Chapter5-13:誤解


 突如響いた警告と、殺到する足音。


 それに気付き振り返ると……そこには、複数人の怪人が立ち並んでいた。

 クロコダイルと同じく、人の言葉を解す怪人。

 そのどれも生き物を象った身体に変異していて、爪や牙など、人とは思えないほどに発達した器官をそれぞれ武器としてこちらに向ける。


 ……これは、もしかして。


「もしかしなくとも」

『みんな待って、この人は違うんだよ!僕を助け――』

『クロコダイル動くな、すぐそいつを倒す!』

「やっぱりそうなるか……!」


 瞬時に予測できた結果、それをなぞるように事が運んでいく。

 変身機をつけた人間が、怪人を連れて彼らの本拠に向かっていれば、何事かとなるのは当然だ。


 恐らく……俺は英雄達ブレイバーズのヒーローだと思われている。そしてクロコダイルを捕まえて、人質として脅迫に使うとか、そんなことを思われているに違いない。


 ……だとしたら、余計に襲いかかるのは悪手な気がするのだが。


『うぉらぁっ!』


 目の前の怪人たちは、頭に血が上っていてそれどころではないらしい。

 変身すらしていない状態の俺へと、問答無用に爪を振るってくる。


「っ」


 彼らの先陣を切り、襲いかかったのは狼のような姿の怪人だった。


 その攻撃を、俺は身体に当たる直前で回避する。

 幸いにして攻撃の振りは大振りで、変身どころか能力を使わなくても避けられるほど。

 なら、しばらくはいなし続ければいい。

 変に刺激して、話が拗れても面倒だし……相手が疲れるまで、付き合ってやる。


『っ、くそっ!うろちょろすんじゃ――』

『任せろ!』


 狼怪人は痺れを切らしたように、手首をスナップさせる。

 その瞬間、そいつと入れ替わるように別の怪人が躍り出た。

 今度は亀のような姿の怪人だ。

 甲羅は背ではなく、腕から手にかけてを覆うように生成されていて、手甲のよう。

 万が一にでも、あの打撃は喰らいたくはない。


「――、身体強化」


 俺は呟き、身体を強化する。

 回避と、運悪く避けられなかったときの保険だ。

 だが……、


「ぐ……!?」


 能力を使った途端、全身に異様なまでの負荷がかかる。

 ……そうか、この靄。

 空間に満たされた能力因子が、俺の能力行使に反応したのか。

 このまま高速で動きなどした日には……まるで戦闘機にかかる重力加速度Gのように、内臓が潰されてしまうかもしれない。


 ならば。


『喰らえぇ!』


 そんな俺の思考など知る由もなく、亀怪人は大きく振りかぶる。

 両手の指を組み、そのまま俺に振り下ろそうとするそれは、俗に言う「ダブルスレッジハンマー」か。

 頑強な手甲と、怪人特有の怪力と重量。


 それが頭上に迫るのをみて、俺は覚悟を決める。


 ――響く、重苦しい打撃音。

 吹き荒れる土煙は、俺達の姿を覆い隠した。



「せんせい!?」

『あぁ……そんな……』


 二人の心配の声が、辺りに響く。


 幾人かの怪人はそれを聞き、にわかに状況を理解し始めていたらしい。

 ざわつく声が、徐々に大きくなっていく。


『やった、か……』


 だが、そんなことを知る由もない亀怪人は、手応えを噛みしめる。


 だが。

 

『なっ――!?』

「いっ、たい、な……!」


 土煙が晴れた先。

 勝ち誇った亀怪人の、その視線の先に……身をかがめ、両の手で拳を防ぐ俺の姿があった。


 ……そも、回避はすぐに諦めていた。

 因子の靄のせいで負荷がある以上、それに耐えながら避け切れる保証もない。

 なら俺にできることといえば、耐えることだけだ。


 だから、耐えた。

 能力を全開にして、微動だにせず、負荷を最小限にとどめて。

 ――変身して即座にこいつを撃破するという解決策をとることにも、耐えたのだ。


 だが、代償は大きい。

 腕には大きくダメージが加わり、左腕からは出血。

 激痛から感覚も薄れ、使い物にならない。

 そしてそれより深刻だったのが。


「せんせい、変身機トランサー――!?」


 リナの声で、やっと気付く。


 ――「エゴ・トランサー」の体表に、ヒビが走っている。

 先程フェイスソードの変身機トランサーを破壊した、報いが返ってきたか。

 ともかく、俺の復讐道具であるところの変身機、「エゴ・トランサー」からは火花が散り、煙があがっていた。


 ……これは、予想外の損失だった。

 怪人たちにいらない反感を与えないよう、生身で戦おうというのが思惑だったが、こんな事故になるとは。

 これでは、変身できない。

 レイカに言えば、予備のトランサーを支給してもらえるか?

 いや……恐らく奴も、俺への警戒心を持っている。スナイプ・グレイブが万が一告げ口していたら、という不安もある。

 用無しと切って捨てられれば、俺に寄る辺はない。


 ハルカの医療費も、慕って着いてきてくれたリナも。

 揃って不幸にしてしまいかねない選択を、俺はしてしまった。


「……」

『いや、え……?なんで生身で食らって生きて、てかなんで変身しないんだよ!?』


 呆然とする亀怪人に変わり、それを見ていた狼怪人が俺に疑問をぶつける。

 ……答える気にならない、というより今はそれどころではない。


 どうする。

 どうもこうも、ない。


 こうなってしまった以上は、これからの身の振り方を考えなければ。

 ハルカが第一だあいつの医療費を工面することを最優先に……!


 そう、悩みこんだそのとき。


『―――お前ら』


 突然頭上から、エコーがかった声が響いた。

 流石に思案を取りやめ、俺は天を仰ぐ。


 すると、そこには。


『――なんだァ、この下らねェ揉め事は?』


「え」


 赤く輝く、単眼。

 そして巨大な体躯と、黒鉄色の装甲。


「ロボット!?」


 リナが声をあげる。

 俺も同じように驚いてはいたが……それを声に出すほどではなかった。


 なにせ、その角張った造形と、その大きさに、覚えがあったからだ。

 あれは、数ヶ月前だったか。

 反英雄組織アンチテーゼの作戦に横から介入し、その成果を掠め取った巨大ロボットがいた。

 それはちょうどこんな、赤い単眼をしていた。

 所々細かな造詣は違うにしろ、俺が見紛うはずがない。


「お前、火力ビルの――!」


「んァ?お前、あそこであったか?』


 こいつに吹っ飛ばされ、俺の目の前で英雄達の変身機を掠め取られた無念は今でも残っていた。

 だから、すぐに分かった。

 こいつがどういう存在であるのかということ。


 そしてこいつが――、



「……お前が、怪人たちの親玉だな?」


『おう、ご明察。……ガキ共が世話かけたなァ?』


 ――今まで対峙した敵の中で、最も強力な力を持つであろうことを。

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