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Chapter5-12:怪・人・本・拠
地下に踏み入り、クロコダイルに従って暗い通路を進む。
暗い、といっても全くの暗闇ではない。
一部では電力が生きているようで、地下通路の所々では電灯が光っている。
その光は、通路中に充満している紫色の煙か霧のような靄を照らし、怪しげな雰囲気を演出していた。
……だが、その
ここに逃げ込んでから、やけに身体が重く感じる。
「この靄、なんなんだ……?これを浴びてから体調が優れないんだが」
俺はクロコダイルに疑問をぶつけた。
それに彼は「あぁ」と、怪人たちのなかでは当たり前だとばかりに流暢に説明をしてくれる。
「能力因子ですよ、ここは地下だから……どこにも抜けずに、そこら中に溜まってるんです」
「……道理で、頭が変に痛むわけだ」
「でもこれのお陰で、捜索系の能力は新都の地下全部に反応しちゃうから見つからないんです。僕ら怪人は因子が濃ければ濃いほど住みよいですし!」
「なるほどな……これが、お前たちが英雄達に見つかってない理由か」
クロコダイルの説明には、合点がいった。
つまるところ、この靄は天然の
能力因子自体の通過を阻害する、気化した高濃度の因子。
もしこの空間でリナがビームを撃ったなら、空気に阻害されて出力は減衰し、射程も短くなるのだろう。
そして能力因子で自分を強化するタイプ……俺のような能力者は、その内包する因子自体が阻まれるので、普段より体力を削られる。
常に逆風に遭っているイメージと考えるとわかりやすいか。
思えば、アンチテーゼの拠点も廃ビルの地下深くに築かれている。
あれも地下の層にある因子溜まりに、同じ効能を期待してのことだったか。
街中にも通路があるのに、どうして英雄達に見つからないのかと疑問に思うこともあったが……点と点が先で繋がったような気分だ。
あそこは真新しい壁に囲まれて、因子が吹き溜まるようなことはなかったが……それは、所属する構成員のため空調設備を充実させていたからに違いない。
……まぁ、反英雄組織のことは今はいいか。
「それにしても」
俺はそう切り出し、あたりを見渡す。
マンホールの中から地下水路に入った俺たちは、やがて開けた場所へと到着していた。
そこに広がっていたのは……まさに地底世界。
見慣れない、教科書のなかでしか見たことのないような低いビルが並ぶ町と、その空に蓋がされた光景。
これが、「仙台市」。
まだ国が分割される前、47つあった都道府県のうちのひとつ……「宮城県」の、その都市部。
俺達からすれば、陸奥国だとか仙台藩だとか、そういう呼び名とも大差ない、馴染みのない名前だ。
ここも、二十五年前に隕石が落ちた地点のひとつだという。
この世界に「能力者」が生まれたその日に起きた、世界規模の大惨事。
世界中の国々がその被害を受け、首都は壊滅。
国同士の関わり合いは断たれ、この国さえその列島を真っ二つに引き裂かれた。
それがどれだけの命を消し去ったのか。
事件のあとに生まれた自分達には知る由もなかったが……しかし、この町並みを見れば、その一端は伺い知れる。
「ビルが、ななめに倒れてる……」
俺と同じように、壊れた街に着目したリナが驚きを隠せない様子でつぶやく。
高層ビルは崩落し、横倒しになっていて……線路があっただろう高架も、真ん中からへし折れている。
まさに、世紀末。
これが俺達能力者が誕生したその日に起きた惨劇の爪痕なのか。
あるいはこの時に失われた命が、俺達の体を巡る能力因子と化したのか。
期せずして歴史を再認識させられ、身震いしてしまうものがあった。
「あ、あそこの駅!あの手前にある建物が僕らの拠点です!」
クロコダイルはそんな俺らに構わず、無邪気に指差す。
その先を見ると……茶色の巨大建造物が崩れた跡地の手前に、不自然に平らに均された区画が広がっている。
そしてそのなかには、たしかに他の廃墟とは雰囲気の違う建物があった。
即席で作られた、バリケードのようなものだろうか。
それが何層にも張り巡らされていて、その先には真四角に巨大な壁で区切られた、城のような建物がみえる。
要塞……そう形容するのが、最適だろう。
壁はビルの外壁を流用しているのか、所々から鉄骨が突き出し、ヒビすら入っていた。
……まさか、この空間にある残骸だけでこれほどの要塞を築いたのか?
因子で変質した怪人達のフィジカルならば、協力すればそう不可能でもないのだろうか。
いずれにしても、彼らが長い間、この地下空間を自分たちの過ごしやすいように改良し続けていたのだろうということは窺えた。
そうして、俺たちがクロコダイルと共に怪人の要塞を眺めている、ちょうどそのとき。
『人間、そこで止まれぇッ!』
『クロコダイル離れろ!すぐ助ける!』
『逃がすな、囲め囲めぇ!』
――警戒心全開な、複数人の声が地下世界へと響いた。
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