組織が生まれたのは、腐敗し、増長した『英雄達ブレイバーズ』の諸行が原因だ。

 私はそれを抑止し、なるべく能力者同士での諍いが起きないように立ち回っていたつもりだが……その衝突のせいで、計画の実現に綻びが産まれてしまうとは。


 もちろん、現状でも票集めは十分に順調だ。

 アオバ、タイハク、イズミ、ミヤギノ。

 五つの区のうち四区での票、その固定層の後援は盤石だ。今のままでも当選はほぼ確定といって差し支えないだろう。


 だが……ワカバヤシは、学業特区。

 現在新都にいる大半の能力者がまだ学生であることを鑑みると、決して無視できない地域だ。

 彼らは未来の支持者、そして共に行政を担う政治家となるかもしれない卵達なのだから。


 彼らという支持基盤を獲得することで、能力者ファーストの政治、災害と異能力という、二つの要因に振り回された悲劇の世代を救うことができると、私は信じてやまない。


 だからこそ、不慮の事態でそれらの獲得を逃したことは激しい痛手だった。

 どうにか、別の日程にずらしてでも街頭演説は実現させなければ。


 そんなことを思案しながら、私は机に伏したまま目を瞑る。


 ――瞼を閉じると、いつも昔の光景が映し出される。

 トラウマ、とでもいうのだろうか。



 ◆◆◆



「すごい、瓦礫をこんな」

「助かった、ありがとう……ありがとう……!」


 崩落した地下道、そのなかの瓦礫から能力を用いて人を助けたときの記憶。

 あの頃は随分と持ち上げられた。

 神童、などと謳われ、能力を以て力をもたない大人たちに頼られるということに、どこか自負のようなものすら抱いていたと思う。


 そして。


「近寄るな、化け物もどき!」

「いつああなるかも分からないなんて……」

「不良共が、気持ち悪い力で遊びやがって!」


 素行不良の能力者や、怪人化した能力者と同一視され、迫害されたときの記憶。

 周囲の大人たちが一様に手のひらを返し、私達を排斥しようとし始めたあの日。

 そんな現状を打破し、大人達との融和と怪人達の排除の名目で結成されたのが、正義のヒーロー組織「英雄達」だった。


 ◆◆◆


 その創設者にして、今もトップを務めるのは私の実の兄だ。

 今も昔も、尊敬している。

 私は実業家として成功して今の地位を築いたが、それでもなお優秀なのは自分より兄の方であると、信じて疑わなかった。


 しかし、人の手の届く範囲には限界がある。

 肥大化した組織の末端に、兄の崇高な理念と真意はまったくといっていいほど伝わっていない。

 そのことは、自分の護衛につけているヒーローたちの柄の悪さからしても明らかだった。


 だから。


「――、綺麗に整えなければいけない。今のこの国を、新都を」


 すべてを、作り直す。


「我々……能力者の、社会を……」



 そう、改めて自分に言い聞かせるようにして。

 テーブルに伏した私の意識は、眠りの海へとゆっくりと沈んでいったのであった。

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